魔術が極まった世界。固有スキル「SCP」で無双します
@orange_2916
プロローグ
魔術文明六百年。世界は魔力によって動いていた。
都市の灯は魔力炉が灯し、通信網は魔術演算機が支え、軍事は神話級魔術師が主力となる。魔術こそが生存の指標であり、魔力の大小は人生すら決める。
その絶対的な価値観の前で、ノア・アルカディアは静かに息を吐いた。
――0。
試験官が一瞬言葉を失い、周囲にいた受験者たちがざわめき始めた。
「ゼロなんて……ありえるのか」
「魔力完全欠損者? 絶滅危惧種だろ」
「むしろ何で受けに来たんだよ……」
侮蔑と哀れみ。空気はどこまでも冷たい。
しかしノア本人は、動じることも、恥じることもなかった。
(分かっていたことだ。いくら測っても、この世界基準の魔力は俺には“存在しない”)
だが――魔力がない代わりに、ノアには“もう一つの異常”があった。
視界の片隅に浮かぶ淡い文字列。
普段は決して人前で起動しない、ノアだけの固有スキル。
〔異常収容領域〈SCP〉──待機中〕
これが知られれば最後。魔術学会は間違いなくノアを“調べる側”に回すだろう。
だからこそ、ノアはこの力をひた隠しにすることを決めていた。
試験官がため息をつき、記録紙に名前を記した。
「……魔力適性はゼロ。しかし筆記成績は極めて優秀だ。前例はないが、補欠入学という扱いなら許可できる」
ざわめきが一段と大きくなる。
「は? ゼロで入学?」「不公平だろ」「絶対落ちこぼれ確定じゃん」
けれどノアは淡く笑った。
「ありがとうございます。精一杯、努力します」
努力でどうにかなるような世界ではないことは、ノア自身が誰より知っていた。だが、皮肉を返す余裕はあった。
(努力なんて言葉で隠しているけど……俺が本当に恐れているのは、“力を使わざるを得ない日”が来ることだ)
そして、その日がすぐに訪れることも。
* * *
実技試験会場は、巨大な魔術空間だった。
地面に展開された魔方陣が空中に魔力を送り込み、霧状に魔獣が召喚されていく。
試験内容はシンプルだった。
「魔力で構築された訓練用魔獣を制圧せよ」
他の受験生が魔力を輝かせ、華やかな魔法陣を描く中、ノアだけが無言で立ち尽くす。
「おい、魔術使えないんだろ?」
「棄権したほうが身のためだよ」
だがノアは動かない。少しでも特異な動作をすれば、力を疑われる可能性があるからだ。
そのとき、目の前の魔獣が咆哮し、魔力の前脚を槍のように伸ばしてきた。
避けられない。回避すれば“身体能力強化魔術”を疑われる。
このままでは直撃する。骨は砕け、試験どころではなくなる。
ノアは目を細めた。
〔対象:魔術構成生命体“訓練魔獣”
構成された魔力現象を検知──局所収容が可能です〕
(……仕方ない。最低限だけ使う)
ノアは右手を軽く上げた。
〔局所現象“衝撃波の運動エネルギー”を部分収容しました〕
衝撃が空気に吸い込まれるように消え、ノアの髪が微かに揺れただけだった。
会場の喧噪が一瞬止まる。
「え……?」「いま何が……?」
ノアは吸収したエネルギーをほんのわずか――“逆ベクトル”で返す。
乾いた破裂音が鳴り、魔獣が吹き飛んだ。
魔力反応ゼロのまま、魔獣を制圧するという異常事態。
しかし誰も、その正体までは分からない。
「……実技、これでよろしいでしょうか?」
試験官が戸惑いながら頷く。
ノアは列に戻りながら、胸の奥で小さく呟いた。
(ギリギリだ。これ以上は……“収容者”として見られる)
この世界で唯一魔力を持たない少年は、同時に――
“世界のあらゆる異常を収容できる力”を秘めた、最も危険な存在だった。
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