天国の不動産屋〜ホーム•スイート•ロンダリング
夜野ミナト
Case.1 防音室の異音
第1話 除霊師はホームレス
【読者の皆様へ】 本作はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 事故物件や特定の職業(配信業など)を題材にしていますが、エンターテインメントとして描いており、実在の方々を誹謗中傷する意図はございません。
50円玉になるように計算して自動販売機に入れた小銭がすべて10円玉で戻ってきてしまうことほど、無駄なものはない。心を砕いたところで何の意味もないことを、学んだはずだったのに。じゃらじゃらとした銅くさい小銭をイタリア製の高級スーツのポケットに入れてため息をつく。高性能フィルターを
自販機から顔を上げる。いつもなら子どもたちの声が響くはずの公園は、墓場のように静まり返っている。すべての遊具には『使用禁止』と書かれた黄色いテープがグルグル巻きにされ、まるで事件現場のような有様だった。
「……ステイホーム、ねぇ」
マスクをずらし、温くなった微糖コーヒーをのどに流し込む。
2020年、春。緊急事態宣言下の東京は、死んだように静かだった。
動作がおかしい。不自然に動きが止まる。電波状況は悪くないはずなのだが。
『逝くなら
栄が投稿した物件紹介動画の通知が鳴る。スマホで見やすいようなテキスト読み上げソフトの音声とテロップ、キャッチーな売り文句の短めの動画だ。再生数は、先月までの倍のペースで伸びていた。家にいろ、と言われれば、人は家を気にする。隣の壁の薄さ、上階の足音、そして……孤独。ストレスを溜め込んだ人間たちが起こすトラブルは、栄の新たな商品の入荷を意味していた。
栄は不動産会社の社長をしている。会社といっても一人しかいない。
扱う物件は事故物件のみ。この物件を買い叩いてきれいに見栄えするようリノベして、デザイナーズ物件と称して高く売る。もしくは貸す。
15秒の動画が終わると同時に、画面には『フルバージョンはYourTubeで検索!』というテロップが出る。TickTackは拡散力はあるが、金にはならない。だが、そこから動画プラットフォームに客を流せば、再生数に応じた「広告収入」が入る。さらに概要欄には、動画内で使用した『魔除けグッズ(ただのインテリア)』のアフィリエイトリンクも完備。入居者が決まれば仲介手数料が入り、決まらなくても動画が回れば小銭が入る。家賃収入、仲介料、広告収入。この『収益の三毛作』こそが、天国不動産の強みだった。
「……所詮上っ面しか見てねぇのよ。チョロいもんだ」
マスクを戻し、空になった缶をゴミ箱へ放る。ふと、栄の視界の端に異物が映った。テープで封鎖されたクマのトンネル遊具。その暗がりから、人間の足が突き出ている。
ゾッとした。霊感など感じたことがなかった栄だからこそ、事故物件専門の不動産業ができたのに。幽霊か、死体か――死体なら警察沙汰で第一発見者は栄だ。面倒なことになる。栄はポケットから除菌スプレーを握りしめ、恐る恐る遊具に近づいた。
「誰かいるのか?」
声をかけるが、反応はない。近づくと、新聞紙を敷いて寝転がっている男の姿が見えた。薄汚れたジャージ姿。マスクもしていない。度数の強いチューハイの缶と煙草の吸い殻が遊具の中に転がっている。
「なんだ、ホームレスかよ……」
栄は安堵したように息をついた。手を地面に着こうとしたその拍子に、靴先が空き缶に当たった。カラン、と乾いた音が静寂に響く。物音に気づいた男はがばっと起き上がると、目の前の栄を見た。ボサボサの髪の間から覗く瞳は、不気味なほど透き通って見える。顔立ちだけはやたらと整っているのが、余計に今の薄汚さを強調している。
「うおっ……!?」
栄は心臓が跳ね上がるのを感じて、とっさに半歩後ずさった。
「……お前」
男が栄を指差す。寝起きの掠れた声だった。目が据わっている。両眼の隈がひどい。
「
「は?疲れてる?まあ……午前中歩きっぱなしだったからな」
「違う。幽霊。お前の背中に女が見える。べったり張り付いて離れねぇ」
すっと男は指先を栄の背中に移動させる。つられて、栄は視線を動かした。遊具の中が心なしかひんやりした空気に感じた。
「未練タラタラだな、そいつ。ほー、担当ホストに騙されて本番アリの風俗に飛ばされた……夜の街は自粛でも、ホストの売掛の取り立ては自粛なしか。稼ぐ場所を奪われて、逃げ場もなくて自殺……なるほどな。闇深ぇー」
ボソボソと男が呟く。
お前がそのホストか、と男はめんどくさそうに言った。
「馬鹿言え。俺は不動産会社の社長だ」
栄はレザーの名刺入れから名刺を取り出して、男に渡した。
『
「へー」
男は興味なさそうに言って、栄に名刺を返した。内心ムッとした。名刺を返すやつがあるか。
「なんでその社長さんが憑かれてんだよ」
「扱ってる物件が事故物件だから……かな。そういや午前中に商談したオーナーが若い女が自殺したとかなんとか言ってた気がするな」
「へぇ……」
男は口元にゆるく弧を描いた。面白い、とでも言いたげに。猫が獲物を狙うように。
「祓ってやろうか、それ」
「祓う?」
栄は眉を顰めた。
「俺は除霊師だ。その女、祓わないとお前の出す利益全部吸うってさ」
「利益吸うだと!?冗談じゃない、早く祓ってくれ!」
男は手を出した。
「除霊は5万。オプションは別料金」
「金取んのかよ!?」
「ボランティアでそんなことする物好きなんかいないよ。普通祈祷料払うだろ」
「今手持ちがない。事務所まで戻ればあるけど」
「……で、やるの、やらないの」
「やるよ!クソ、事務所までついてこい!」
男は不気味に笑って起き上がると、吸い殻と空き缶を拾ってコンビニのビニール袋に入れ、栄の後に続いて歩き出した。
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