第三話 いっぱい食べる女の子って可愛くない?

3-1

 母さんの病状が悪化し、危篤状態だった時。

 命の瀬戸際…所謂いわゆる、"今夜が山"という状態の時。

 まだ幼かった俺は、母さんの元へは行かなかった。

 "それ"を認めたくなかったから。


 結果として、俺は母さんの死に目に会えず…それを俺は、後悔する事となる。

 "行かなかった"という…きっと、一生引きる後悔。

 だから俺は、今後の人生でこれ以上…"しなかった"で、後悔はしたくない。





 午後診終わりだった動物病院に駆け込んで、親父に頼み白猫を診てもらい…そのまま治療に当たる。

 その間、俺と野田さんは一緒に連れてきた子猫達にウェットフードをあげて、それを見守って…食べ終わった子猫達は、親父に借りた毛布の上で三匹共無邪気に眠りについた。


 見届けた俺は、とりあえず小次郎を家に帰す為一旦帰宅して、妹の空に晩飯が遅れる事を伝えて、文句をブーブー言われて…そうしてまた病院へ戻ったら、親父の処置が丁度終わった頃だった。


「お前ら何?野良猫救おうの会の人ら?そんなポンポン死にかけの猫見つけんのちょっと怖ぇんだけど。」


 親父のその冗談混じりな言葉を吐く余裕から察するに、多分あの白猫は一命を取り留めたのだろう。


「とりあえず、前と同じだ。点滴打って、回復待って…だな。」


「…サンキュー親父。」


 救えた、という事に胸を撫で下ろす。

 それは隣の野田さんも同じみたいで、目を閉じて大きな息を吐き出していた。そんな俺らに親父はいつも通りヘラリと笑う。


「子猫ちゃん達も一旦ここで預かってやるから、とりあえず今日んとこは帰んな。腹空かせてる空の機嫌がどんどん悪くなっちまうよ。」


「…だな。」



 動物病院を出た俺達は、とりあえず歩き出す。日も落ちたし、野田さんを送ってやらねば。


「…すごいね、山吹君。」


 そんな俺へ、野田さんは呟く。


「…"あそこ"にいた命を、救っちゃったんだもん。私には、考えつかなかったよ。」


「…あ〜…。」


 …死にかけてる命があるなら、救ってやりたい。そう思うのは別に自然だと思うし、その発想自体は別に褒められる程の事じゃない。…実際救えたから、野田さんは"すごい"と言ってくれてるんだろうけど。


「…私、あの世界にきた生き物や人…たまに見かけた事あるんだけど…何も、してこなかったから…。自分に、何が出来るなんて…考えすら、しなかったから…。」


「…それもまぁ、普通だと思うけどな。」


 命の成り行きに干渉しない。それも、考え方としては自然なんだろうと思う。だから、これまでの野田さんが薄情だとは思わない。


「…俺はさ、後悔したくないんだよ。」


「…後悔、って?」


 夏の星が見え始めた空を見上げる。


「寝る前に、昔やらかした後悔を思い出すんだ。それ一つでもう、胸が苦しいってのに…他の後悔まで増えちまったら、多分俺の胸は裂けちまうんだよ。」


 それは多分、一生続く。毎晩、母さんの元へ"行かなかった"自分を思い出す。


「…だから、救おうとした。…結果救えなかったとしても、後悔だけはしたくねぇから。」


 …そこまで口にして、何言ってんだろって思考がよぎって…気恥ずかしさから頬を掻く。

 そんな俺を見て、野田さんはクスリと笑った。


「…私は、素敵だと思うよ。」


 そう言われて、ドキリとした。…攻撃力たっけぇな、その顔。


「…あ、山吹君今ドキッとした?告白はしないでね?先に振っとこうか?」


「ドキッとしてねぇし告白もしねぇから振らんでもよろしい。」


 …うん、いい性格してるわ。


「あと。俺の手柄って事にしてるけどさ。"これ"は、俺たち二人の手柄だ。二人だから救えた。」


 と言って、俺は彼女に笑いかける。


「野田さんがいたから、救えた。サンキューな。」





 翌日は、あの白猫親子の回復を見届けて、預かり先を探した。

 流石に野田さんの家は、ラッキー引き取ったばかりだから頼れない。

 いざとなれば俺ん家で引き取るけど、そうなる事はなく…親父の知り合いが親子共に引き取ってくれる事になった。


 こうして、あの白猫に関する救出劇はハッピーエンドで幕を閉じる。


 そのさらに翌日。夏休み七日目。

 今日は午前中から駅前の書店でアルバイト。と言っても朝の客足はそこまででもなく、同じくシフトに入っていたがくと二人して暇そうにレジで突っ立つだけ。


「ほんで陸、野田さんとはどないなってんの?」


「どない、って言われてもなぁ。」


 暇そうながくが話し掛けてきたかと思えば、話題は野田さん。

 …楽には"野田さんとそれなりの会話をした男"と認識されている為、そんな事聞いてんだろう。実際それなりに会話してる自覚あるし。


「…小次郎の散歩行く時によく会う、って程度だよ。」


 …よく会う、というか夏休み入ってから毎日だけど。


「はぁ〜、こら陸もこくる秒読みやな。介錯したろか?」


「切腹か。」


 なんで振られて死ぬ前提やねん。いや実際告白したら振られるらしいけど。


「いやでも"あの"野良猫とそんな仲良しなったん偉業やで?ひ孫くらいにまでは自慢出来る実績ちゃう?」


「俺の人生舐めてんか?」


 流石に自慢話まだあるだろ舐めんな。…17歳今現在では中々人生薄味ではあるから、今んとこは1番自慢出来そうな話であるのが悲しいところだが。


「…お前はなんか勘違いしてるぞ。俺と野田さんはそんなんじゃねぇし、そもそも連絡先も知らねぇ薄い仲だよ。」


「そらそやろ。野田さんの連絡先とか手に入れたら消されんで、国に。」


「国家機密か。」


 コイツは彼女の連絡先を何だと思ってんの?国宝?

 暇故にそんなくだらん話をしていたら、俺のレジに一人のお客さんが並ぶ。だから俺も接客モードに切り替える。


「いらっしゃい──」


 ませ。まで続かなかった俺の言葉。目の前に立つお客さんが、野田さんだったから。


「おはよう、山吹君。」


「…お、おはよう。」


 …この前といい今回といい、彼女の話をしてた途端に現れるのなんなの?そういう魔術なの?ヴォルデモート?

 レジに並んだというのに、野田さんは手ぶら。


「山吹君、ここにいるかなと思って来たの。連絡先知らないし。」


 対して野田さんはそんな事を口にする。まるで、目当ては俺かのようだ。


「今日はアルバイト、いつ終わるの?」


「えっ…と、昼には終わる、かな。」


「何時ごろ?」


「13時だよ。」


「その後は暇?」


「まぁ、予定はない、かな。」


「じゃあ、終わったら一緒にお昼食べない?」


 ぽんぽんぽん、と会話のラリーが続いたから、その突然のスマッシュに俺の心のラケットは弾き飛ばされ放心する。


「あ、連絡先。掌出して。」


 コントロールを失った俺の体を、野田さんは腕を取ってその掌を開かせた。

 で、開いた俺の掌にマジックペンでつらつら英数字を書いている。


「はい。これ、私のIDだから。バイト終わったら連絡して。」


 …と言って、相変わらずの無表情主体な野田さんは小さく手を振ってから立ち去った。

 掌を見る。英数字が刻まれている。私のID、って事だから、メッセージアプリの連絡先ってことだ。


「…………えっ。」


 ようやく振り絞って出た言葉も、たった一文字。同じく、野田さんが現れてからずっと無言だった楽も…俺のそのアホみたいな声で目を覚ます。


「ちょ、おぇぇぇ!?陸お前っ、ちょっ、よ病院行けや!?癌かなんか見つかんぞ!?」


「いや落ち着け。」


 気持ちは分かるが。分かるが毎度野田さんを死神扱いすな。

 楽のおかげで冷静さを取り戻し、その掌を再度確認する。

 …連絡先。野田さんの。素直に悦に浸ろうとしてたら、楽がその手を取る。


「コラ陸、よその国家機密隠せ!!消されんぞ!!いや消したる、俺が陸の為を思って涙飲みながらその悪魔の羅列を──」


「やめろ何しやがる、触れんじゃねぇ国宝に!!」


 そのまま楽と揉み合って、俺はその掌に刻まれた"人生濃い味当然番号"を死守したのだった。


 …という馬鹿騒ぎをして、お互いに睨み合って、俺も楽も今更それに気付いた。


「…ちょい待って。陸、お前もしかして今…」


 そこまで言って、言葉を飲み込む楽。続きは俺が口にしよう。


「…まさか俺今…デートに誘われた…?」


 …その発言後、第二ラウンドが始まった事は言うまでもない。

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