医者の来世は死霊術師(ネクロマンサー)

森マッコリ

プロローグ


 白い天井を見上げていた。

 消毒液の匂い、無機質な機械音、自分の体温が氷点下になったのかと思ってしまうほど、一気に血の気が引く感覚。それは俺が最も忌み嫌い、同時にそれまで唯一の居場所だった、あの日の手術室の記憶だった。


 モニターに映る波形が、懸命な蘇生措置も虚しく、平坦になった瞬間。俺の心臓も同時に止まった気がした。

 厳密に言えば、人生でも感じたことが無いほどの動悸がする。それが自分の心臓が止まっていないという確たる証拠だった。

 この時点で俺は逃げたかったのかもしれない。自分のミスにより、患者を死なせてしまったという現実から。


 それから、少しの時間が経った頃。


 顔を歪ませた遺族の前で、俺はただ立ち尽くすことしか出来なかった。今でも鮮明に蘇る、甲高い叫び声が耳から離れない。


 「...アンタのせいだ。アンタが娘を殺したんだ!!」


 医師として、決して起こしてはならないミスを、俺は起こしてしまった。遺族の怒りは至極当然であり、俺の犯した罪の重さを表現するには十分だった。


 その後、遺族は病院と俺、黒神 誠を相手取り訴訟を起こすのだが、その事は世間にも大々的に知れ渡ってしまう。


 それからの日々は、地獄だった。全ては自分が招いたことだと、理解はしている。それでも生き地獄だったことは紛れもない事実だった。

 マスコミは連日、俺の手術中のミスを記事にし、ネットでは俺と病院に対する誹謗中傷が溢れかえった。病院からはトカゲの尻尾切りとでもいわんばかりに解雇通告を言い渡され、住んでいるアパートには嫌がらせが続いた。見知らぬ人からの嘲笑や罵声に、外を出歩くことすら怖くなってしまった。


 友人や親族も、まるで疫病神を避けるかのように、俺の傍から離れていった。気付くと俺の周囲には、誰一人として残ってはいなかった。

 俺がどれだけ謝罪をしようと、幼い命を奪ってしまったという罪は決して無くならない。そして、あの日の手術を何度も夢に見て、自責の念に駆られる日々。その後悔が、今の俺に残った全てだった。


 そして、今。俺はあの日と同じように、白い天井を見上げている。

 違う点があるとすれば、手術室の天井ではなく。自宅であるアパートの天井だった。

 首にロープを巻き、リビングに置いてある食卓テーブルと同じ材質で作られた、木目調の椅子の上に立っている。


 正直...もう、限界だった。


 死ぬことが償いになるとは考えていない。

 むしろ、現実逃避をしたいだけの幼稚な考えだとすら思う。

 それでも、いつ終わるかわからない地獄を終わらせられるなら、手段を選んでいられなかった。


 覚悟はもう決まっている。どれだけ苦しむかもわからないけれど、幼い我が子が殺される苦しみと比べれば、俺が感じる苦しみなんてほんの一瞬だろうし、ずっとマシだろう。


 「親不孝者でごめんな。父ちゃん、母ちゃん。」


 両親に対しての謝罪を口にしたあと、何度か深呼吸をしてから自らの身体を重力に委ねた。


 ロープが首を一気に絞め、全体重がかかる。

 苦しい...そう思った瞬間、脳の血流が急激に止まり、視界の端から闇が這い上がってくる。身体中の感覚が、意識とともに遠のいていく。

そして数秒後には、俺の意識は完全にブラックアウトしていた。

 

 ――――――――――――――――――――


 ポツッと冷たい感触が頬を打った。

瞼を開くのが億劫だった。全身は鉛のように重く、眠気が激しく意識を揺さぶる。

 

「……あれ? ここ、どこだ? 確か俺は……首を吊って……」

 

死ぬ直前の行動を思い出し、ハッとして飛び起きた。慌てて首を触るが、ロープの感触などない。

 

 どうなっているんだ?

 

 混乱と恐怖の中、俺は立ち上がった。

 夜の冷気と、雨に濡れた土、そして強烈な腐臭が漂っていた。周りを見渡すと、腐臭の正体がすぐにわかった。溢れんばかりの死体の山がいくつも出来上がっていたのだ。


 「まさかここが地獄とかいうんじゃないよな...」


 いくら地獄だとしても全裸なのは勘弁して欲しい。

 贅沢をいってしまうかもしれないが、最低限下着くらいは欲しいと思ってしまった。

 

 だってほら、公然わいせつみたいな感じで余計に罪重くなっても嫌だし...

 

 そんなくだらない事を思いながら前方に目を凝らすと、巨大な洋風の建物が一面に広がっていた。


 いくらなんでもこんな洋風な建物が地獄にあるわけないよな。

 それに地獄にありがちな鬼とか、悪魔みたいなやつはどこにも見当たらない。

 何より、地獄に死体の山があるって意味がわからないしな。

 だって既に死んでるから地獄なわけだし。

 

 総合的な判断として、どうやらここはどこかの街外れにある死体捨て場のようだった。

 左右後ろも確認したが、金網で出来た柵に囲まれ、サッカー場ほどの敷地を、ただひたすら冷たい雨が叩いていた。

 いくら記憶を辿っても、この場所がどこなのか見当がつかなかった。


 ひたすら唖然としていると、突然目の前に光を放つ透明なウインドウが出現した。


 「うわっ!!いきなり何!?」

 

• 異世界への転生が完了しました。

• あなたは、前世での罪を償うため、新たな肉体を得てこの世界に存在しています。

 

「転生……? やっぱり、俺は死んだのか……」


 そう呟き、諦めにも似た寂寥感に襲われると、ウインドウはすぐに切り替わった。

 

• あなたに、前世での後悔をやり直せるリベンジの機会を与えます。

• 特別なギフトを用意しました。

・下記のOPENというところを押して受けとってください。

【 O P E N 】


 ギフトとかOPENとか……ソシャゲかよ……

 

 怪しみながらも、俺は恐る恐るその【OPEN】を押した。


 次の瞬間、全身が強い光に包まれ、漆黒のローブ、服、ズボン、ブーツが出現する。

 現れた服は驚くほど身体に馴染むのと同時に、次のウインドウが表示された。

 

• アビリティ名: 死霊術師【ネクロマンサー】

• アビリティランク: SSS

• アビリティ効果: 死者を蘇らせたり使役することが可能。アビリティマスター(取得者)の能力によって効果、派生が異なる。


 「死霊術師って……」


 アビリティ名に多少驚きながらも、俺はどこか納得してしまった。


 まぁ...女の子を死なせてしまったのは確かなわけで。


 「だからって、医者の来世は死霊術師〜ってか?...笑えねぇよ。」

 

 全てを読み終わると、ウインドウは音もなく閉じる。

 これからどうするか。途方に暮れ、濡れた髪を掻き上げていると、不意に微かな声が雨音の隙間から脳に流れ込んできた。


 『どうして……どうして殺されないといけなかったのよ……』


 誰かいるのか...?殺されたとか何とかって聞こえた気がしたけど、いきなり厄介事に巻き込まれるとかじゃなければいいなぁ...


 多少戸惑いつつも、このままここに立ち尽くしていても仕方ないし、一旦声のする方へ行ってみる事にした。


 数十メートルほど歩くと、死体の山の中に、一際目立つ遺体があった。まだ若く、ロングのブロンドヘアの女性が、血に濡れたメイド服を着て横たわっている。


 その遺体に近づくと、怨念のような声が、今度ははっきりと脳に響いてきた。


 『どうして、私が殺されないといけないの。何も悪いことなんてしていないのに……』


 俺は思わず口を開いた。

 

「もしかして……お前の声なのか?」


 すると、メイドの怨念は驚いたように揺らめいた。


 「え……あなた、私の声が聞こえるの?」


 俺は事情を問いただすと、彼女は涙ながらに語った。


 仕えていたのは、若い女性を惨殺することを趣味とする、悪魔のような貴族だったこと。俗に言うシリアルキラーってやつだな。

 そして、彼女自身も、その貴族の「遊び」の犠牲となり、ゴミのようにここに捨てられたこと。

 絶望に満ちた声で語ってくれた。


 彼女の話を聞いてる間、俺は1つ気になっている事があった。それは俺が貰ったアビリティの事。

 説明にははっきりと、死者を蘇らせたり、使役する事が可能と書かれていたからだ。


 本当に出来るかどうかはわからないが、彼女に「もし蘇ることが出来たらどうしたい?」と問うと、彼女は言葉に詰まり、悔しそうな雰囲気を醸し出しながら答えてくれた。

 

「蘇るなんて、そんなこと出来るわけないじゃない。どうせこのまま怨念に飲み込まれて、そのうちこの意識も消えてしまうだけよ……でも、もし本当に蘇ることが出来るなら。私を殺したあの貴族を、絶対に殺してやる!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸には、医者だった者としてなんとしても彼女を救いたいという気持ちが込み上げてきた。


 「わかった」


 俺はただ一言彼女に言うと。意識を集中させる。

 すると、全身に緑色のオーラのようなものが溢れてきた。

 

 何故だかわからない。しかし、脳裏にはアビリティを使うための正確な手順が、手術手順のように浮かんでいる。まるで、元々この力と知識を知っていたかのような、本能的な感覚。


 俺は緑色のオーラを医療用メスの形に変化させ手にした。

 やっぱりこの形が一番しっくり来る。


 メイドの遺体を観察した。すると、遺体の上に、紫色の薄いモヤのようなものが見える。


 「これだな……」


 これが、彼女の『怨念(魂の患部)』だ。

 今、何をどうすべきか、はっきりと理解できる。


 メイドの怨念が怯えたように叫んだ。

 「え、魔力……? でも、私を殺した貴族でもこんなに膨大な魔力は……あなた、何をしようっていうの?!」


 俺はメスを構え、強い意志を持って彼女に告げる。


 「俺がお前を助ける。俺がお前の復讐を、手伝ってやる」


 そして、医者としての知識と本能に従い、メスの切っ先が紫色のモヤに触れた。


 「死霊執刀(ネクロマンシス)!!」


 その瞬間、メイドの遺体は眩い光に包まれた――。

 

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