蒼穹の女神
サバ太郎
序章 〜絶望と希望の国〜
1. 蒼碧の王国
セヴィヤノジョルカン王国——かつて大陸の覇権を握り、「
この王国の歴史は、数千年に及ぶ栄光の物語だった。
海と大地の交わる豊饒な地に築かれたこの国は、古代より多くの文明が栄え、王朝の興亡を経ながらも、その名を刻み続けてきた。温暖な気候と広大な平原、豊かな河川が育む農耕文化は、王国を大陸随一の穀倉地帯とし、多くの交易路がここへと集まった。
王国の始まりは、神々の祝福を受けたとされる初代王アルゼリウスによって築かれた。伝承によれば、彼は蒼穹の女神の導きを受け、大地に降り立った聖なる剣の加護を得て、未開の荒野を統一し、初めてこの地に王国を築いたという。その後、歴代の王たちは強大な魔法文明と卓越した騎士団を育て、王国を繁栄へと導いていった。
王都フェルミオンは、王国の中心として栄え、大陸の中央に位置し、四方を堅牢な城壁と自然の要害に囲まれた要塞都市である。東には聖なるエルシア湖が広がり、その澄んだ青碧の水面には、王都の壮麗な建築物が映し出される。南には豊穣のヴェルデ平原が広がり、四季折々の作物が実り、王国の食糧庫として機能している。北には氷雪を頂くドラヴァル山脈がそびえ立ち、冷たい風が王都の防壁を強固にするかのように吹き抜ける。一方、西には深きフォルネスの森が広がり、古き精霊たちが棲むと伝えられている。
白亜の城塞と黄金の尖塔を誇る壮麗な都市であった。学問と芸術の都としても知られ、各地から集まる賢者や職人たちが知識を蓄え、壮麗なる建築物や叡智の書物を生み出した。大図書館「セフィロトの書架」には数万冊の魔導書が眠り、王都の聖堂「光翼の聖殿」では、神々への祈りが絶えることなく捧げられていた。
人々の暮らしもまた、王国の繁栄を映すかのように平和と豊かさに満ちていた。王都フェルミオンには賑わう市場が広がり、魔道具を扱う職人たちや、異国の交易商たちが行き交っていた。王国の守護者たる騎士団は厳格な誓約のもとに結束し、王国の民を護る誇り高き存在として人々の信頼を集めていた。
しかし、
その運命の鐘が、静かに鳴り響いていた——。
◆◆◆
「
彼は太古より存在する魔の王であり、かつて世界を支配せんとした混沌の神の眷属であった。封印されし存在であったが、暗黒の儀式を施した狂信者たちによって目覚めたと言われる。
復活を遂げたアブシンは、「血の月の夜」と呼ばれる惨劇を引き起こした。
その夜、空は不吉な紅に染まり、満月は血のように輝いていた。北方の村々に突然、異形の影が現れた。最初に襲われたのは、静かに暮らす農村エルヴァイン。農夫たちが畑を耕していた最中、空が裂けるような咆哮と共に、闇色の炎が村を包んだ。
逃げ惑う人々を、アブシンの軍勢は容赦なく狩った。子供や老人、妊婦すらも例外ではなかった。生者の叫びは夜空に響き渡り、血の雨が大地を染める。村の広場では、生贄の儀式が執り行われ、捕えられた者たちは黒き魔法陣の中でその魂を捧げさせられた。
「死は慈悲。貴様らは永遠に闇に仕えるのだ。」
アブシンの低く響く声と共に、村人たちは苦痛の叫びをあげながら、異形へと変貌していった。農夫の腕は獣の爪に、少女の目は闇の炎に、そして母親たちは我が子の名を呼ぶ間もなく、恐怖に塗れたまま魔獣へと堕ちた。
それはただの虐殺ではなく、恐怖と絶望そのものを糧とした儀式であった。アブシンは魂を奪い、狂気を植え付け、王国の者たちを己の兵へと変えたのだ。
「お前たちが築いた秩序など、愚かしい幻想にすぎん。世界は混沌に還るべきだ。」
やがて、村々は次々に陥落し、王国の北部は完全に蹂躙された。
王国軍が駆けつける頃には、かつての民はすでに異形の魔物となり、王国の兵士を迎え撃った。雷のように駆ける魔狼、巨岩をも砕く獣鬼、空を舞う黒翼の魔兵たち——彼らは一つの目的のもとに統率されていた。
「セヴィヤノジョルカンを滅ぼし、この大地に闇の王国を築く——」
王国の最果ての城塞はすでに陥落し、北方の砦も灰燼と帰した。
東方の都市はすでに制圧され、そこには異形の兵士たちが闇の旗を掲げている。
あとは王都が陥ちれば、この王国も歴史の闇に葬られることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます