特級抜刀官  幼少期の頃に壮絶な人生を歩み続けた主人公は、あらゆる理不尽と不条理を超えていく、何れ再開するヒロイン達の為に灼熱き刀を握り続ける、現代、ダークファンタジー

三流木青二斎無一門

試刀館学院・試験試練 一話

抜刀官ばっとうかんに成る為には、指定された学院を卒業しなければならない。



国立・火群槌カグツチ試刀館しとうかん学院がくいん、通称『試刀院しとういん』。

旧制中学校の卒業が条件であり、学校関係者側からの推薦を受ける事で入学試験を受ける資格を得る。

千金楽ちぎら燈心あかしは推薦を受けた事で入学試験を受ける権利を得たのだった。


一学園にしては壮大過ぎる校舎。

誰もが憧れる組織、抜刀官を育成する教育機関を前に、千金楽燈心は感慨深さを覚えた。


「此処まで来たぞ……」


千金楽燈心は自らの掌に視線を落とした。

何か思いを馳せる時、彼は決まって自らの手を見詰める。


四本の指、彼は幼少期、凄惨な事件によって小指を一つ欠損した。

心の無い人間がそれを見れば、ヤクザに指を詰められたのかと言われるだろうが、それは強ち間違いでは無い。

昔は小指が無かった事で不便をしたが、今ではこの小指の喪失は、誓いの証でもあったのだ。


「待ってろよ、後少しだ、兄ちゃんが迎えに行くからな、朱寧あかね


千金楽燈心には、血の繋がらない二歳年下の妹が居た。

両親を亡くし、貴族に引き取られた妹の名前を漏らす。

保護者として彼女を迎え入れる為に、彼は抜刀官として妹の元へ逢いに行くと決めていた。






試刀院の敷地内へと足を踏み入れる千金楽燈心。

会場入り口前には職員が鎮座していた。


「試験者ですね?試験番号を」


試験番号が記載された用紙を提示すると、確認した後に複数の試験番号と名前が記載された確認表に鉛筆で確認と言う欄を弾いた。


「会場内では武器など持ち込みは出来ません」


そう言われた事で、千金楽燈心は肩に担いだ竹刀袋に目を向けると、竹刀袋を職員に渡す。


「では、此方は試験が終了した後、返却を致します」


「お願いします」


軽く会釈をすると共に、千金楽燈心は再び歩き出した。

会場と呼ばれる場所は、試刀館の校舎内部や、体育館では無かった。

会場は外だった。

それ以前に、目と鼻の先に在った。

学園ならば、必ず目にするであろう空間。

其処は校庭であった。

校庭に、数え切れない程の学生が集っている。

ざっと数えた所で、軽く五百は超えているだろう。


(これが全員、受験生って奴か)


彼らは皆、志は同じ。

抜刀官に成る為に集まった同志。

けれど、試刀館に入学する人数は限られている。

必然的に、座からの落とし合いを強制されるのだ。

決して、同志だからと深入りする事は出来なかった。

そう、千金楽燈心は心に決めていたのだが。


「ぶひゅッ…‥ぶえッ」


びちゃり、と不快感を齎す音が響く。

その音の後に、奇怪な悲鳴を漏らす者が多数。

千金楽燈心は、何事かと思い、其方の方に視線を向ける。


「ごめッ、ごめんなひゃっ……うぅぅ」


口元を抑えながら、悶えた声を漏らす少女。

口を抑える指の隙間から、大量の体液を漏らしていた。


「うわ、汚ぇな」

「病人かよ、鬱陶しい……」

「集中力を乱すんじゃねぇよ」


その様な、彼女に対する非道な声が聞こえて来る。

千金楽燈心以外にも、彼女の耳に届いている様子で、彼女は項垂れながら小さな体をより一層小さくしていた。


「ごめん、ごめ、なさいッ……うぅ」


流石に誰も手を貸さない。

それを見て千金楽燈心は胸にずしんと重たいものが乗っかる。

この状況、自分以外の人間は敵である。

一見、陰湿な言葉を吐く彼らだが、その実、この状況では彼らの行動が一番適している。

他人の心配をするよりも、自分の心配をした方が良い。

だが……自然と、千金楽燈心の足は動いていた。

このまま見て見ぬふりをすれば……自分が求める抜刀官としての理想に反すると思ったのだろう。


「大丈夫か?」


千金楽燈心は、彼女の元に近付いて腰を下ろす。

涙を流している彼女は、人が来るとは思って無かったのか、目を丸くしていた。

まじまじと、千金楽燈心の顔を見た彼女は、首をこくん、と頷かせた。


「そうか……何があったんだ?」


千金楽燈心の言葉に、彼女は口を動かした。

極めて申し訳なさそうに、ばつが悪そうな顔で。


「ひ、人込み、人酔い、で……」


人に酔った。

成程、確かに、この人数。

必然的に酔ってしまうのも無理はないだろう。

何よりも試験と言う状況、心身共に摩耗している筈だ。

吐いてしまう理由も同情出来るものだった。


「取り敢えず、歩けるか?体の汚れ、洗わないとな」


周囲を見回しながら、千金楽燈心は歩き出す。

彼女は、申し訳無さそうに、彼の誘導に惹かれながら歩いた。


「ゲロ女、一人脱落だ」

「これで後何人だ?」

「他の野郎も落ちれば良いのによ」


その様な心の無い言葉を吐く彼らの言葉を聞いて心底安心した。

他人を思いやれない人間が抜刀官になれるものか。

自分は、其方側では無くて、本当に良かったと、安堵の息を漏らすのだった。


職員が見て驚きの表情を浮かべる。

千金楽燈心は水飲み場の場所を聞き、指示に従って移動した。


「ほら、水飲み場」


「あ、ありがとうございます」


水飲み場で、彼女は蛇口を捻り水を出す。

掌を洗い、彼女は口の中の嫌悪感を濯ぐ為に冷たい水を口の中に水を含めた。


(……奇抜、だな)


彼女の姿を見る千金楽燈心。

奇抜と言ったのは、彼女の目元だ。

周囲が見えない様に、包帯で両目を抑えている。

この状態で何も見えない筈だろう。

だが、敢えて目を潰す事で行われる修練もあった。

自己の感覚を周囲に向ける事で物体の動きを見分ける方法。

過去に、千金楽燈心も何度かした事がある。

彼女は今もその修行をしているのだろうと、そう解釈する事にした。


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