2-3

 翌日、夏休み五日目。

 その日は、朝から妹の空に連れ出されて映画を観に行っていた。


「はぁ〜〜〜カオル君超〜〜かっこよったぁ〜〜!!」


 で、映画鑑賞後…その帰路を歩く空は実に満足気に感想を吐き出す。

 …ちなみに空の言う"カオル君"とやらは、今見た少女漫画原作実写映画のイケメン役の俳優名だ。


 俺も映画は趣味と言えるくらい好きなんだが、この手のジャンルはあんま興味ない為文字通り妹の付き添いだ。


「…お前が男に対して"キモい"以外の評価下してるとこ初めて見たわ。」


「空はいつだって正当に評価してるってば!イケメンはそれだけで存在が許されるの!」


 そうか、正当に評価してたのか。正当性ってなんだっけ。

 空はご機嫌にゆるふわな長髪を揺らして、チラッと俺を見る。


「おにぃも空と同じ遺伝子持ってんだから、容姿に恵まれたイケメン側にいるハズなんだけど…なんであんまり持て囃されないんだろね?人徳?」


「誰が誰の徳疑ってんの?正気か?」


 お前の100倍は徳積んでるわ舐めんな。

 …実際、空は周りの評価からして結構可愛い…らしい。"らしい"という曖昧な言い方になるのは、どうしても肉身フィルターがかかってしまってそう見え辛くさせているからだ。

 学校内ではチヤホヤされてる話は聞くし、まぁ事実なんだろう。


 …対して俺は別にチヤホヤなんかされてないし、青い春にちょっぴり甘い何かがテイストされた経験もない。常に酸っぱい。男の友情万歳。


 …いや、最近で言えば野田さんと絡んでるわけだから、それは"甘さ"の味と認識して良いのでは?

 そんな兄の思考など露知らず、空は俺の腕を取って自らの腕を絡める。わざとらしい"まるで妹"ムーブである。


「ま、おにぃはこうして空の小間使こまづかいしてた方が幸せっぽいし、いっか!」


「笑顔で兄を下にすんな、バグってんのか頭。」


 まぁバグってはいるか、倫理観とか。

 そんなバグった妹に絡まれてる俺の肩を、後ろから誰かに突かれた。

 振り向くと…そこにいたのは、貴重な"甘さ"成分である…野田さんだった。


「山吹君、偶然だね。」


 と声を掛け、その視線は俺の腕にまとわりついてるバグへ。


「…可愛い子。恋び──」


「妹だ。」


 鳥肌もんな誤解発言が飛び出しかけたのを強引に掻き消したのだった。それを聞いた野田さんは大きな目をパチクリさせる。


「…妹さん、こんにちわ。」


「…こ、こんにちは…。」


 空ともあろうものが、声をかけられてたじろいでやがる。レアな光景だ、後で弄ってやろう。


「野田さんはどこか出かけるところなのか?」


「うん、日用品の買い物に。…ここ最近、山吹君には毎日会ってるね。」


 と言って、野田さんは俺達に手を振ってからスーっと歩き去った。

 …うん、マジで唐突に沼に足絡められたみたいな感覚だな、野田さんとのエンカウントは。


 その背中が見えなくなったあたりで、俺の腕に絡まって固まっていた空は突然俺の耳を引っ張った。


「ちょっ、おにぃ!?アレ、まさか例の野良猫さん!?生で見たの初めてなんだけど!?超可愛くない!?」


「痛い痛い痛い!てか空が他人をキモい以外で評価したのこのスパンで二人目じゃねぇかスゲェな!!」


 親父よ、ウチの娘はどうやらちゃんと"キモい"以外のボキャブラリーを持ち合わせてたみたいだぞ!良かったな!


「しかも何!?なんでおにぃと親し気!?いつの間に!?てか毎日会ってるの!?おにぃキモいんだけど!?」


「結局"キモい"に帰るか妹よ!!」


 でも空からの評価はそうでなくちゃな!お兄ちゃん安心したぞ!


「絶対おにぃ陥落済みじゃん!?キッモ!!おにぃを飽きるまでコロコロ弄り回して壊れたらポイってしていいのは空だけなのにぃ!!」


「ブラコン発言なのに不純物塗れで全く嬉しくないんだが!?」


 おめぇ道徳の授業何してたの!?寝てたの!?





 その日の夕方。

 小次郎との散歩の時刻だが…また俺は、野田さんと共にあの"黄昏の国"と呼ばれる世界へ足を踏み入れていた。


 …危険、なハズなんだけど。でも、やっぱり俺も若いからなんだろう。好奇心が、この地に惹かれていた。


「妹さんと仲良しなんだね、山吹君。」


「…あぁ、いや仲良しって表現は適切じゃないな。」


 朝のアレは、野田さん的にそう映ったらしい。アレは仲良しとかじゃなく、召喚してしまった悪魔の手綱をコントロールしてるネクロマンサーの図と思っていただければ。


 俺と野田さん、プラスで小次郎とハッピーは…誰もいない駅前の大通りを歩いていた。

 野田さん曰く、この黄昏の国の門限は季節によって様々みたいで…多分、"あちらの世界"の夕暮れ時が季節毎に変わるのが原因なんだろう。


 で、今みたいな夏場は…大体19時前らしい。そういえば昨日も、それくらいの時刻に"放送"が鳴ったなぁ。

 おおよその時刻が分かれば、それに合わせてあの鳥居まで戻ればいい。だから俺たちは、呑気にこんなとこを散歩している。


「私には、家族って感覚が分からないから…ちょっとだけ羨ましいな。」


 そう呟く野田さんは、相変わらずの無表情。何考えての発言かは読み取れない。


「…おばあさん、元気か?」


 悲しい発言だったからだろうか、俺は唯一"家族"っぽいおばあさんの話題に移すことに。


「…うん。今日はちょっと、元気そうだった。」


「そっか。そりゃ良かった。」


 …野田さんの家族は、離婚して父は離れて、母からはほとんど放棄され…その心情は、俺なんかが推し量るに余り有る。


「おばあちゃんは、私の唯一の家族なの。」


 そう続けて、野田さんはその視線を俯かせる。


「…おばあちゃんまでいなくなっちゃったら、私…本当に、独りになっちゃうから。」


「…………。」


 …それは違う。…と、ドラマの主人公なんかは否定してやる場面なんだろう。

 でも、俺は彼女の何を知ってるわけでもない。俺は彼女のなにでもない。

 "適当"とも言えるそんな言葉を、吐いてやれない。


「…今はラッキーもいるだろ。」


 …俺がそう言うと、野田さんの肩に乗ってたラッキーがまるで分かってるかのように"にゃあ"と鳴いた。

 その流れが可笑しかったのか、野田さんはクスクスと笑う。


「…そうだね。」


 …そういう話じゃないってのは、分かってる。猫との繋がりの話じゃない。

 …人との繋がりの話だってのは、分かっていた。

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