2-4
◇
駅前を歩くと、ふと野田さんは足を止める。何事かと見れば、そこは喫茶店の前。
ここは結構人気の喫茶店で、どうやらスイーツが美味しいらしい。
「…期間限定のスイーツ…終わっちゃったんだ…。」
そう呟く野田さん。…あぁ、期間限定のメニューが定期的に出てるな確かに。
「…食べたかったな。」
…狙ってたけど、食べに行くタイミングがなかったって事か?…まぁ、そういう事もあるか。
「ま、どうせまた新しい期間限定のメニューが始まるよ。そん時また食べに行きゃいいだろ。」
また違うメニューであるだろうけど、そうやって切り替えないと。そういう意味で、特に何気なく答えた。
野田さんは…少し悲しそうな目をして、それから微笑む。
「…そうだね。」
◇
駅前の大通りをそのまま歩き続けていると、俺たちの前に大きな病院が見えてきた。
駅前にある総合病院。いつもは関係者や患者なんかで人の影が多いハズのそこも、まるで無音の建物に。
「…ここ、おばあちゃんが通ってた病院。」
そんな病院を指差して、野田さんは言う。………。
野田さんは、何も言ってないけれど。高齢者で、今はほぼ寝たきり、という情報だけ聞くと…やっぱりそれは、老衰によるものなんだろうと察してしまう。
なら多分…"その時"は、そう遠くない。それはきっと、野田さんだって分かってるハズだ。
唯一の家族と言っていたおばあさんがいなくなってしまったら、彼女はどうなってしまうのだろうか。
…俺が心配したって、仕方ないんだけど。…せめて彼女には…俺のような後悔は、してほしくない。
◇
まだ門限の時間ではないけど、念の為に早めにあの鳥居へ帰る俺達。
その帰路である運動公園の並木道を歩いていると…俺は不思議なものを見た。
並木道の脇に…白い猫が歩いていたから。
「…えっ…猫?」
間抜けな声を上げて、足を止めそれを凝視する。
…この世界って…生き物、いるのか…?初めてこの黄昏の国に踏み入れてから今日まで、生き物らしい姿は一度も見たことなかったけど…。
「なぁ野田さん、この世界って生き物もいるもんなのか?」
隣の野田さんにそれを尋ねると、彼女は何故か悲し気な表情でその白猫を見ていた。
「…いるよ、たまに。…ここは、生と死の狭間…だから…。」
…野田さんのその返事と、その表情と。それらが、俺をその理解に辿り着かせる。
…そう、か。ここが生と死の狭間の世界だってんなら…つまり、そんな世界にいるあの白猫は──
「…死にかけてる、ってことか…。」
…そう、向こうの世界で死にかけてるから、こっちの世界に居る…ということになる。
「…かわいそうだよね。」
と言うだけの野田さん。俺はというと…急いで、その白猫へと駆け寄りに走った。
「おい白猫ちゃん!お前なんで死にかけてんだ!理由が分かりゃ助けてやれるかもしれねぇ!」
俺に走り寄られ声を掛けられたからか、白猫は俺の方を見る。
そんな事聞いたって、猫が応えてくれるわけないってのに。でも──
『…私のかわいい子供達、知りませんか…?』
──聞こえたのは、そんな声。
思わず言葉を失う。まるで、目の前の白猫が喋っているかのようだったから。
『…子供達が、いないんです…探してるのに、どこにもいなくて…。』
…その白猫の口こそ動いちゃいないけど、その声はその白猫から発せられてるようにしか聞こえない。
…こ…この世界では、"そういう事"もある、ってこと…なのか…?
理解しようにも脳みそが動かない俺。そんな俺の代わりに、遅れて側まで歩み寄ってきた野田さんが口を開く。
「…ここは現実と天国の境目なんだよ。あなたは死にかけてるからここにいて…多分、あなたが探してる子供達はそうじゃないからここにはいないんだと思う。」
…猫相手に、この世界についてを簡潔に説明する野田さん。それを聞いた白猫は、気のせいか驚いたような顔になる。
『じゃあ、早く戻らないと…!きっとあの子達、お腹を空かせてる…!』
「ちょっ、ちょっと待てって!」
焦り始めて、何処ともなく走り出そうとする白猫。それを制止してから野田さんへ振り向く。
「なぁ、例えばこの白猫あの鳥居潜らせたらどうなるんだ?この白猫ももとの世界に帰れるのか?」
「…ううん。アレを潜れるのは、アレを潜って"こっち"に来た命だけなんだって。」
その疑問に野田さんは斬り捨てるような答えを。
成程、死にかけの命を助ける手段としての裏技にはなり得ないって事かあの鳥居は。
つまり、助ける為にはやっぱり"あっち"の世界で助けなければいけない。だから俺は、再度の問いを白猫に投げる。
「白猫ちゃん。なんで死にかけてんのか、どこで死にかけてんのか…教えてくれ。」
それを問うと、白猫は瞼を閉じて思い出そうとしてる仕草を。
『…ここ最近、まともにご飯食べれてなくて…。見つけたとしても、子供の分だけだったから…』
…成程。この白猫も、まともな食事が出来てない事による栄養失調で死にかけてるってことか。
野田さんの肩に乗る黒猫のラッキー。…コイツだってそうだった。でも、救えた。だから…この白猫だって、救える。
「で、どこだ?君は今、どこにいる?」
言うまでもなく、それは"あっち"の世界のどこにいるのか、という問い。
…俺はもう、"しなかった"でこれ以上後悔したくない。
◇
白猫から居場所を聞き出して、俺達はそのままあの鳥居へ向かって…それを潜り、元の世界へ帰った。それから、あの白猫を探しに走る。
「…山吹君。本当に、あの子…助けられるの…?」
走る俺の背中から、同じように走る野田さんがそんなことを問う。
「分かんねぇよ!でも、やってみないと後悔すんだろ!」
雑木林を走り抜け、大きな池があるエリアに飛び出した。それから周りを見渡して、探していた場所を発見する。
池から少し離れた場所にある、木々や雑草に
多分、何か備品とかを保管してた小屋なんだろう。
でももはやプレハブ小屋自体も雑草に侵食され、もう長い事誰にも使われてない事が分かる。
…あそこの中が、あの白猫の住処だったらしい。だから多分、あそこにいる。
走り、そこに着いて、急いでプレハブ小屋の中へ。そうすると、確かにその中に猫の姿があった。
一匹じゃない。3匹の小さな子猫。その子猫に囲まれるように横たわっている、白猫。
…アレが、きっと黄昏の国にもいたあの白猫だ。
一緒に走ってきた小次郎を"おすわり"させ、俺はその白猫のもとへ。
触れて、息がある事を確認。周りの子猫がにゃーにゃーと俺に鳴く。
まるで、"母を助けて"と訴えてるように聞こえた。
「野田さんわりぃ、この子猫達と小次郎のこと頼めるか?俺はこの白猫抱えて親父んとこ行ってくる。」
と彼女に言って、俺は横たわる白猫を優しく抱える。
プレハブ小屋の入り口で突っ立ってた野田さんは、迷うように口を少し動かして──
「私も一緒に、行く…!私だって、助けたい…!」
…と、強い決意が
全てに興味なさそうだった野田さんの瞳が、そんな色をするなんて。
なんだ、そんな目も出来んじゃん。俺は少しだけ微笑み、頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます