第8話 めっちゃ冷たい薙宮さん
結局その日の体育の時間ではうまくいかず、2日ほど経過して次の体育の時間になった。
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「せーのっ! いち、にぃっ!?」
「ごめんっ」
慌てて一歩を伸ばす。転ぶことは避けられたが、スムーズに進むのは無理。そんな微妙な状態で、彼女を見た。
ほとんど変わらない表情に少しの申し訳なさを滲ませながら、薙宮さんが気まずそうに目を逸らす。
「気にしないで。薙宮さんがあの歩幅なら、俺が合わせる」
少し歩幅を縮めれば大丈夫だろう。
解けかけたバンドを結び直して、もう一度チャレンジ。
タイミングを合わせて、スタート。
一歩を小さくしたので、簡単にタイミングが合う。
三歩ほど進んで、ペースがあったとわかる。そのまま25mのところに引かれた線まで進んで、止まる。
「この感じでいいか?」
「うん」
いつものようにそっけない返事の中に、微かな喜びを見出した。
ただ、それだけ。
それでも、今まであまり明るい感情を見せなかった薙宮さんから明るさを見せてくれたことがどこか嬉しかった。
「なに見てるの」
咎めるような彼女の目。見ていたものといえば薙宮の目以外に他ならない。綺麗で、深みのあるその目はどこまでも魅力的で……
──正直に言うのは、なんか違う気がする
「ううん、何にも見てない。ちょっと嬉しくてさ」
「何が?」
「薙宮さんが少し楽しそうにしてるところ」
「っ、楽しくなんかないし……」
ぷいと顔を背ける。それでもやはり楽しいとは思っているのだろう。声が少し高い。その様子が、普段どこか大人びた様子の薙宮さんとのギャップを生み出して、
──可愛い
そう、率直に思った。
口には出さない。だってほら、俺と彼女はそういう関係じゃないから。
──勝手に俺は薙宮さんのことを友達だと思っているが……
「おーおーおーおー、仲良くなっちゃって」
隆俊が軽い笑みを浮かべて揶揄うような口調でやってくる。
隆俊の種目は100m走。シンプルだが、サッカー部のこいつにとっては晴れ舞台だろう。
ヘラヘラ笑う隆俊だが、途中で顔を引き攣らせて立ち止まる。
──なんだか右が寒いような。恐ろしいような
そっちを向いてはいけない。本能が警鐘を鳴らしている。
しかし、それでも見てしまうのが人間のサガ。
ちらりと、バレない程度に首を回す。
──声が、出せない
「あ、ああ、薙宮さん。ごめんよ。謝るから怒らないでもらえると……」
あの隆俊でさえ、怯えている。
完全な無。めっちゃ冷たい。
こうなった彼女をなんとかする方法を、俺たちは知らない。
「お、藍乃じゃん!」
聞こえたのは、天使の祝福か、神の救いか。はたまた、溌剌とした声か。
白崎葵が駆けてきた。
「体育合同でよかったよ〜……ん? 藍乃もしかして機嫌悪い?」
「それ、葵に関係ある?」
「あんたら2人、藍乃に何したのさ。あの藍乃がここまでなるなんて相当だよ?」
「すまない。俺が薙宮さんに言ったことが原因だと思う」
隆俊が素直に頭を下げる。
「何言ったの」
白崎の目が鋭くなる。それは、親友を害された可能性があること、その原因となった敵を威嚇せんとするようだった。
「暁翔と薙宮さんが仲良くなったなって言ったんだ」
「え? それだけ?」
「ああ……」
「藍乃? そんなに怒ること?」
「怒ってなんかないし……」
「ふーん……ほおほお、なるほどね!」
白崎は薙宮さんをしばらく見てから、何かに気がついたらしい。わけ知り顔で、口角を上げた。
「うちの友達、可愛いっしょ!」
そして、俺たちに向かってサムズアップ。本当にいい笑顔をしている。
「「???」」
俺と隆俊は、何が何だかわからないまま、ゆっくりと頷いたのだった。
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翌日、朝のショートホームルームで担任が困ったように口を開いた。
「ああー、今日の放課後、明日の体育祭の直前準備のために何人か手伝ってもらいたくてな。各クラス体育委員と追加で2人必要なんだ」
誰がやるべきか。
放課後に拘束されるなんて誰だって嫌だ。クラスが「誰かにやらせよう」という空気に変わる……
その前に手を挙げた。先生の目が一瞬強く見開かれ、優しく、安堵したようなものに変わる。
「ありがとう星越。じゃあ、あともう1人。誰かお願いしたい」
直後、視界の端が動いた。
思わず、目を向けてしまう。
意外。クラスメイトのみんなもそう思っているのか、教室が少しざわめく。
「これで2人揃ったね。よかったよかった。じゃあ体育委員2人と星越、薙宮は放課後グラウンドに集まってくれ」
こちらを見た薙宮さんの、深いアイオライトの瞳が何を語っているのか。それはわからない。
1限目の数学の準備をしていると、机がとんとん、と叩かれた。
「薙宮さん、どうかした?」
ペンを片手に、無表情を貼り付けた薙宮さんは数回瞬きしたのち、紙片を一枚手渡してくる。
「ん? 何これ……って」
いつもの丸さじゃなくて、少し固い字で書かれた、アルファベットと数字の羅列。彼女のものは誰もが欲しがるだろう。
「これ、私のチャットID。多分あった方が便利だと思う」
なぜ今これを。そんな疑問が生まれようとして、消えた。
彼女の目に映る緊張を感じ取ってしまったから。
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