あの黄昏にさよならを

@naclnacl

第一話 ようこそ、私のとっておきの場所へ

1-1

 死刑執行の瞬間を見たことがあるだろうか。

俺はある。今である。


「──オレと付き合ってくれ!」


 そう言って頭を下げて、ギロチン台に首を添える男。

 その向かいにいた執行人の女は、それをつまらなそうに見下ろす。


「…君に興味ない、かな。」


 …と言って、女は男の首をバッサリ切り落としたのだった。うーん、エグい。


 …おっと、今死刑執行された男は俺ではない。

俺はその現場から数十メートル離れた場所に佇むただの通行人だ。

 大きな運動公園での愛犬との散歩の道すがら、こんなグロシーン見せられる男子高校生。それが俺である。


 あと死刑執行ってのは比喩で言ってるだけで、これは所謂いわゆるただの告白失敗イベントだ。

 こういうのは珍しくない話ではあるんだが、珍しい光景ではあるので俺は足を止めて傍観してしまっているわけだ。


「…まぁ相手が悪かったよなぁ、客観的に見て。」


 そう呟いて、俺は手元のリードに繋がれた先の愛犬──柴犬しばけん小次郎こじろうに目を向ける。

 小次郎は"はっはっ"と息を荒ぶらせては首を傾げている。夕暮の仄かな光が小次郎を煌めかせ、実にプリティだ。


「…話って、それだけかな?私、もう帰っていい?」


 執行人の女は仕事を完遂したわけで、もう意識は帰路の方角へ。

 もちろんバッサリかれた男に彼女を止める言葉なんか出てくるわけもなく…そのまま女は踵を返して去る。


 …おっと、俺も現場に合掌だけしてから愛犬との散歩に戻らなければ。

 終始つまらなさそうな目を向けられていた哀れな男に掌を合わせて、俺は小次郎と共にまた歩き出した。


 これが…高校二年生、夏休み初日の話。





「──っつう現場に遭遇したわけよ。超気まずかった。」


 帰宅後キッチンで夕飯の調理をしながら、その出来事を報告する。

 それを聞いた妹──そらは、リビングのテーブルでスマホ弄りながら「げぇ」と苦そうな表情に。


「なにそれ、おにぃ告白の立ち聞きしてたわけ?論文書けるレベルでキモいんだけど。」


「何その論文。」


 告白現場にエンカウントしてしまっただけで俺に非はねぇだろ。

 むしろ楽しい楽しい愛犬との散歩中に突如としてグロ動画見せられた側の被害者のつもりだが?


「てゆーか今時夕暮の公園で告白とかキモい。赤の他人に聞かれる可能性とか考慮しないのもキモいし空気読んでUターンしないおにぃもキモい。キモすぎて具合悪くなってきた。」


「キモがり過ぎだろ、薬飲め。」


 箸転んでもキモがる年頃かコイツ?そんな害あるコンテンツだったか俺の話?何気なく話した手前やや凹むが?

 まぁ我が妹の舌の強毒性は今に体感した話じゃないので、律儀に凹んでやる必要もないが。


「その人ってどうせアレでしょ?空のいっコ上でおにぃの同級生の──」


 …と言って、空は言葉を止める。多分そこまで口にしたものの肝心の名前が出てこないんだろう。ゆるふわな長髪をくるくるいじって記憶の読込ロードを行っている。

 だから俺はため息を吐いてから、代わりにその正解を教えてやった。


「──野田のだ なぎ、な。」


「あぁそうそうそれそれ。おにぃに3点。」


 加点されたけどそれ何の点?


 野田のだ なぎ

 少し小柄で、肩にかかるくらいの綺麗な黒髪に、整った小さな顔立ち。

 大きな瞳はいつもつまらなそうな眼をしていて、学校では誰とも喋らずボーっと窓の外を眺めている変な少女。


 常に俯瞰で世界を眺めてるような彼女は、学校内ではやや…いや、かなり浮いている。

 ただ容姿は超一級品であるが為、"さっき"のように男からの注目は集めている。

 まぁ当然、バッサバッサと斬り捨てているわけなんだが。


「懲りないよねぇ男って。なんの勝算があって告白すんだか。」


「まぁ、勝算っつうか、"宝くじ買ってみるか"くらいの感覚なんじゃねぇかな。」


「キッモ。ゲロ吐きそうだからおにぃ両手出して。」


「どこで何吐こうとしてんのお前?」


 …実際、彼女──野田のださんへの告白は男子生徒内ではそういう運試しみたいなイベントになりつつある。

 "やっぱフラれたわぁガハハ"、みたいな笑い話にして、お終い。みたいな。


 そういう意味では、真の被害者は野田さんの方だ。そんな御神籤おみくじ感覚で告白なんかされちゃ、凶を叩きつけて当然というもの。

 しかもそんな彼女の態度が"調子に乗ってる"と見えるのか、女子からの評判は良くない。


「あの人、なんて呼ばれてるかおにぃ知ってる?空も最近聞いたんだけど、だーれにも懐かないもんだから──」


 空が、相変わらずスマホを弄りながら口にする。揚げ物を油に入れた音で、その先は聞こえない。

 ──野良猫のらねこ

野田さんは、そう呼ばれている。


 野田ノダって響きと、猫のような可愛い顔立ちと、孤高な立ち振舞いと。

 まぁそういう要素が、彼女をそう呼ばせている所以だ。


「…ほぉら空、ゲロも毒も吐かんでいいからご飯よそえー。」


「えー、人使い荒ー。」


 荒くねぇわソフトタッチだわ。

 空は渋々立ち上がり、キッチンまでやってきて面倒臭そうに炊飯器からご飯をよそう。

 小さな頃から使っていた"そら"と書かれた茶碗に米を盛って、そのまま去ろうとする。


「いやいや俺の分もよそえや!?言わんでも伝わるだろ!?」


「自分のことくらい自分で出来ないのおにぃ!?自立しなよ全くもぉ!!」


 飯作らせといてどの口が言うとんじゃい!?

 俺に言われたから、空は大変不服そうにまた炊飯器を開ける。それから、"りく"と書かれた茶碗に米を盛る。


「…なんか俺のご飯量少なくない?」


山吹やまぶき家では空に口答えした人はそうなるシステムだよ。」


 ここディストピア?

 口答えしたら量が減る独裁者制度なのが判明したので、俺はため息を吐くだけにしたのだった。

 コンロの火を止め、揚げ物を皿によそう。それから、俺も食卓へ向かった。


 俺──山吹やまぶき りくの夏休み初日は、こういう何気ないやりとりと共に更けていったのだった。

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