第二話 私だって、助けたい

2-1

 夏休み四日目。

 その日はバイトが入っていた為、俺は今バイト先の駅前大型書店で本の品出しをしていた。

 ボーっとしながら、棚の本を整理しつつ補充も行う。


 …頭に巡るのは、昨日の記憶。

 "あの後"、結局碌な答えが得られぬまま「時間だから」という謎の理由で俺達は帰った。


 帰った、というのも、あの雑木林の奥の鳥居まで戻って、もう一度それをくぐって…そうする事で、"人がいる"世界に帰ってきたのだ。


 …うん、言葉にするとマジで意味わからんな。


 俺がずーっとボーっとしてたからだろうか、同じく書店でバイトをしている学友のがくが俺の頭を小突く。


「ちょぉ陸ぅ、今日ホンマに心あらへんやん大丈夫かぁ?」


 こってこての関西弁で俺のうわの空具合を心配するがく

 コイツは中学からの学友で、出身が関西ってだけなのに未だずっと濃いめの関西弁を喋る変なやつ。


「…なぁがく、生と死の狭間ってあると思うか?」


「ん?香ばしい系ラノベの設定?」


 俺のアホみたいな問いに、同じアホさで答える楽。うん、まぁ今のは楽の反応が正しい。


 …生と死の狭間。黄昏たそがれの国。

 …あぁ、なんか中学生が投稿サイトとかに出す小説にそういう設定ありそうよなぁ、って感想。それで笑い捨てられる程度の話。

 でも俺は、昨日の光景が脳裏から離れずそれを笑い捨てられない。


「あーてか聞いたぁ?3組の高橋がこの前"野良猫"に告って玉砕したって話。アホよなぁ、なんぼなんでも夏休み初っ端からしょっぱい経験せんでええのになぁ。」


「…あいつ高橋って名前なのか。」


 …夏休み初日に見たあの死刑執行のシーンが思い出される。


「まぁあの可愛さやしなぁ、飛んで火にりたくなる気持ちは分からんでもないわなぁ。」


「夏の虫か。」


 まぁ実際、あの日の彼は虫払いのけるかの如くな扱いだったから間違ってはないか。

 …とりあえず一旦、昨日の事は忘れよう。忘れて、家帰ってからまた考えよう。考えたところで答え出そうにねぇ問題であるが。


 そうやって結論付けたところで、俺は視界の端にその姿を見つけた。…いや、見つけてしまった。

 とある本棚の前で、迷いながら佇む可憐な影。くだんの"野良猫"こと、野田さんがそこにはいたのだ。


「おおっふ、言うてる側で野良猫出たやん!言霊か!?異能力に目覚めたか!?」


「めんどくせぇから拾わんぞそれ。」


 楽の発言は一旦放置して、俺は野田さんの一挙手一投足に注目する。

 彼女はどうもペット本が並ぶコーナーにいて、その本棚を物色しているようだ。

 で、お目当てのものを見つけたようで、本棚から一冊の本を引っ張り出す。


 遠目だが、あれは表紙から察するに"猫の飼育本"だ。

 …あぁ、あの黒猫飼う事になったから、律儀にそういうの買って学ぼうって事なのか。真面目で非常に宜しい。


 ボーっと見てたからだろうか、野田さんもコチラを見た事で目が合ってしまった。おっと気まずい、目を逸らそう。

 "目合ってませんよ"アピールしたにも関わらず、野田さんはそのままコチラに向かって歩み寄ってきた。


「…山吹君、ここで働いてたんだ。」


 …で、話しかけてきた。非常にラッキー要素濃いイベントなハズなのに、今現状の俺の心理的に勘弁してもらいたい度合いの方が強い。


「…まぁな。野田さんも買い物か。」


「うん。あの子は男の人と違って、私の可愛さだけでは生きてけないと思うから…ちゃんと学ぼうと思って。」


 いや人間も別に君の可愛さのみで生きてはいけないと思うが?

 …というか昨日から薄々感じてはいたけど、この子あれか、自分の容姿レベルをしっかり自覚してるタイプの娘か。そうか、そうか…。

 …滅茶苦茶厄介じゃねぇかそれ。


「そうだ。山吹君、今日も"あそこ"…行く?」


「………。」


 …問われ、黙る。忘れようとしてた話題が速攻雑に掘り起こされてしまった為、脳のCPUがショートしたのだ。


「また待ってるから、あのワンちゃんと一緒に来てもいいよ。」


 と言って、野田さんはそのサラリとした髪を翻して去ってしまう。

 …嵐というには激しさのない、沼みたいなのに襲われた時間だったな。


 俺らのやり取りを黙って見てた楽は、野田さんが見えなくなってから俺の両肩を掴む。


「おまっ、えぇっ!?何!?どゆこと!?死ぬんか陸!?」


「どう飛躍したら俺死ぬ事になるのか分からんけど、言いたい事は分かるから落ち着いてくれ。」


 野田さんと会話=運使い果たして死ぬ みたいな方程式だろう、多分。死神か。


 とりあえず楽には、野田さんとの"野良猫を救出したくだり"までの話を説明して…声掛けられた理由を納得してもらったのだった。…もちろん、"黄昏の国"とやらの話はしていない。





 それから、夕方。

 毎日の日課である小次郎との散歩に出かけている俺は…またいつもの運動公園に踏み入れて、思わず唾を飲み込んだ。

 …野田さんは、今日も本当にいるのだろうか。


 いつもの並木道に差し掛かり、俺は自然と野田さんの姿を探していた。

 そして…その姿は、すぐに見つけることが出来た。昨日と同じく、ベンチに座ってボーっとしている野田さんがいたから。


「…あ、山吹君だ。」


 俺の姿を見つけるなり、野田さんは立ち上がる。ちなみに今日もあの黒猫は一緒だ。相変わらず器用に野田さんの肩に乗っている。


「野田さん…今日も、行くのか…?」


 それを問うと、野田さんはコクリと頷く。


「昨日は時間がなかったから、大切なこと説明出来てなかったんだ。今日はそれを教えてあげようと思って。」


 そう言って、野田さんは歩き出す。

 着いてこい、と背中が言っていたので、俺も小次郎と共にそれに続くのだった。



 数分して、俺達はあのボロボロの社の前に辿り着く。

 そこにある鳥居の前に立ち、野田さんは躊躇ためらう事なくそれをくぐった。


 …野田さんは鳥居を潜っただけなのに、その姿が俺の視界からは消えてしまった。

 多分、"あちらの世界"に行った、という事なのだろう。


 …非現実的な現象にツッコむ事もせず、俺もそのあとを追い…鳥居を潜る。そうすると、また俺の視界はオレンジ色の光に包まれた。


 眩しさからまぶたを閉じて…次に目を開くと、そこはさっきと同じボロボロの社の前。

 でもさっきと違うのは、景色のオレンジ色が濃くなっている事と…消えた野田さんがいた事。


「…なぁ、ここが"生と死の狭間"ってのは…本当なのか?」


 それを野田さんに問うと、彼女は首を傾げる。


「それは知らない。私だって、そう聞いただけだから。」


 …実に説得力のない話だ。つまり証拠は何もないわけで。


「…聞いたって、誰に?」


「うーん、ここの管理人って言ってた。…神様なのかな?」


「…そうか。」


 …"これ"は聞くだけ無駄だという事は理解した。頭めっちゃ痛ぇ。

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