4-2


 夏休みはまだ始まって九日だ。当然、俺だって宿題はまだ残ってる。それを伝えると、野田さんは大変不服そうな表情に。


「…仕方ないか。もう一週間だけ待ってあげる。」


「なんで俺が許される側に?」


 頭を下げるべきサイドがなんでそんな妥協してやった感出してんの?狂ってんの?

 そのやり取りを見守ってた空は、野田さんのつまんない用事がなくなったという事で嬉しそうにまた彼女に擦り寄る。


「じゃあ凪さんの予定なくなったわけだし、一緒に遊ぼー♪」


「うん、いいよ空ちゃん。じゃあお兄さんのアルバム写真とかないかな?」


 野田さんはそう言って辺りをキョロキョロ見渡す。人ん家で何探そうとしてんだこの娘。


「遊ぼうって話からなんでそうなる?」


「えっ、遊ぼうって話だからそうなったんだけど?」


 そうか、俺のアルバム写真は玩具おもちゃって認識か、そうか…。


「押入れの棚にあるから取ってくるね凪さんっ!」


 普段はお姫様な空も、女王様がご所望とあらば自ら立ち上がってそれを探しに駆けて行った。普段からそれくらい従順であれ。温度差どういう設定だ。


 そうしてリビングに二人っきりになった俺と野田さん。

 野田さんの視線は、俺の背後にある戸棚に向けられていた。そこには、母さんの写真と小さな仏壇が飾られている。


「…お母さん、綺麗な人だね。」


「…そうだな。」


 野田さんの視線は、目の前の俺へと戻る。


「…幸せそうな家族。山吹君が、羨ましいや。」


「…野田さんだっているだろ、家族。ラッキーと、おばあさん。」


 そう言うと、彼女はこくりと頷く。


「…お母さんに、ちゃんとお別れ言えなかった事…後悔してるって、言ってたよね。」


 それから野田さんはそんな話を。


「…でもさ。お別れを言うのも、きっと辛いよ。後悔で胸が裂けそうって、言ってたけど…」


 彼女の視線は、俺から落ちる。


「…お別れを言うのも、胸が裂けちゃうと…思う。」


 …まぁ、言いたい事は分かる。どちらも辛いって事は、間違いない。でも、だからこそ。どちらも辛いからこそ…後悔しない方を、選ぶべきだ。

 選ぶべき、だったんだ。


「…野田さんは…。」


 …言いかけて、言葉を飲み込む。口にしていいのか、迷ったから。

 野田さんのおばあさんは、多分、先が長くない。だから、そんな事を聞いたんじゃないかと思う。


 俺は、彼女に後悔してほしくない。だから、それを伝えようとしたけど…それを伝えるには、もう一歩彼女の心に足を踏み込まないといけない。


 …俺にその資格は、あるのだろうか。


「凪さぁん!!見つけたよ〜!!」


 そんな空気を、ご機嫌な空の声がぶち壊す。

 空はルンルン顔でリビングに帰ってきて、手に持つアルバムを野田さんの前に置いた。


「おにぃと空の、恥ずかしぃ写真集だよ♪」


「お前どういう感情なのそれ?」


 弄られたいの?サディスティックな一面しか見せんかったくせに唐突にマゾになるのどういうこと?

 この場合おかしいのは空の情緒なのか野田さんのフェロモンなのかどっちなの?



 で、その後は想像通りの展開。

 俺の小さな頃の写真を見つけては"カワイイカワイイ"と弄くり回し、その頃の俺の恥ずかしエピソードなんかを空が嬉々として語って…控えめに言って地獄インフェルノでした。


 俺という玩具がボコボコに壊れた頃、また空は野田さんの肩に頬を擦り付ける。


「ねぇ凪さぁん、私のお姉ちゃんになってよぉ♪」


「いいね、私も空ちゃんみたいな妹欲しい。」


 周りにハートのエフェクトが散乱してそうな空気で楽しそうなやり取りをする。が、その野田さんの発言を聞いた空は俺へ鋭い視線を。


「…という事だからおにぃ、絶対凪さんをお嫁さんにしてね。出来なかったら一晩酸素抜きだから。」


「死ねと?」


 飯抜き感覚で酸素禁止する鬼畜は多分人類初だぞ。

 …てか、なんだそれ。そういう方向の弄りは非常に気恥ずかしいからやめてくれ。

 向かいの野田さんと目が合って、野田さんは難しい表情を浮かべる。


「そっか、空ちゃんを妹にする為には山吹君とそうなるしか…いや、でもなぁ…。」


「本人前にしてそんな嫌そうな顔する?」


 普通笑って流したりしないこういうの?しっかりブン殴るの?


「…どうしよう山吹君。とりあえず振るけど一回告白してみる?」


「とりあえず振られるなら絶対しねぇけど!?」


 前提として傷付けられるの確定してんなら誰がコクんねんそれ!?

 そのやりとりを見て、空はわざとらしく泣き真似をする。


「いやぁぁ!!おにぃがキモいせいで空の人生計画がぁぁ!!おにぃがキモいせいでぇぇ!!」


「キモいキモい言うな!!別に姉としてじゃなくても仲良くすりゃいいだけだろ!!」


「ヤだよ、空は子孫繁栄ガチ勢だから山吹家に最強の遺伝子をなんとしても迎え入れたいの!!」


 こいつ本当にどういう倫理観してんの!?本当に俺と血が繋がってる人間の思考!?

 空のその願望を聞いた野田さんは、その大きな瞳をドン引きの色に染める。


「…えっ、山吹君そんな事考えてたの…?特に何されたわけでもないけど通報しとく…?」


「特に何したわけでもねぇし今後も何もしねぇからやめてくれ…!!」


 その目やめて、本当に傷付く…!


「やっぱ予めフっといた方がいいよね?山吹君ごめんなさい。」


「特に何もしてねぇのにフラれた男になったのか俺!?」


「うわぁぁおにぃがフラれた〜〜っ!!おにぃ今晩酸素抜きだからね!!」


 いや死ねと?告ってもないのにフラれた上に死ねと?

 そんなやりとりに、野田さんはふふっと笑う。


「…コメディな家族だね。」



 ギャオンギャオンと喧しくしていたら、時刻はもうお昼時に。

 だから俺達は、空の強烈な要望により昼食も野田さんと一緒にとることに。まぁ作るのは俺なんだが。


 夏っぽい冷やし中華を作って、それをテーブルで待つ女子おなご衆の前に並べる。


「わ。美味しそう。」


 その冷やし中華を一目見て、野田さんは目をキラキラさせていた。


「おにぃはキモいけど料理の腕だけは唯一の長所なんだよねぇ♪」


「兄の人生に謝れ。」


 もうちょい長所あるわ馬鹿野郎。…え、あるよな?

 とりあえず俺も席に着き、"いただきます"と掌を合わせる。空と野田さんもそれに続き、3人それを口に運ぶ。


「…あれっ、いつもより美味しいじゃんおにぃ。なになに〜?凪さんの前だからって張り切っちゃったぁ〜?」


「鬱陶しいタイプの親族かお前は。」


 まぁ張り切っちゃったという点に関しては実際張り切ったので言及しないでおこう。

 で、チラッと野田さんの反応を確認すると…彼女は、相変わらず目をキラキラさせながらモグモグと無心で冷やし中華を凄ぇスピードで口に運び続けていた。


 その唐突なフードファイトに、俺も空も手を止め眺める。

 で、僅か1分足らずで、野田さんはその器を空にさせたのだった。…早。


「…めちゃくちゃ美味しかった。」


 …と、感想を溢す野田さん。それを聞いた俺はテーブルの下で小さくガッツポーズ。やったぜ。

 同じく感想を耳にした空は、ここぞと言わんばかりに野田さんの肩を掴む。


「おにぃと結婚したら、毎日これが食べ放題ですよ凪さん!?」


「どんなサジェスト?」


 食で何釣ろうとしてんの?それで食いつかれてもやや悲しいが勝つよ?


「…山吹君…ちょっとアリかもしれない…。」


 野田さんは静かに考え込むように呟く。

 …マジで食で釣れるタイプ?そんな満腹キャラ?


「…とりあえず山吹君、おかわりあるかな?」


「……はいよ、ただいま。」


 …よく分からんけど…ダメなタイプの好感度が上がった気がする。

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