龍神英雄譚 靈皇 世界用語・百科
八神 アキト
創世の書
序章・世界の本源
世界の起源と、秩序と混沌を生み出した龍神の誕生を語る序章。
起源龍神・熵(ショウ)
世界は本来、無序にして無常であった。
あらゆる存在が生まれる以前、そこに在ったのは熵のみ。
祂(かれ)は形を持たず、意識も持たない。されど虚空で最も古き意志であり、すべてのエネルギーと物質の原点であった。
宇宙は果てしなき静寂のうちに微かなエネルギーを積み重ねていた。時はまだ始まらず、空間も未だ成らず、「存在」と「虚無」の境さえ定められてはいなかった。その時、熵とはあらゆる可能性の総体であった。
第一の爆裂・世界の初生
測り得ぬ歳月の後、熵のエネルギーは限界に達し、初めて自らを解き放った。
これが宇宙の第一次大爆発――光が生まれ、時間が流れ、万物は名と形を帯び始めた。
しかし、光はいずれ翳り、熱は散逸する。
時の推移とともにエネルギーは徐々に拡散・減衰し、宇宙は最初の高度な秩序から再び無秩序へと滑り落ちた。
これが「エントロピー増大」の始まりである。
熵は無窮の空寂の中で自らが創りし一切を見つめ、初めて「意識」を得た。
祂は悟った――祂自身すら、終焉へと向かうのだと。
第二の爆裂・創造と破滅
定められた終焉から逃れ、「永遠」の答えを求めるために、
熵はその全エネルギーを再び凝集し、滅と再生の狭間において第二次大爆発を起こした。
その刹那、祂は相反する二つの意志へと分かたれた――
創世神龍・燭(ショク):秩序・創造・法則の化身。自らの血肉をもって世界の「形」を築いた。
破滅神龍・劾(ガイ):混沌・破壊・本能の象徴。自らの怒りで一切の秩序を裂いた。
二柱の神龍は兄弟にして、宿命の仇敵。
一方は秩序、一方は混乱。片や創造、片や破滅。
この対立それ自体こそ、熵が見出した「永遠」への唯一の解であった。
永遠の循環
かくして、宇宙の歯車は回り始めた。
創造と破壊、生誕と湮滅、秩序と混沌――
それらは相依り相携え、止むことがない。
熵の存在は万象の背後に隠れ、
祂は創造者でも破壊者でもなく、万物が自ら運行する法そのものとなった。
秩序が過ぎれば混沌が興り、混沌が荒れれば秩序が生まれる。
これすなわち「熵の輪廻」――世界は幾千の生滅を経て、ただ一つの永遠へ近づかんとする。
熵は神に非ず、魔に非ず。
祂は神の母であり、魔の源である。
あらゆる存在の終点は、すべて祂の懐へ帰す。
あらゆる意識の覚醒は、すべて祂の反響である。
第一章・世界の誕生
起源龍神・熵の意志から生まれた二柱の神龍が、創造と破壊の世界を築く。
宇宙の初め、星はなく、光もない。
計り難い時の間、宇宙は空無の虚空にてエネルギーを集め続けた。
やがて第一次大爆発が起こり、ついに光が生まれた。
その爆裂の奔流のうちに、「起源龍神・熵」の意志から化生した二柱の神龍が誕生した。
以後、宇宙万象の歯車はこの二柱によって駆動されることとなる。
創世神龍・燭(ショク)
燭は宇宙の虚空より生まれた神龍。
熵に付与された秩序の意志にして、万物の絶対法則と均衡を体現する。
祂は自らを基として、世界の一切を創り上げた。
天・地・海・群星……無数の名と形が祂の意志の下に具現した。
燭は喜怒を持たず、善悪にも染まらない。
ただ静かに、自らが創った万物が如何に生き、如何に変わるかを見守り、干渉しない。
やがて破滅神龍・劾との長き争いの後、燭は虚空へと還り、ほとんど目覚めることなき長き眠りに入った。
破滅神龍・劾(ガイ)
劾は燭と同時に生まれた兄弟。
熵に付与された混沌の意志にして、尽きせぬ破滅と狂気を司る。
祂は理を持たず、唯一の欲は、兄・燭の創りし一切を虚無へ帰すこと。
祂の怒りはあらゆる負のエネルギーと暗黒を凝らす。
長き争いの果て、劾は燭に敗れ、
三つの頭を持つその身は一つを噛み断たれ、宇宙虚空の果てに封ぜられた。
されど断たれた首はなお混沌の力を撒き散らし、本体と共鳴して、
封印を破り、再び破滅の時代を呼ばんと試みる。
創始の争い
創造を司る燭と、破滅を司る劾は、生誕の時より休みなき戦に陥った。
混沌は秩序を呑み、秩序は混沌を噛み返す。
一切はこの兄弟の衝突の中で、幾度も生まれ、幾度も滅んだ。
ついに、燭は自らの光でもって劾を打ち倒し、虚空の果てに封じた。
しかし祂もまた大きく力を損なった。
劾の残留意志が再び災いを為すことを防ぐため、
燭は宇宙の破片をもって牢となし、劾の噛み断たれし首をその内に封ぜしめた――
それが後に衆生の呼ぶ「神州」世界である。
深く傷ついた燭は万物を自らの三子に委ね、
虚空へと帰り、永遠の眠りについた。
第二章・世界の初め
創世神龍・燭の吐息・涙・血から生まれた三原始神龍が、世界の基礎法則を形づくる。
創世神龍・燭が混沌の兄・劾を退けた時、
光は虚空の果てに帰り、秩序は再び流れ出した。
しかし、その光はもはや純にあらず――
燭の身は劾の黒炎に穿たれ、
その魂は消散の淵にあった。
最後の静寂の中、燭は自らが創った世界の脆弱さを見取り、
ついに自らを種として、三つの永遠なる息へと化した。
吐息、涙、そして血――
三つは天地の命脈を担う三柱の神龍となった。
万物の先祖・三原始神龍
虚空神龍・燼(ジン)
――燭の吐息より生まれ、精の主となる。
燼は燭の息の間に誕生し、
祂が初めて呼吸した時、群星は連鎖して灯った。
燼は形体と質量エネルギーの根を表す。
祂の鱗は山岳と化し、
祂の息は風と火となり、
祂の鱗の塵は泥土と海の微粒となった。
燼は万象の父にして、世界の構成と伸展を司る。
祂の眼に情はなく、ただ「存在」への渇きがある。
祂は物質を創るが、生命を解さない。
祂が求めるのは、決して崩れぬ形であるからだ。
燼は三原始神龍の首座にして、すべての形体とエネルギーの源。
その誕生は、燭が自らの「息」を宇宙へ授けた徴。
その息は世界を構成する基本要素へと化し、
万物の形と質を凝らした。
燼は万物の精、また「男性原理」の象徴でもある。
祂は万物の形態と法則を定め、
世界の枠組みと力を支配する主宰者。
燼の胸には「万象核」と呼ばれる輝きが脈打つ。
それは宇宙初生の原初エネルギーの残光であり、
後にすべての生命が燃え立つ根でもある。
命運神龍・煌(コウ)
――燭の涙より生まれ、神の母となる。
煌は燭の涙光の中に生まれた。
一滴の涙が虚空に落ち、無数の魂の源火へと化す。
彼女は慈悲と智慧の化身であり、
燼の世界に「心」と「夢」を与えた。
煌は草木の囁きを聴き、
星辰の嘆息にも触れる。
彼女は運命の糸を織り、無生のものにも方向を与え、
流転する気息を「意識の光」へと凝らす。
煌は衆生の母にして、運命の裁定者でもある。
彼女の胸には悲しみが潜む――
彼女は知っている。自らが命を授けた一切は、
終には彼女の懐へと帰ることを。
煌は三原始神龍において唯一の雌性。
彼女の出現によって、世界は冷ややかな秩序から、温度と感情を得た。
燭が自らの創造を見つめて流した涙は、
万物に生命の「魂」と「心」を授ける煌となった。
煌は万物の神、生命と輪廻を司る。
彼女は運命の糸を紡ぎ、すべての存在に生と帰処を与え、
有情・無情を問わず、その存在に意味を与える。
彼女は一切の生き物を愛し、世界に尽きせぬ慈悲を抱く。
また「女性原理」の象徴でもある。
至高神龍・輝(キ)
――燭の血液より生まれ、気の盾となる。
輝は燭の心脈から流れ出で、
力と秩序の流れを体現する。
祂は燼の造りし形を運行させ、
煌の授けし魂を延続させる。
輝は守護の化身にして、最も混沌に近い存在。
祂は光と闇の境を巡り、
創造と破滅の尺度を量る。
だが、輝の血には燭の「世界のための犠牲」の痛みも流れていた。
その記憶は祂の内で怨焔となり、
輝は問う――
何ゆえ秩序を延べねばならぬのか。
何ゆえ一切を静止へ還さぬのか。
かくて輝の心は徐々に暗に染まり、
祂の夢には劾の低い囁きが木霊し始める。
輝は力と守護の化身、三原始神龍の中で最強の存在。
燭の血が虚空に零れるや、光と熱は輝の身を結んだ。
祂は「維持と防御」の責務を負い、
万物の循環と均衡を司る。
輝は万物の気、世界の隅々にまで流れる。
祂は秩序を支え、生命に呼吸を許す。
輝は燼の形を守り、煌の魂を護り、
精・気・神の三者を繋ぎ、共鳴を絶やさない。
しかしその力は同時に「劾」の混沌にも最も近い。
長き歳月のうちに、祂は燼と煌への妬みと痛みから堕し、
ついに魔族の始祖――上古魔神・劫(ごう)となる。
精・気・神――世界の三原
三原始神龍の存在は、宇宙の三大基石を成す。
燼は精、形を錬り;
輝は気、流れを保ち;
煌は神、心を啓く。
三者は休むことなく循環し、互いに支え合う。
精は気へ、気は神へ、神は再び精へ。
これこそ燭が万物に授けた「永動の法」である。
三者が合一すれば、これ万物の本。
三者が失衡すれば、世界は衰敗に陥る。
燭は「精・気・神」の循環の道を宇宙に刻み、
天地の一切の生命がこれを律動の核心とするよう定めた。
これを後の修行者は「三元帰一」と称し、
また「龍神体系」の根法ともなる――
精は形を生み、気は勢いを運び、神は命を定む。
第三章・古神の戦い
創世神龍と破滅神龍の戦いが世界を裂き、古神と魔神の時代が始まる。
創始の傷
後に「創始の争い」と呼ばれる大戦において、
創世神龍・烛〈ショク〉と破滅神龍・劾〈ガイ〉は、果てしなき殺戮を繰り広げた。
光と闇が交わり、秩序と混沌が虚空を裂き、
時間そのものが砕け散った。
やがて劾は烛に敗れた。
三つの首を持つその身の一つを噛み千切られ、
深淵へと墜ち、宇宙の果てに封じられた。
しかし烛は、劾が遺した傷を消すことはできなかった。
それこそが――混沌の血であった。
戦いの中で流れたその血は大地を覆い、
山々と海に滲み、世界の根へと沈んだ。
その血は負の力と破壊の意志に満ち、
長き時の果てに、癒えることなき世界の傷となった。
血塊は地の底で蠢き、呼吸し、
大地の脈を吸い、世界の源を喰らった。
やがて、それらは自我を得た。
こうして世界は、新たなる呪いを迎えた。
劾の血から生まれし、歪んだ神々――
彼らは生命でも死でもない。
世界そのものが自らを腐らせた姿である。
その名は後に呼ばれる。
上古の神々(エルダー・ゴッズ)
腐蝕の起源
上古の神々は大地の深淵に生まれた。
彼らは劾の遺志――「破壊こそ救い」を受け継ぎ、
世界を喰らい、秩序を毒とした。
肉塊のような血肉は世界の底核に張り付き、
地の力を吸い尽くし、神州大陸を枯れさせた。
世界の霊脈が反転して喰われた時、
腐蝕は万象の隅々へと広がった。
彼らは負の力に凝り固まり、醜く巨大に増殖し、
ついに言葉と意思を持った――それが「古神の総意志」である。
腐蝕が極限に達した時、
古神たちは手を組み、地底に己らの軍勢――虫族(ムシゾク)を創り出した。
虫族は古神の細胞を基に造られ、
半ば人、半ば虫、心も理も持たぬ。
生命と秩序を糧とし、原始龍神の造物を滅ぼすために生まれた。
こうして、世界は再び混沌に沈んだ。
三体の最強古神
古神の主・无溯〈ウスウ〉――腐蝕の総意
无溯は劾の断たれた首に残る眼球から生まれた。
それは劾の最も原初的な意識を宿し、
地底深淵で全ての古神と虫族を支配した。
无溯は「腐蝕」そのものを象徴し、
あらゆる存在を混沌へ還すことを望んだ。
彼は無数の虫群を操り、世界の根脈を喰らい続けた。
やがて至高神龍・辉〈キ〉が神龍族〈シンリュウゾク〉を率いて深淵に降り、
永劫の戦いの果てに无溯を焼き尽くした。
だが滅びる直前、无溯は辉の魂を蝕み、
腐化の種を残した。
それは後に辉堕落の原因となる。
災厄の源・永嗔〈エイシン〉――侵蝕と疫の化身
永嗔は劾の喉から生まれた。
その身は絶えず悲鳴を上げ、魂を裂き、理性を狂わせた。
彼は世界の根にウイルスを注ぎ、
地上には毒と変異をもたらす虫群を放った。
命運神龍・煌〈コウ〉は生命を守るために戦い、
慈悲と愛の力で永嗔を浄化し、
聖霊・瑟陀〈セトラ〉へと転じさせた。
瑟陀は争いを嫌い、西方に極楽界を築き、
後に人々は彼を主神として天池国を建てた。
深淵の影・辱浊〈ジュクジョ〉――混沌と惰性の象徴
辱浊は古神の中でも最も異質な存在である。
それは劾の血肉から生まれたものではなく、
宇宙の負エネルギーが凝結して生まれた「闇の源」。
顔もなく、意識もなく、
深淵の最底で永遠の眠りについている。
彼は攻めず、思考せず、
ただ繁殖のみを続ける。
辱浊は巨大な繁殖器官を持ち、
無限に虫卵を産み続け、
古神の軍勢へ終わりなき兵を供給した。
无溯と永嗔が滅びた後も、
辱浊だけが生き残った。
その存在は混沌の根を保ち、
のちに四邪神、そして上古七魔の一柱と数えられる。
古神の僕・虫族
虫族は古神の細胞から造られた。
人に似て獣のように動き、心も感情も持たぬ。
无溯が総意を司り、
永嗔が毒と変異を与え、
辱浊が終わりなき繁殖を担った。
彼らは深淵から溢れ出し、神州大陸を死の影で覆った。
だが无溯滅亡とともに意識は崩壊し、ほぼ全滅した。
僅かに生き残った者たちは辱浊に従い、
やがて魔族の奴隷となり、
堕ちた神・劫〈ゴウ〉に仕えるようになった。
最初の人間・神龍族
古神と虫族の侵蝕に抗うため、
原始龍神たちは新たな生命――神龍族を創造した。
彼らは後の人間と似た姿をしていたが、
その血には龍の力が宿っていた。
戦いの時には半龍の姿へと変じ、
原初の龍息を吐き、すべての穢れを焼き尽くす。
神龍族は人類の祖にして、寿命は七百年を超えた。
黒髪は龍の血脈が最も濃い証とされ、尊崇の象徴となった。
彼らは龍神の子にして、世界の守護者であった。
古神の戦い
古神の戦い――それは神州大陸における最初の世界大戦であった。
上古の神々は虫族を放ち、万物を腐らせた。
龍神たちは神龍族を軍となし、災厄に立ち向かった。
戦火は地上から深淵へと広がり、
三万年にわたって燃え続けた。
辉は神龍族を率いて深淵に降り、
无溯の核心を焼き滅ぼし、
古神の総意を粉砕した。
原始龍神の側は、ついに勝利を手にした――
だが、辉の心はすでに静かに蝕まれていた。
長き戦いのあいだ、
无溯の囁きが魂の奥深くに染み込み、
彼の夢を、思考を、信念を少しずつ崩していった。
勝利の瞬間、
辉の魂は完全に闇に沈んだ。
祂の血脈には、
封印された破滅神龍・劾の残念が流れていた。
祂は力と秩序の化身、
同時に混沌と破滅に最も近い存在。
幾千の守護と犠牲の果てに、
彼の心にはひとつの問いが芽生える。
「秩序がいずれ朽ちるならば、守ることに何の意味がある?」
「もし万物が静止すれば、苦しみもまた消えるのではないか?」
その時、虚空の果てから低い声が響いた。
「辉よ、汝は光の奴隷にあらず。混沌こそが真の自由なり。」
それは古神の囁き、
毒霧のように梦の中へと浸みわたる声。
梦の中で祂は見た。
かつて守った世界が光に呑まれ、
兄・烬の姿が焔に溶け、
妹・煌の涙が灰に変わる光景を。
辉は、痛みと絶望の果てに名を捨てた。
血と怨を契り、新たな存在へと変じる。
上古魔神・劫〈ゴウ〉。
こうして、
三原の一柱であった辉は堕ち、
秩序の守護者は混沌の継承者となった。
劫は劾と古神の意志を受け継ぎ、
神龍族を裏切り、魔族へと変えた。
そして深淵の底に「地獄」を築いた。
それ以後、
世界は創世の光から墜ち、滅びの闇へと沈んでいった。
古神は滅び、魔神は生まれる。
世界の傷は癒えず、ただ形を変えて痛む。
熵〈ショウ〉の輪廻は再び廻り始め、
創造と破壊は、再びひとつに重なった。
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