1-3


 あの後、ちゃんと野田さんを家の近くまで送迎した。

 もちろん"野良猫"と呼ばれているだけあって、その間会話はほぼ0。


 で、日付を跨いでその翌日。夏休み三日目。

 俺も一応、あの猫に関わった人間として顛末を見届ける義務がある気がしたので約束の時間に親父の病院へ訪れていた。


「怪我も問題なし、体力も戻って飯も食ってる。諸々の検査もまぁ特に問題なしってことで…無事退院だな。」


 そう診断を報告して、親父はキャリーゲージの中に入ってる黒猫を優しく撫でる。

 それを聞いた野田さんは、安心したように息を吐く。


「んで、この子はどうする事にしたんだい嬢ちゃん?」


 親父の雑な問いかけに、野田さんは迷う事なく答えた。


「責任をもって、うちで飼います。」


 それを聞いて、親父は満足そうにヘラリと笑うのだった。



 で、それを見届けた俺はそのまま普通に家に帰り、ダラダラと夏休みを満喫していた。


 …"あの"野田さんと、そこそこの時間を一緒に過ごしたってのはこりゃ同級生達に自慢できるエピソードだな。

 夏休み始まって間もないけど、いい感じの話のタネが出来て満足だ。


「おにぃ〜、小次郎の散歩いつ行く?」


 ソファでダラけてた俺に、冷蔵庫を物色しながら妹の空が声を掛ける。


「うーん、まぁ日も落ちてきたし…ぼちぼち行くかなぁ。」


 夏場の犬の散歩は、太陽が真上にいない早朝か夕方に行くのが飼い主の心得である。なぜなら日中はアスファルトが灼熱地獄の為、冗談抜きで虐待になってしまう。


 俺の返事を聞いた空は冷蔵庫から顔を離し、腰までの長いゆるふわな髪をふぁっさぁ〜と掻き分けた。


「じゃあ帰りにハーゲンダッツ2個、よろ。」


「"よろ"じゃないが?」


 そんな軽さで頼む値段じゃねぇよハーゲンダッツ舐めんな。

 しかもこの女王様、"2個"ってのは俺の分も含まれてるのかと思いきや絶対どっちも自分の分でオーダーしてるに決まってる。


「冷凍庫にある俺の分のバニラアイス食っていいから、それで我慢してくれ空。」


「そんなのもう二日前に食べてるに決まってんじゃん。それがないから困ってんのおにぃ謝って。」


 そうか二日も前から俺のアイスは消失していたのか、そうか…。…なんで俺が謝る側?


「いいじゃん、おにぃ"あの"野良猫さんとムフフなひと時過ごせたんでしょ?そのこうを空に還元して然るべきじゃない?」


「仮にそうだとしても還元先は絶対お前じゃないが。」


 あと別に"ムフフ"の"ム"の要素すらなかったんだけど俺の話ちゃんと聞いてた?

 …空の言う"野良猫"ってのは、野田さんの事だろう。昨日それを散々弄られたし。


「…野田さんとは会話らしい会話そんなしてないって言ったろ。もうその弄りやめろ、面白い話出てこねぇよ。」


「面白い面白くないじゃなくてキモいって話してるんだよおにぃ。」


 そんな話だったんだ初耳。

 まぁ何言っても無駄そうなんで、大人しく小次郎の散歩に出掛けようと逃げるようにソファから立ち上がる。


「あと空、キモいキモい言い過ぎな。そんなん口癖にすんなよ。」


「この世は"空か、空以外のキモい何か"なんだよおにぃ。」


「なにその闇堕ちローランド。」


 手がつけられねぇわこの小娘。


「あと"キモい"の対義語は"空"ね。」


「ローランドじゃねぇか。」


 頭が痛くなりそうなので、さっさと退散することにしたのだった。



 小次郎を連れて、いつもの散歩道を歩く。

 相も変わらずご機嫌に歩く小次郎を上から見下ろしながら、そのプリティな姿ににんまりとしてしまう。


 夏場の夕暮れ時。暑さも和らぎ、少し淋しげのある時刻。

 仕事終わりのリーマンや、遊び帰りの若者や、様々な人がちらほらと見える。


 そんな丁度良い人通りの道を歩き続けて、俺と小次郎は駅前にあるいつもの大きな運動公園へと足を踏み入れる。


 毎日の散歩ルートであるこの公園は、芝生エリアや各スポーツの球場エリアや、ボートを漕ぐ池のエリアなんかもある中々大きなスポットだ。

 その中でも主にランニングなんかで使われてる、整備された並木道を小次郎はご機嫌に歩いている。


 …そういや、野田さんとはここで二日連続遭遇したんだったっけ。

 一般男子としては中々レアイベントではあるよな、改めて考えるまでもなく。

 ひょっとして、今日も出会ったりして。


 そんな事考えてたからなのだろうか…並木道の先で、"その姿"は現れた。

 道の脇のベンチに座り、ボーっと視線の先の木を眺めてる人影。…野田さん。

 野田さんと、三日連続ここで出会ってしまったのだった。


「…夏休み三日目にして変な事に運使い果たした感があって嫌だな…。」


 そう呟いて、声かけてもどうせ塩対応されそうだけど…まぁなんか声掛けないのも違う気がしたのでその側へと歩み寄る。


 …近付いて気付いたけど、座る野田さんの膝元には…何故か例の黒猫も一緒に丸まっていた。

 …ね…猫と、散歩…?


「…よう、野田さん。」


 その可愛らしさと異様さが混じる光景に恐る恐る声を掛けると、野田さんはその目線をゆっくりこちらに向ける。


「…あ、山吹やまぶき君だ。」


 野田さんが俺の名字を口にした事にやや驚く。認知されてたんだ。いやまぁ当然と言えば当然なんだけど、野田さんのキャラ的に意外。


「…その黒猫、一緒に外出て大丈夫なのか?」


「…首輪着けてるし、大丈夫。いい子だよ。」


 …いや、大丈夫な理由になっとらんけど。まぁ本人がそう言ってんならいいか。


 野田さんは膝元の黒猫を優しくポンポン叩き、そうされた事で黒猫は起き上がって軽やかな身のこなしで野田さんの肩に登る。それから野田さんは立ち上がった。

 …肩にネコ乗せる美少女。ビジュアルがフィクション過ぎて脳みそバグりそう。


「山吹君のこと、待ってたんだ。お礼、してあげる。」


 と言って、野田さんは俺に手招きを。それから、その髪を翻して歩き出した。

 …その行動の意味するところは、ついて来いって事だろうか。


 足元でお利口に座る小次郎に目を向けると、小次郎は機嫌良く"ワン"と吠えてから…野田さんの背中を追うように歩き出す。

 だから俺も、とりあえず小次郎に引っ張られるようについて行った。


「…お礼って、別にお礼される程の事俺してねぇけど。」


 そう言うと、野田さんは前を歩きながらチラッと俺に目を向ける。


「…私がお礼したいの。とてもありがたい話だよ。」


「…そう、ですか。」


 …本人が有難さレベル語っていいんだろうか、そういうの。

 まぁ有難いって話なら、こうして一緒に歩いて会話してるだけで一般的には有難いジャンルではあるのか。


「あれ、反応薄いね。私とお話出来るだけで、他の男の子はすごい喜ぶのに。」


「本人が言うな、留めろ心に。」


 それが事実である事が余計にタチ悪くて反応に困るわ。

 というか野田さん、思ってたキャラクター像からややズレた発言するんだな。

 …いやキャラクターもなにも、そんなの知る程の関わりなんかなかったわけだけど。


「…山吹君には特別に、私のとっておきの場所に連れて行ってあげる。」


 と言って、野田さんの視線はまた前方へ。

 …とっておきの場所?


「…あ、告白とかはしてこないでね。振るから。」


「せんわ。」


 …うん、なんか…思ってた感じと、違う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る