【第5話:燃える王城、落ちる英雄像】
剣の都レガルスの象徴である王城が、赤黒い炎を噴き上げていた。
夕陽が街路に長い影を落としていたが、空の色は紫に沈み、夜がゆっくりと忍び寄る。
王城の炎だけが、暗くなりつつある空を赤く照らしていた。
夜空を焦がすその光景は、美しいというより、巨大な獣が断末魔を上げているように見えた。
「うそ……だろ? 王城が燃えてるって、どういう状況だよ!」
カイは悲鳴に近い声を上げた。
周囲の人々はパニックに陥り、我先にと下層街へなだれ込んでくる。
「リリアさん! これヤバいって! 戦争だろ!?
早くどっか田舎に逃げようぜ!
俺、畑耕すの得意だから!」
しかし、リリアは動かなかった。
彼女の碧眼は、燃え盛る城をじっと見据えている。
「逃げるわけには、いかないわ」
「はいぃぃ?」
リリアはカイの襟首をガシッと掴んだ。
「行くわよ、カイ。城へ」
「はぁぁぁぁ!? 逆! 方向が逆ぅ!!」
カイは抵抗を試みたが、A級冒険者の腕力には敵わない。
二人は混乱する人波を逆走する。
上層街へと続く大階段を駆け上がった。
そこはすでに戦場だった。
同じ紋章をつけた騎士たちが、互いに剣を向け合い、殺し合っている。
「……騎士団同士が戦ってる?」
反乱だ。それも、軍の一部が寝返った組織的なクーデター。
一体誰が、何のために。
そのとき、広場の方角から怒号が聞こえた。
「裏切り者め!」
「第一王女殿下を守れ!!」
数十人の兵士が、たった数人の護衛部隊を取り囲んでいる。
その中心に――凛として細剣を構える銀髪の少女がいた。
泥と煤で汚れた白いドレス。
しかしその瞳は、毅然と前を見据えている。
リリアが叫ぶ。
「あれは……リーゼ様!? 王女殿下がなぜ武器を!?」
リリアの胸が締め付けられる。
4年前、まだ十三歳だったリーゼ王女の護衛を務めたことがある。
その頃、リリアは十五歳でA級冒険者になったばかりだった。
当時のリーゼは、王城の重苦しい空気に耐えながら、いつもリリアに本音を打ち明けていた。
「リリア、私、本当はこんな恐ろしい場所、嫌なの」と、小さな声で呟いていた。
(あの子が、こんな危険な場所に……!)
カイの視界が変色する。
ノクスの力が脳神経を焼きながら、戦場の《構造》を線として浮かび上がらせた。
敵の配置は包囲型。
風向きは南東。
そして、広場の横に建設中の巨大な石像。
それを支える、一本の太いロープ。
「リリアさん、あそこのロープ! 俺が合図したら斬ってくれ!」
「石像の? ……わかった、信じるわ!」
カイは瓦礫の影から、タイミングを計った。
敵兵が密集する。
王女へと踏み込むその一瞬。
「3、2、1……今だっ!!」
リリアの剣閃が走る。
ロープが弾け飛んだ瞬間、巨大な英雄像がバランスを崩した。
ドガアアアアアアン!!!
数トンもの石像が、敵の包囲網のど真ん中に落下した。
悲鳴と粉塵が舞い上がる。
「今よ、リーゼ様!!」
リリアが駆け出した。
カイも慌てて後を追う。
粉塵の中、リーゼ王女の手を取り、王城出口付近の路地裏へと滑り込む。
王女は肩で息をしながらも、気丈にカイを見据えた。
「……そなたか? あの石像を落とすなどという、とんでもない策を使ったのは」
「あ、あの、すいません……文化財を破壊しちゃって……」
リーゼは目を丸くし、それからふっと笑った。
「よい。あれは私の曽祖父の像だ。昔から顔が気に入らなかった」
「……リーゼ様、無事で」
リリアが安堵の表情を浮かべる。
リーゼはリリアの手を握り返した。
「リリア……あなたが来てくれて、本当に良かった。
この王城の中で、あなたほど信頼できる人はいないわ」
「ええ……?」
だが、安堵したのも束の間。
路地の出口が、巨大な影によって塞がれた。
「――逃がさんぞ、リーゼ・レガルス」
先ほどの兵士たちとは違う。
全身から放つ魔力が桁違いの騎士が一人、道を塞いでいた。
黒い鎧、巨大な剣。
リリアが表情を強張らせる。
「《黒鉄のガルド》……! 近衛騎士団長が、なぜ裏切り側に!?」
ガルドの大剣の切っ先が、カイに向けられた。
「貴様が持っているな? 《王家の鍵》――ノクスを」
「え、あ、はい……持ってますけど……」
ガルドがニヤリと笑う。
「ならば話は早い。
リーゼ王女と、その魔具。
両方をここで始末すれば、我々の正統性は揺るぎないものとなる」
リーゼが叫ぶ。
「逃げろ、そなたたち!」
しかし、カイの胸元でノクスが勝手に浮かび上がった。
『ほう……我を知る者がいるか。
だが勘違いするなよ、人間。
こいつはただの魔具契約者ではない。
我がカイを選んだ時点で――
こいつは貴様らの《王》の候補者だ』
「…………は?」
カイ:「はあああああ!? 王!? 俺が!?」
ガルドの殺気が、明確にカイへ集中した。
「なるほど。王女以上の危険因子というわけか。ならば――最優先で殺す」
ガルドが地面を蹴る。
死が、直撃コースでカイに迫る。
そのとき――リーゼ王女が、カイの前に飛び出した。
「させぬ!!」
細剣と大剣が激突し、火花が散る。
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