2-2

 野田さんは、近くにあった丁度いい岩に腰を下ろす。そうすると、肩にいた黒猫は野田さんの膝の上に移動して丸まる。…マジで元野良猫がなんでそんなすぐ懐いてんの。


「…野田さんは、なんでここを知ったんだ?」


 分からない事だらけだし、多分野田さんだってこの世界の事に関して十分な説明は出来ないんだろう。

 だから俺は、とりあえず"野田さんについて"の方向で質問を投げてみる。


「…たまたま、散歩してたら迷い込んじゃって。その時に帰り方も分からずにウロウロしてたら、管理人さんが助けてくれて色々教えてくれたの。」


「…そうか。」


 …いや結局よく分からんな。


「一年前くらいかな。それから、よくここに来てボーっとしてるんだ。ここは夕暮れの、ほんとに限られた時間にしか入れないみたいだから。知ってないと多分、そうそう迷い込むこともないと思うよ。」


 …それらしい情報、その一。

 この世界──"黄昏の国"とやらは、夕暮れ時にしかその門を開かないらしい。門というのは、あの鳥居。


「あと、夕暮れ時にしか入れないし…夕暮れ時じゃないと、出れないんだって。それを今日は教えたくて。」


 …それらしい情報、その二。

 "黄昏の国"は、同じく夕暮れ時でないと元の世界へ帰れないらしい。

 そうか、だから昨日は"時間がない"って言ってすぐ帰ったのか。


「夕暮れ時が終わる"門限"がきたら…それを知らせる放送が響くから、今日はそれまでここでお話しよ。」


「…その"門限"を逃すと、どうなるんだ?」


「二度と元の世界には帰れないって、管理人さんは言ってた。」


 なにそれこわい。


「…まぁ、分かったよ。」


 分からんけど。分からんけども、とりあえず今は従ってみよう。

 そういう話で落ち着いて、俺も適当な岩に腰を下ろす。小次郎もリラックスモードに切り替わり、側で身を丸める。


 …お話しよ、って話なのに、無音。

 いや、会話は?え、俺スタートな感じこれ?仕方なく、ゴホンと喉を鳴らして会話を始める。


「…その黒猫、飼うことは親御さんにも話したのか?」


「…ラッキー。この子の名前、ラッキーにしたの。」


 と言って、野田さんは膝下の黒猫を撫でる。

 …あぁ、名前ね。黒猫で名前が"ラッキー"とは、中々洒落てて俺好みだ。


「…うちは、両親いないんだ。」


 それから聞こえた、カチッと地雷を踏んだ音。


「小さな頃に離婚して、お母さんに引き取られて…でもお母さんも私の事なんかそっちのけで…だから、おばあちゃんと一緒に住んでるの。」


 …複雑な家庭事情。やべ、やっちまった。と思ったけど…野田さんの表情は変わらず。踏んだ地雷はどうやら不発弾だったようだ、よかった。


「…でもおばあちゃん、今はほとんど寝たきりで、よくお医者さんに診てもらってるの。…だからおばあちゃんには話したけど、両親は知らない。」


 …それから、俺の問いに対する答えを。

 …うーん、ウェイト重いなぁ。察するに、おばあさんの体調は良くなくて……ここから先は、言及しないでおこう。多分悲しい話だ。


「…山吹君は?何人家族なの?」


 家庭の話をしてたから、お返しとばかりに今度は俺の話へ。


「うちは今は四人家族だよ。俺と、妹と、親父と…この小次郎と。」


 と言って、小次郎の頭をわしゃわしゃ撫でる。

 俺のそれに、野田さんは首を傾げた。…まぁ、言わんとする事は分かる。だから俺は先にそれを説明する事に。


「…母さんは、小学生の頃に病気で死んじまったんだ。だからまぁ、そういう家族構成。」


「…ふーん、そうなんだ。」


 俺の話に、生返事な野田さん。まぁそもそもそこまで興味もない話だったんだろう。

 …変に同情されても、それはそれで居心地悪いし…これくらいの対応がこっちとしても助かる。


「…そういえば山吹君、三日前もあそこ散歩してたね。」


「……ん?」


 それを問われ、まぁほぼ毎日の日課だしそりゃ通るか、と自分で納得して…そういえば三日前って、野田さんが告白されてるアレみた日じゃん、ってのも思い出した。


「ほら、私が告白されてた時。山吹君、遠目から見てたでしょ。」


「バレてたんかい…!」


 そりゃバレる距離ではあったけど…!俺の事なんか認知してねぇと思ってたから、記憶に残ってねぇと油断してた…!

 …今更どうしようもないので、諦めてため息を吐く。


「盗み聞きみたいになってたな、すまん。」


「別に、いつもの作業だから構わないんだけど。」


 振るのを作業と言うな、男の立場がねぇわ。


「私可愛いから、ちゃんと振ってあげるのも義務かなぁって思うし。ほら、税金納めてる感じだよ。」


「納税感覚で男振るなよ。」


 居たたまれねぇよアホな男達が。

 こういう孤独系美少女は相場的に自分の可愛さそんな自覚してねぇイメージなのに、ガッツリ長所理解してるの怖いわこの娘。



 …意外だった。何が意外って、野田さん…案外喋るんだなって、それが意外だった。

 全部に興味なさそうで、常に独りで…誰かと会話らしい会話をしてるとこなんか一度も見た事なかったから。


 かれこれ、時間にして十数分だったけど…本当に下らない世間話だったけど…こうして談笑出来るなんて、本当に意外だった。

 …野田さんって、喋ってみると面白いんだな…。


 そんな時間は、その"音"により終わりを迎えた。

 突如、何処とも分からぬ場所から、ゴーーン、ゴーーン、と…鐘の音のようなものが鳴り響いたのだ。


「あっ、そろそろだ。」


 それを耳にした野田さんはそんな事を口にする。

 鐘の音に、リラックスしていた小次郎も立ち上がってワンワン吠え出す。

 その異様さが、さっきまでの楽しい時間を忘れさせ…逆に忘れてしまっていた"この世界"の事を思い出す。


 …野田さんが言ってた、"門限を知らせる放送"ってのは…これか?

 その鐘の音が止まったかと思えば…次に響いたのは、何かのメロディ。

 いや…"何か"じゃない。これは──


「…七つの子?」


 そう、七つの子。『かーらーすー、なぜなくのー』の、アレ。

 そういや、夕方の帰宅を促すような防災行政無線で、そういうの流れる地域あるって聞いたなぁ。今はなくなったけど、俺んとこは"夕焼け小焼け"だったっけ。


 そのメロディの正体が、割と現実味のある放送だったおかげで…ちょっと安心してしまう。

 何故か懐かしさを感じて、思わずボーっと聴き入ってしまう。そんな俺の肩を、野田さんはちょんちょん突く。


「…帰ろ。この"七つの子"のメロディが終わると、門が閉まっちゃうから。」


「…それ早く言えよ!?」


 めちゃ短い曲なんだからもう終わるんだが!?

 それを聞いた俺は急いで、小太郎を抱えて鳥居を潜った。

 続くように野田さんもマイペースに鳥居を潜り…俺達二人と二匹は無事、元の世界へ。


「…ね。知ってれば大丈夫でしょ。」


「知らんかったから割とギリギリだったんだが!?」


 結構冗談抜きで死にかけたのでは!?

 …でも、実際に体験したおかげで…その謎システムは体も脳も理解した。

 …あれ?あの"黄昏の国"ってところ…マジで危険な場所なんじゃね?


「…また一緒に行こうね、山吹君。」


 俺の恐怖とは裏腹に、野田さんはそう言って微笑むのだった。

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