転生王子、あべこべ貞操逆転世界で不良美少女に狙われる

@CXT015

第1話 「黒瀬玲央は今日も罪深い」

男女の価値観が逆転した世界に転生して一年。

 黒瀬玲央(くろせ・れお)、高校二年。

 ――この学校では、なぜか男子からも女子からも“美人扱い”されている。


 教室に入った瞬間、今日もため息が聞こえてくる。


「うわ……マジで今日の黒瀬くんかっこよすぎ……」

「いや美人だろ……」

「近くで話しただけで保健室送りになるレベルだね」


 俺は何もしていない。ただ歩いてきただけだ。


 前の世界での俺は、モブ男子。

 でもこの世界では、男子の外見や慎みの評価が高く、逆に女子がガンガン積極的。

 この価値観の差に、未だに慣れきれない。


「玲央、お前今日もモテ散らかしてるなぁ」


 声をかけてきたのは親友の佐伯翔真(さえき・しょうま)。

 明るくて気さくで、気づけば一番近くにいたやつ。


「やめてくれ……ただ登校してきただけだよ」

「だからだよ。歩くだけで女子を赤面させられる男子なんて、国宝級でしょ?」


「褒められてるのか怖がられてるのか、どっちだよ…… 」


 翔真は肩をすくめる。


「どっちもだな。“黒瀬玲央は危険”って、男子の間でも噂だし」


「危険ってなんだよ……」


「カッコよすぎて心臓に悪い。らしい」


「やめろ」


 くだらない会話をしながら席に向かおうとした、その時だった。


「……黒瀬」


 周囲の空気が一瞬で張り詰める。

 まるで廊下の端から寒気が流れ込んだように。


 見れば――いた。


 黒髪、切れ長の目、鋭い雰囲気。

 学園で恐れられる不良女子・神宮寺絢(じんぐうじ・あや)。


 女子にしては背が高く、スラッとした体躯。

 普段から誰とも群れず、一匹狼でいるタイプ。

 近づくだけで威圧を感じるほどの存在だ。


 そんな絢が、俺の前にだけ足を止める。


「……これ、落としてた」


 差し出されたのはプリント。

 いつ拾ったのか、角が少し丸まっていた。


 俺は自然に笑って受け取る。


「ありがとう。助かるよ」


「……別に、たいしたことじゃない」


 クールな声。

 無表情。

 いつも通りの鋭い目。


 ――だが。


(やった!話せたっ!

 ていうか黒瀬くんの顔、距離が……距離がバカみたいに近いんだけど!?

 おちつけ私!表情に出すな!無表情キープだ!!

 これ普通!私は普通!普通のクール女子!……のはず!!)


 と、絢は必死に自分へ言い聞かせながら顔をつくる。

 

 ただ、怜央には前世の感覚か、絢の微妙な目の泳ぎや息遣いで察してしまう。


 ――この人、内心めちゃくちゃ焦ってね?


「じゃ、じゃあ俺はこれで……」


「……ああ」


(あ、声裏返った!?私!?今!?

 やばい殺して!いや殺さないで!

 お願いだから気づいてないで!!)


 絢は無表情のまま、そっけなく背を向けた。

 でも歩き方がほんの少しだけぎこちない。


 教室中が、一瞬でザワついた。


「……あれ、神宮寺さんだよな?」

「黒瀬くんと話した……よな?」

「神宮寺さんって男子に近づくときあんな柔らかい声で話すんだ…」

「いや今のは柔らかいというより、“壊れてた”だろ……」


 翔真が肘で俺を突く。


「お前……また一人、落としたな?」


「落としてない!!頼むから勝手に話広めないでくれ!!」


「男子の半分はもう信じてるぞ。“黒瀬が話すとあの神宮寺ですら赤面する説”」


「だからやめろ!!」


 朝からすでにこれである。

 転生して一年、さすがに慣れたと思っていたが――。


 あの絢の焦り具合を見て、心臓が少しだけ跳ねた。


(……いや、勘違いだ。俺なんかにそんな反応するわけ……)


 でも、ほんの少し気づいてしまったのだ。


 彼女の視線は、クールでも鋭くもなく。

 ほんのわずか震えていて――


 好きな男子を見る目に近かった。


(……いやいやいや、落ち着け俺!!

 そういうのは期待すると痛い目見る世界だっただろ前世!!)


 自分に言い聞かせながら、俺は机に突っ伏した。


 翔真はケラケラ笑いながら言う。


「玲央、マジでこの学園のバランス壊すね?」


「壊してない……壊したくない……俺は静かに生活したい……」


「無理だな」


「無理なのか……」


 そんな俺の願いとは裏腹に――

厄介な女達が動き出すとは、まだ知らなかった。

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