1-4


 歩く事数分。その間、会話なし。うん、知ってた。

 歩くのは、昨日野田さんと出会った雑木林の中。その奥の方まで歩き、見えてきたのはボロッボロになっているやしろ


「あ〜…なんか古い社があるって話、聞いた事あった気がするなぁ。」


 と言いつつ、こんなボロボロ具合じゃ神様はもちろん、動物だって住まいにしてやしないだろう。

 そしてそのボロボロの社の前には、同じく薄汚れた小さな鳥居が。


「…ここだよ。」


 その鳥居の前で、野田さんは止まる。それからそう言って、俺を見る。

 …つまり、ここが目的地?


「…えっと…。」


 …非常〜にリアクションに困る。とっておき要素がまるで無いからである。

 そんな俺の反応に、野田さんは悪戯っぽくクスッと笑った。


「…おいで。」


 と言って、野田さんは俺の小次郎のリードを持つ手と逆の手を取った。

 美少女に手を握られるという体験にドキリとしてしまう、が、そんなの構う事なく野田さんは歩を進める。

 それから…俺は野田さんに連れられるように、その小さな鳥居をくぐる。


 ──潜った瞬間…ほわっと、オレンジ色の光が目の前に広がった。まるで、夕陽の光が目の前に差し込んだみたいな。

 眩しさから目を閉じ…次に目を開いた時──


 …別に、その先の光景は何も変わっていなかった。いや、そりゃそうだけど。

 相変わらずボロッボロの社があって、俺の手を取る野田さんがいて。

 その野田さんの肩には黒猫が器用に乗っていて、俺の足元にはリードに繋がれた小次郎がいて。


「…えぇっと、野田さん?」


 …一連の流れがよく分からなくて、野田さんに声を掛ける。

 野田さんは俺の手を離して、振り返っては満足そうに微笑んだ。


「…ようこそ、私のとっておきの場所へ。」


 …その微笑みが、あんまりにもあんまりで。要するに、心奪われるような魅力があって。

 …そりゃあんな無表情ばっかの野田さんの笑みだ。ボディブローになるのは言うまでも無い。


「…いや、とっておきって…ここが?」


「うん。…そっか、ここだと分かんないか。」


 そう言って、野田さんはまた歩き出す。鳥居を避けるようにして、来た道を引き返す彼女。


「ついてきて。あ、鳥居はくぐらないでね。」


 …促されたので、俺も小次郎と共にそれに続く。鳥居を避けて、野田さんの背中を追った。



 …とっておきの場所。

 連れて行くと言って、"ここ"がそうだと言って、また歩いてる。

 よく分からん流れに、俺はもうそういう"不思議ちゃん行動"という理解に結論していた。


 相変わらず会話なしで歩き続けてると、ふと違和感が。

 …今日の空って、こんなオレンジ色だったっけ?


 いや、そりゃ夕暮れ時なんだからそういう色なんだろうけど…ここまでわざとらしい橙色ではなかったと思うけど。


 それに気付くと、なんとなく…本当になんとなく…俺の背筋はゾクリとした。

 なんか、野田さんの一連の不思議ちゃん行動も相待って…何かが起きてるような…気がして。


 雑木林を抜けると、そこは変わらず…もとの公園。いつもの、小次郎との散歩コース。

 野田さんはまだ歩を進める為、俺もそれについて行く。


 でも、小次郎の歩は止まった。不安そうに"くぅ〜ん"と可愛らしい声を上げる。


「どした小次郎?抱っこするか?」


 屈んで頭を撫でてやると、小次郎はまた"はっはっ"と息を荒ぶらせながら野田さんの背中を追うことを再開した。

 …なんか、小次郎には感じるものがあるのだろうか。


 俺も歩き、野田さんの背中を眺める。

 …小さい背中。綺麗な髪。マジで、後ろ姿だけでも芸術作品か何かに見えるのすげぇな。

 そら気ぃ抜いたら告白してしまいそうになる気持ちも理解できるわ。


 肩に乗る黒猫も、昨日まで野良猫だったくせに一瞬で野田さんに懐いたみたいで良かった。

 飼い主と一緒に外出するという猫っぽくない行動のフリーダムさがある意味猫っぽい。


 …………。


「……あれ?」


 …ふと、今更。"それ"に気付く。

 …人が、いない。俺と野田さん以外に、誰も見かけない。


 …まぁ、夕暮れ時だ。人通りは多くない時刻。でも、それでも…0なんて事はありえない。

 この時刻のこの道に、人通りが全くないなんて事は今までなかった。


「…あの、野田さん。なんか…人、いなくね…?」


 …変な質問したと思う。気にせずスタスタと歩くその背中は、答えを返してくれない。

 それが、俺の謎の違和感をさらに濃くさせていく。


 それから、たどり着いたのは公園の出口。そこから先には、駅前。駅までの広い道や、バスやタクシーのロータリー。

 コンビニや飲食店や書店や喫茶店や、そこそこに栄えた建物の建ち並ぶ空間。


 …なのに、人が、誰一人いない。


「…な…なんだよ、これ…?」


 オレンジ色に染まる景色。見慣れたハズの光景が、全てその色に染められていて、生物の影が見当たらない。

 意味の分からないその現象に次の言葉を失っている俺へ、ようやく振り向いた野田さんが声を掛けた。


「…"ここ"、全部。私の、とっておきの場所。」


 …とっておき、の意味が分からない。

 でも、特別な何かが起きている異常な場所だと言う事は嫌でも理解した。


「ここはね、夕暮れ時にだけ現れる…世界の狭間、なんだって。」


 それから、野田さんは答えを教えてくれた。

 でもそれは、数学を知らない人間に微分積分学の問題の正解だけを教えたみたいな、全く理解に繋がらない答え。


「静かでとってもいい場所でしょ?何のしがらみもなくて、何の思考も必要なくて。」


 野田さんは小さく笑う。気持ちの良い風を浴びたような、心地良さそうな微笑。


「誰にも教えたことなかったんだけど…初めて誰かに助けてもらった気がするから、そのお礼。山吹君も、気に入った?」


 と言って、その小さな顔を傾げる野田さん。

 …気に入ったも、何も。何も分かってないのに、何を気に入れと?


「…すまん、野田さん。ここ…本当に、なんなんだ…?」


 …多分彼女的には、もう俺に伝えたつもりだと思うけど。でも俺には少しも伝わってない。

 それを問うと、野田さんは可愛らしく頬に指を当てて考える仕草を。


「…"生と死の狭間"、って…言ってたなぁ確か。」


 明後日の方を見ながらそう呟いて、それを聞いた俺の頭上のクエスチョンマークは数を増す。

 …"言ってたなぁ"、って…伝聞?誰から?…いや、そこはこの際なんでもいい。


「…そうだ、確かこう言ってた。ここは生と死の狭間の世界──」


 思い出したように大きな目をパチクリして、野田さんはまた俺に目を向ける。

 その顔が、夕暮れの光に逆光して…俺の視界をオレンジに染めて…彼女の姿に影を落とした。


「──"黄昏たそがれの国"、って。」


 ……………。

 すまん、我が妹よ。多分今日、ハーゲンダッツ買って帰れねぇわ。

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