冬の女神と純潔の贄姫
御原ちかげ
第1話 夜の庭
藍の空に、銀色の星々。
”夜の庭”で、わたしはゆっくりと目を覚ました。
かたわらでは、親友の空色のドラゴン・フィンが太い寝息を立てている。まだ1才たらずのフィンは、うまく夜空の色に擬態できない。青空の色のままの固い皮膚を、わたしはやさしくなでた。
「起きたか、レニ」
「おはようございます、大魔導士さま」
わたしは、目をこすりながら挨拶をした。
この国で一番偉い魔法使い・大魔導士アーレンさま。
わたしを生贄として、ここに連れてきた人。
白に近い銀髪に、春を呼ぶ
わたしの真っ白な髪に似た人を、ほかに知らなかったから、一度聞いたことがあるの。
「大魔導士さまは、わたしのお父さんなの?」
「私は、12歳の娘がいるような年ではない」
ちょっとムッとして、大魔導士さまは答えた。
わたしがここに来たとき、大魔導士さまは言ったの。
「いずれ贄として、命を捧げる者に、私は敬意を払いたい。お前が知りたいことには、何でも答えよう。必ず真実を話すと約束する」って。
だから、大魔導士さまが、わたしのお父さんじゃないのは、本当だと思う。
「白い髪は、純潔の贄の証」だって、魔導士さまは言った。
それなら、大魔導士さまも、生贄になれるんじゃ?
わたしが質問したら、これにもちょっとムッとしたみたい。
「……お前、私が童貞だと思うのか?この超絶美形の私が?」
「ドーテーってなぁに?」
わたしの問いに、大魔導士さまは言葉を濁した。
「……分からぬならよい」
必ず真実を話すと言った大魔導士さまが、はっきりと教えてくれないのだから、「ドーテー」はとっても重大な秘密に違いないわ。
「よいか、レニ。生贄の条件は2つ。恋を知らぬ心と、穢れを知らぬ身体だ」
そのために、わたしはこの”夜の庭”に閉じ込められているみたい。
「お前は、2年以上続くこの長い冬を終わらせるための切り札だ。これ以上、冬の女神の暴挙を許しては、国が滅ぶ。故に、我らは冬の女神を殺すことにした」
この国では、大魔導士さまをはじめとする偉い魔法使いの力で、春と夏と秋が3年ずつ続く実り豊かな時代だったのに、どうしても冬が来るのを止めることができなかったのですって。
だから、冬の女神さまをわたしの身体に降ろして、わたしごと殺す─そういう計画だって、大魔導士さまは教えてくれた。
大魔導士さまには言えないけど、わたしは冬が嫌いじゃなかったの。
わたしの白い肌や薄い色の瞳は、すぐに日に焼けてひどく痛んでしまうのだけれど、冬の弱い日差しの中なら、外に出るのもそんなに苦じゃなかった。
でも、国のみんなが困っているなら仕方ない。
どうせわたしには、待っている家族もいないのだし、誰かの役に立って死ぬのなら、それもきっと悪くないわ。
それに、”
「レニ、その日は近いぞ」
大魔導士さまの手が、そっとわたしの視界を覆うと、わたしはまたまどろみに落ちていった。
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