第56話 戦いの終わりにピンク色のモノが…

『――輝くステージ、限界突破でいっくよーっ!♪』


高らかに響く深夜アニメのアップテンポなメロディと共に、私は歌姫システムの出力を一気に跳ね上げた。 戦場という名のステージに爆発的に広がった青白い光の波は、私を守るように円陣を組む黄金の騎士たちを瞬く間に飲み込んだ。彼らへの支援倍率、およそ五倍。


常識外れの出力上昇に、最初は彼らも戸惑いを隠せなかった。一人の騎士が今まで通りの感覚で剣を振るうと、必要以上の筋力が爆発し、黒ローブの敵数人をまるでボウリングのピンのように遥か後方へ吹き飛ばしてしまったのだ。


「な、なんだこの力は!?」

「体が、軽くなった……うおっ!?」

「馬鹿、剣を振り回しすぎるな! 逆に陣形が崩れるぞ!」

「仕方ないだろう! 軽く踏み込んだだけで、体が飛んでいきそうなんだ!」


自らの異常な力に振り回され、慌てふためく騎士たちの声が飛び交う。無理もない。 だが、心配は無用だ。私の【身体強化】は、単に筋力を底上げするだけの大味なものではない。同時に動体視力や神経伝達速度も極限まで加速させるのだ。 数秒もしないうちに、彼らの悲鳴は驚嘆へと変わっていった。


「待て……見える。奴らの隙が、まるで止まっているかのようにハッキリと!」

「「「おおぉぉぉッ!!」」」


強化された彼らの脳と神経は、瞬く間に五倍の身体スペックを計算・適応し、すぐに適切な力加減へと出力調整を済ませてみせた。力任せの暴走は、一瞬にして精密で致命的な神速の剣舞へと昇華される。


ふと、視界の端で白い何かがひらりと舞い降り、私の肩にちょこんと張り付いた。 見れば、それは和紙で作られた一枚の人形だった。誰が寄越したものかなど、考えるまでもない。そこから伸びる微かな霊力の糸を視線でたどると、強引にこじ開けられた霧の向こう側で、激闘を繰り広げる影山先輩と静子先輩の姿があった。彼らもまた、私の放つ青い光のオーラを纏い、凄まじい速度で敵陣を蹂躙している。肩のヒトガタは、乱戦の中でも私からの支援パスを安定して繋ぐための、先輩なりのマーカーなのだろう。


念のため補足しておくが、私の『歌』は、ただ周囲に響かせれば誰でも強化されるような欠陥ものではない。 歌姫の支援効果は、「意志」による厳密な敵味方の識別に基づいている。敵である黒ローブの狂信者たちからすれば、私の声はただ霧の中で響く、ポップスに過ぎず、一切の恩恵は発生しない。私が「味方」だと認識した対象の脳と肉体にのみ、音波が物理的な支援として直接作用する仕組みなのだ。


私の最大出力の支援を背に受けた先輩たちと、超人と化した騎士たちの反撃は、まさに圧倒的の一言に尽きた。 つい先ほどまで私たちを真綿で首を絞めるように包囲していた数の暴力は、今や完全に瓦解している。私がこの曲のサビを歌い切る頃には、群がっていた敵の半数近くが、文字通り塵となって戦場から蹴散らされていた。


私が深夜アニメのサビを歌い切り、味方を覆う光の奔流が敵の包囲を強引に押し返した、その直後だった。


「ここまでですね。そろそろ撤退しないと、上空の魔女殿の罠が完成してしまいますから」


敵のリーダーであるマックスウェルは、血気盛んに突撃してきた金髪の騎士の剣撃を無骨な斧で器用にいなしながら、涼しい顔で言い放った。


「……気づいていましたか」

「気づいていないとでも? 貴女の編み上げる魔力は、美しすぎますからね」


上空から冷たい瞳で見下ろすエリカに、マックスウェルは優雅に肩をすくめる。


「…本当に勿体ないですね。誇り高き貴方たちが、なぜこのような凶行に堕ちたのです? やはり、あの『本』のせいですか」

「……我らの『聖書』を侮辱することは許しませんよ」


マックスウェルの声に、初めて明確な怒りの色が混じった。


(聖書? 英国ってキリスト教じゃなかったっけ?)


私は歌の出力を下げながら、内心で首を傾げた。彼らの言う聖書とは、おそらく一般的なそれではなく、「白き薔薇」の狂信的な教義が記された危険な魔導書のことなのだろう。


「では、我々はこれにて失礼します。ですが覚えておいてください、救世主殿。我々の復讐は、まだ終わっていませんからね」


マックスウェルが私の方を見て不敵に笑う。


「タダで逃がすわけないでしょう!」


エリカが叫び、鞄から三つの木片を取り出して敵陣へと投擲した。空を舞う木片には、それぞれ『I(イチイ)』『St(スピノサスモモ)』『R(ニワトコ)』のオガム文字が刻まれており、逃げ道を塞ぐ強力な拘束の魔力場を形成しようとする。


「無駄です」 トンッ。 マックスウェルが手に持っていた杖の石突きで、アスファルトを軽く叩いた。 その瞬間、彼らの足元から凄まじい熱量を持った紅蓮の火球が噴き上がった。 ズドォォォォォォンッ!!! エリカが放った木片が火球に飲み込まれ、戦場を揺るがす大爆発を起こす。爆発の衝撃波と熱風が霧を激しく吹き飛ばし、私は思わず腕で顔を覆った。 数秒後。爆風と煙が晴れた跡には、アスファルトが溶けた黒焦げのクレーターだけが残されていた。マックスウェルを含め、数十人いた黒ローブの集団は、文字通り「煙に巻かれて」消え去っていたのだ。死体一つ、布切れ一枚すら残さない、不気味なほどに鮮やかな撤退戦だった。


「……逃げられましたか」


エリカが不機嫌そうに顔をしかめ、自身の鞄から新たに五つの木片を取り出して空中に放った。それら全てに『N(トネリコ)』の文字が刻まれている。 木片が淡い光を放ち、周囲を覆っていた白濁した結界の霧が完全に晴れた。 その瞬間、私たちの立っている空間の景色が、一変した。


「え……?」


私は目を丸くした。 先ほどまで、私たちはアスファルトで舗装された校門近くの並木道にいたはずだ。しかし今、私の足元にあるのは湿った土と落ち葉であり、周囲は鬱蒼とした木々に囲まれている。車の排気ガスの匂いは消え、代わりにむせ返るような深い森の香りが鼻を突いた。


(凄い……! これが現代ファンタジー!?)


私は周囲をぐるぐると見渡し、素直に感心してしまった。 前世の宇宙艦隊にも、景色を偽装するホログラム・シミュレーターはあった。だが、これは単なる視覚の偽装ではない。足元の土の柔らかさも、木々のざわめきも、すべてが本物だ。空間そのものを別の場所へと強引に繋ぎ合わせたのか、あるいは結界の裏側に隠されていた本来の地形を顕現させたのか。どちらにせよ、SFのテレポート技術すら凌駕する、途方もないスケールの現象だ。


「佐藤さん、無事か!?」


私が目を輝かせていると、茂みの奥から、まだ蒼い炎の残滓を燻らせている影山先輩と影花先輩が血相を変えて駆け寄ってきた。


「あ、はい。大丈夫です。かすり傷程度ですから」

「一体何が起きている!? なぜ君が、『黄金の盾騎士団』やあの『天才魔女』と一緒にいるんだ!?」


先輩が、私の周囲で油断なく剣を構えている黄金の騎士たちと、上空のエリカを交互に見ながら問い詰めてくる。


「えっとですね……」

(どうしよう。あの夜、ダークウェブ経由で引き受けた「呪い解き」の件がバレてしまう)


私が必死に言い訳を考えていると。


「彼女は、我らが姫君の恩人ですから」


空からスゥッと舞い降りてきたエリカさんが、私の横に着地して、あっさりと爆弾発言を投下した。 「……は? 姫君の、恩人……?」


予想外すぎる単語に、先輩が完全に思考停止して口を半開きにする。


(あーあ、言っちゃった。これ、絶対に後で先輩にみっちり絞られるやつだ。はぁ……)


私は深いため息をつき、頭を抱えようとして――ふと、視界の端に映ったものに思考がストップした。 空からふわりと着地したエリカさんのスカートが、風に煽られて見事にめくれ上がっていたのだ。


(……おや。ピンク色ですね。フリル付きで、なかなか可愛い)


私はこの絶体絶命の修羅場において、見事なまでに緊張感のない感想を抱きながら、現実逃避するようにその可憐なピンク色を見つめていた。

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