第4話


 またしても予期せぬ事態が起こったのはそれから約ひと月後、冬休み明け初日のことだった。


「おはよう」


「おお……おはよ」


 珍しくユミナが最初に挨拶をしてきた。そこまではよかったんだが。


「それが例のブツ?」

「へんな言い方やめよう」


 高級毛糸を無駄にした……なんて言い方は絶対しないでほしい。私だってこの冬休みの間持てる限りの力を尽くして頑張ったんだ。


「ほんとに赤だ。ケチャップ色」

「ケチャップ言うな。いい色じゃんよ」


「見して」

「ええー。いいけど」


 首からほどいて広げた。

 巻いてりゃある程度はサマになるんだけどね。広げたらそらもうあらだらけですわ。


「あらあらまあまあ。本と一緒に動画も見ながら編んだんしょ? なんでこんななる」

「歯に衣着せぬ物言いすぎでは?」


 気を使われてもイヤだけどさぁ。

 ユミナは「ふふ」と微笑んで「でも最後まで編んだんだねぇ、エラいねぇー」と今度は幼児相手にするみたいにやさしく言ってきた。く。完全に遊ばれてる。


「あんね、むっちゃんこ難しいんだかんね? 歴長いプロしか編めないて、こんなの」

「負け犬の言い訳」

「せめて遠吠えにしてくれ、なんとなく」


 クラスに轟音があったのはその時だった。


「あっ けっ おっ めえええええっ!」


 開け放たれたドアがビリビリ鳴っていた。


「ぶは! キョン、遅刻しないで来るとか珍しいじゃん」

「登場派手すぎでうぜー」

「キョンなんなんそのテンション。酔ってんの?」


 堀田くんの不良仲間(?)たちが口々に言って彼を迎えた。ちなみに『キョン』は彼の呼び名だ。杏助きょうすけだから。奇しくも私と同じというわけ。『杏』の字までも。


 クラスのみんなはそんな騒々しい人たちに一瞬目を向けたけどすぐに自分たちのことに意識を戻す。


 でも私だけは。


 彼の首元から目が離せなかった。


「おーい。心ココニ在ルかー?」


 ユミナの声にハッとした。


「なに。どしたんキョン子」


 答えようとしたところで本鈴が鳴ってユミナに伝えることができなかった。


 堀田くんの新しいマフラーが私と同じものだったことを。




「そりゃあカノジョやろ」


 昼休み、ユミナはお弁当の卵焼きをかじりながらあっさり言ってのけた。


「やっぱそうかぁ」


 でもさ、と私は冷凍からあげを箸でつつく。


「文歌堂にいたじゃん? 手芸コーナーに」


「そりゃあアレよ」

「どれよ」

「プレゼントじゃんよ。カノジョへの」


 ユミナに箸で鼻先をさされて思わず顎を引く。


「安すぎない?」

「値段だけが価値じゃないよ」

「それはそうだけど」


「本の中から『コレ』つってリクエストもしてさ。んで毛糸も買ってあげて、オレに編んでよ〜♡ なんつって」


 自分で言っておいてユミナは「おげぇー」と吐くマネをして顔をしかめた。


「それしかないだろ」

「でも本は買ってなかったよ?」


 そう。あの時堀田くんはtomoyoさんの新刊は買わなかったはずだ。


「下見じゃん?」

「そうか……」


 なんとなくしっくり来ない気がするけど辻褄は合う。つまり堀田くんのマフラーを編んでるすご腕のニッター(編む人)は堀田くんのカノジョさんってことか。


「だとしたら相当すごいよ、そのカノジョさん」

「はん? なんで」

「だって12月に巻いてたマフラーも……」


 言いかけて自分キモチワルイ奴だな? と気づいて自粛した。


 クラスのひとりの男子のマフラーに注目して見まくってるなんて頭オカシイしコワイ。


「……なんでもない」



 そう。なんでもないことにしたかったんだ。私は。


 堀田くんがtomoyoさんのマフラーを何本持っていようと巻いていようと、私には関係ない。



 関係ない────はずだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る