すぺおぺパイレーツ ~ナカムラ教の陰謀・始動編~

猿蟹月仙

そして外宇宙へ!


 じりじりと無線機からノイズが流れていた。それに自分の呼吸音が異様に大きく重なり、遮光バイザーに映り込む星の瞬きを白く遮っては消えて行く。

 人体に有害な放射線に満ち満ちた宇宙空間。

 汚れでくすんだ元は白かった防護服姿でパネルを操作する男が二人。それに従い、無骨な小型の宇宙船がゆっくりと虚空を進む。


「よお~し、いいぞ~。ゆっくりとだ~……」

「おっけー、おっけー……」


 短い噴射で、船の姿勢と軌道を微調整するのは、ミソノオ。若い航宙士だ。

 その横に立ち、腕の動きで指示を出すやや太目で大柄な男が社長で船長のヤマザキ。

 恒星の輝きが船体の白い表面を熱く舐め、それを大小無数もの影がある物はゆっくりと、またある物は高速で横切る。


 スペースデブリ。宇宙のゴミだ。


 ここはかつての戦場跡。

 大小様々な残骸が数百年の時を経て、今もなお漂い続ける宙域。

 ヤマザキ商事(有)は廃品回収業者だ。金になる物を回収して回っているのだが、宇宙ゴミには当然当たり外れがある。戦場なだけに高熱で溶けて混じりあった金属等が多い。そして、こういう不純物が多いものは安い。有害な放射能を帯びている事も多いし、使える素材に分離する手間がどうしてもかかってしまう。ゆえに儲けが少ない。

 望むならば、より儲けの出やすい大きくて純度の高い部材が見つかると良いのだが……


 時折、パリパリと防御フィールドにぶつかっては白熱し、跳ね返るデブリがある。小さな物では米粒程だったり、大きなものはそれなりに大きく……


「おい。おいおいおい!」

「うわあ~……ヤマさん、こりゃあ~……」


 やがて船体を舐める様に覆い出す黒い影に、二人の声は興奮の色を帯びた。


「何だ!!? レーダーに映って無いっすよ!!」

「遮蔽フィールドがまだ生きてんじゃ!? ミソ! 気ぃ付けろ!!」

「うっす!」


 作業用の小型船は、数十倍もあろう巨大な船の残骸に。その影に入り込んでいた。

 もし、このクラスの防御フィールドが生きていようものなら……軽トラにロケット付けた程度のこっちなんか、白熱して弾け飛んだデブリと同じ運命を辿る事になりかねない。


 すかさずミソノオは目視で相対速度を殺し、ヤマザキは作業用のロボットアームを繰り出した。アームの先には金属の棒を。原始的ではあるが、先ずは棒で突っついてみるのだ。

 こちらの前面にあたる防御フィールドを切り、アームで棒を突き出し、ゆっくりと巨大な残骸に接近を始める。


「ライト!」

「ほいさ!」


 パッと浮かび上がるは、船体に大穴の空いたいかにも戦闘艦らしき古びたシルエット。


「同業者のビーコンも無ぇ! 手付かずのお宝か!?」

「ボーナスっすか!? ボーナス!?」

「寄せろ! そおっと寄せろ!」

「へ、へへへ……了解!!」

「よぉ~し、なっかむらーぁ!!」

「なんすか、もう~」


 いつもの社長の意味不明の雄叫び。

 ミソノオは意気も揚々、センサーに目くばせしつつ微速前進。

 やがて棒の先端が届く、こつ~んと言った音がこちらの船体から防護服を伝わって二人の耳にも届いた。


 他の業者の手が付いてない巨大な残骸!

 どれだけのお宝が眠っている事か!?

 先ずは調査検分、作業中を同業者に明示するビーコンの設置、目星を付け切り出す線引き、場合に寄っては仮設事務所を設置して長期作業に備えなければならないかもだ。ヤマザキの頭の中では、これからかかるだろう様々な届け出や経費、手配の見積もりがざっくりと積みあがってゆく。これだけの大きな現場だと、レンタル機材も追加で頼まなきゃならないかもだ。


「ふ、ふふ、ぐふふふ……」

「ふ、ふふ、ぐふふふ……」


 これから休みなく働かなきゃならないという現実を通り越し、懐に転がり込んで来る金で何をしようか、何を買おうかと夢想するミソノオ。

 ただただ気持ち悪い含み笑いが互いのスピーカーより漏れいずる。


「よぉ~っし、いっくぞぉ~!! なっかむらーぁ!!」

「だから、社長。それ、なんすか~?」

「いいんだよ、これで」


 ヤマザキ社長はここぞという時に、いつもなかむらなかむらと雄たけびを上げる変人である。

 そんな社長に続き、ミソノオは船外へと躍り出る。

 ちゃんと船体に命綱のフックをひっかけ、検査キットを手に残骸の上へ。

 最初のビーコンを設営している社長の脇に降り立った。


「この一歩は、偉大なる一歩」

「はいはいって。どの辺からいきます~?」

「そうだなあ~」


 そして一方を指さすヤマザキ。


「あの辺から、この辺、だな。ミソ、これ持って、あっち立て」

「へいへーい」


 パトライトの付いたビーコンを受け取り、取り合えず言われるがままに宇宙遊泳。ぽ~んと船体を蹴って、残骸の上すれすれを嘗める様に移動した。

 そして、くるっと身体を丸めてマグネットブーツで残骸の上に立とうと。

 すると、ずぼっと踏み抜いた。


「いっ!?」

「どしたぁ!?」

「こ、これっ!?」

「何だあ!?」


 細かい残骸を撒き散らし、ミソノオの身体はめり込む様に残骸の中へと消えていく。


「おい、ミソ! ミソ! 畜生! 何が起きてる!?」

「……あ、あははは……だ、大丈夫みたいです~」


 その声に、ホッと胸を撫でおろしたヤマザキは、ばらばらに飛散していく小さな残骸に手を伸ばした。


「これって……ナノスキン?」

「社長、ライト点けます」

「お、おう」


 何でナノスキンが? 疑念がヤマザキの脳裏に走った。

 船内火災時の緊急消火剤?

 いや、それとも……


「しゃ、しゃ、社長ぉーっ!!」

「な、何だぁーっ!!?」


 ハッと我に返ったヤマザキが、ミソノオの消えた穴へと飛び寄ると……

 ぽっかりと開いた穴の向こう、闇の中、巨大な白い船体がうすぼんやりと浮かび上がっていた。



 ◇ ◇ ◇



 パチパチとフラッシュが瞬く中、ヤマザキとミソノオは並んでビルから顔を出した。

 そこは宇宙航空管理局ウメーダ支局前。

 取材陣に囲まれた二人は、眩しそうに顔を隠す。


「ヤマザキさん!! ミソノオさん!! 海賊船を発見した感想を一言!!」

「およそ二百年前の海賊船だそうですが、どうなさるおつもりですか!!?」

「海賊の宝は!? 海賊の宝はあったんですか!!?」

「どーなんですか!!? 一言!! 一言、お願いします!!」


 すると、社長であるヤマザキが代表して前に出た。


「え~、お騒がせしております。ヤマザキ商事社長のヤマザキです。今回発見されたのは、海賊船『ジャック・ザ・リッパー』号だけです。これは、もう既にご存じの事と思いますが、今でも稼働可能な外宇宙航行可能なダガータイプの宇宙船です。私たちは、共同発見者としてこの船を最大有効活用しようと考えております。つまりは、他星系との運送業です」


 そう一通り話すと、今度はミソノオを前に出した。


「という訳で、二人で頑張ろうと思います。仕事頑張ります。どんどん仕事の連絡下さーい! お待ちしております!」


 そういって、二人は仲良く肩を組み、ぐっと握りこぶしを奮って見せた。

 一斉に焚かれるフラッシュ。

 それに満面の笑顔で応えた。

 そんな二人の思惑は……


 こいつさえいなくなれば、船は全部俺の物!


「さあ、ガンガン稼ぐぞー!!」

「いつまでもついていきますぜ、社長!!」

「よぉ~っし、いっくぞ~!! なっかむらーぁ!!」

「だから、それなんですってぇ~?」


 笑いながら互いの肩をパンパンと叩き合う美しい友情。

 友情よ永遠なれー。

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