「月にはサンタクロースがいる」
ゆうくん
第1話 邂逅
1968年12月25日のことである。
当時、アメリカとソ連との冷戦は激化の一途を辿っていた。彼らは戦争の代わりに、宇宙開発競争に大金を投じ、アメリカはアポロ8号を打ち上げた。
「Please be informed there is a Santa Claus.」
“月にはサンタクロースがいる”
と言ったのは、月周回宇宙船アポロ8号の乗組員、ジム・ラベル飛行士である。彼の言った言葉は、今日ではクリスマスのジョークであると語られている。
あるいは、都市伝説の世界では、サンタクロースは暗号であり、宇宙人を発見したとも言われている。
だが、真実はどうか――
「なんてこった……」
飛行士の眼下に広がっているのは、高層の建物がところ狭しと並ぶ、透明なドームに守られた、月面の街。
「アレは、サンタクロースなのか……?」
赤と白を基調とした服に身を包んだ人々が、多く行き交っていた。腰には、赤と白のツートンカラーの杖――そう、キャンディケインを刀剣のように吊るしていた。
彼らはほとんどが、白いバックパックを背負っており、黒いベルトをした年長のサンタクロースが、白いベルトをした若いサンタクロースを率いて、整然と歩いていた。
ちらほら、月の砂漠では、ジンジャークッキーをツマミに、エッグノッグで乾杯する者も見受けられた。
「人間……? いや、トナカイ……?」
サンタクロースと仲良く談笑する、ツノの生えた、鹿科の耳のようなモノをもつ人型の種族も散見される。
「どんなテクノロジーで飛んでいるんだ……?」
月の街の空には、ソリの形をした、SFめいた航空機が無数に飛んでいた。ソリのようなモノは、大小さまざまな大きさがあり、大きなモノでは数キロもあると飛行士は見た。
ソリの形をした謎の航空機はフロントライトを点けていたが、それもまた奇妙だった。ライトは、よくイメージされる、伝統的な、白髭のサンタクロースとソリをひく複数のトナカイをホログラム投影していた。
まるで、クリスマスの伝承に擬態しているかのようだ。
恐らく、飛行する際は、そのようなライトを点けていないといけない決まりがあるのだろう。
「こんなこと、地球の誰に言っても信じないだろうな……」
そこには、文明があった。社会があった。産業と、軍隊すらあるように思えた。
そして、彼らは気づいてしまったのだ。
人類が思い描いてきたサンタクロース像は、“月の彼ら”をモデルにしたものではないか、と。
伝承から始まったのではなく、実在する存在を、昔の人類は目撃したのではないか、と。
その光景が確認された直後、通信の一部が不自然に途切れた。NASA地上局のオペレーター達は顔を見合わせ、凍りついた。
《……繰り返します。視認した対象を報告せよ。座標は──》
返答の代わりに、ノイズ混じりの歌声と鈴の音が、回線に入り込む。
《ジングルベル♪ ジングルベル♪》
誰か一人の声ではない。合唱だ。圧縮された電波越しに、都市全体が歌っているようだった。
アポロ8号の乗組員は互いに目を見交わした。恐怖と同時に、理解できない畏怖が胸を満たす。
《基地よりアポロ8へ。記録はすべて黙秘せよ。以後の通信は暗号プロトコル・キャンディケインに切り替える》
「キャンディケイン……? 暗号指定か? そんなプロトコル、訓練で聞いた覚えがないぞ』
《アポロ8、これは命令だ》
返答は一言だった。
「……了解」
かくして、アメリカは「月のサンタクロース」……そして、後に、北極圏での活動が確認された、サンタクロース協会と密約を交わした。
人類の歴史に記されることのない、隠された存在との対外協約。
月にサンタクロースがいるのは冗談でも、ましてや、宇宙人のことを指しているのではない。
アメリカはサンタクロースと密約を交わした。
“月にはサンタクロースがいる”
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