夏休み編
第25話
夏休み初日。
朝、帰省の用意が終わり寮の玄関に行くとミリアムさんがいた。
「ミリアムさんおはようございます」
「ユリさん、おはようございます」
ミリアムさんに尋ねるとアイリーン様は、朝一にご実家の馬車が来てもう帰られたらしい。
二人で、たわいもない話をしていると我が家の馬車が来て、ナタリーが迎えに来る。
でも会った時から少し様子のおかしいミリアムさんが心配で、ナタリーにお願いして一緒にミリアムさんの家の馬車を待つことにした。
「ミリアムさん、もし体調が悪いなら一日帰省をずらしたら?」
「体調は大丈夫なの。ただ、久しぶりの実家だから……少し不安なだけよ」
お出かけの日から少しだけミリィの家の事情を聞いた。
前世で読んでいた小説よりも実情は、酷いようだった。
継母が支配する家……唯一の後継者の前妻の娘。
実務だけをさせられる日々……外からは隔絶された生活。
「やっぱり今日から我が家に来る? ナタリー大丈夫よね?」
私がナタリーに確認すると、大丈夫だというように頷いて見せてくれる。
でも、ミリアムさんは横に首を振った。
「ありがとう。でも、これは私の家庭の事だもの。何とかするわ」
何度説得しても聞いてくれない状態だった。
そんな会話をしている私たちの目の前に、乗合馬車よりも貧相な馬車が停まる。
その馬車の御者は御者席から硬い表情で見下ろしていた。
いつの間にか傍に来ていた我が家の御者のマークとナタリーが、私達を守るように前に出て身構える。
「お二人とも大丈夫です。彼は我が家の御者のドミニクです」
凛としたミリアムさんの声が響く。
マークはギョッとして、馬車とミリアムさんを交互に見る。
荷物を手に持ってその馬車に近づくミリアムさん……。
明らかに彼女の実家での待遇が悪いのが見て取れる。
ミリアムさんが乗り込むのを見てマークが、馬車の扉を開けようとする。
けれど、マークをミリアムさんが制止する。
「マークさん、ありがとうございます。でも、大丈夫です」
自分で馬車の扉を開けて、乗り込む。
「ユリさん、来週の訪問、楽しみにしてます」
ミリアムさんが乗り込むとすぐにそれだけ言う。
そして私たちには目もくれずにウィナー男爵家の馬車は走り去っていった。
私は、本当に見送ってよかったのか悩んでいると、隣から不満そうな声が聞こえてくる。
「なんですか! あの御者は」
「ナタリー、他の方もまだいらっしゃるからそこまでにしておきなさい」
私がそう言うと不満そうながらもすました顔で私の荷物を持ってくれる。
「ユリアーナ様、どうぞ」
目の前に我が家の馬車が停まって、マークが馬車の扉を開けてくれる。
「マーク、ありがとう。さぁ、私たちも帰りましょうか」
ナタリーと向かい合うように座ると、マークが扉を閉めてくれる。
そして、ゆっくりとサントス伯爵領に向けて馬車が出発した。
そう、これが普通なのだ……。
しばらく経ってから目の前のナタリーに声を掛ける。
「ナタリー、もう好きなだけ言っていいわよ」
「何なんですか! あの御者! お仕えしている家のお嬢様に対して、ありえない態度ですよ!」
「そんなに興奮しないの」
まぁ、ナタリーの言いたいことは分かる。
ほとんど人がいない時間だったとはいえ、あれでは彼女の実家での扱いが悪いことを周囲に示しているのと同じだ。
傍に私が立っていたのにそれを見てもあれだけ急発進するのだから……教育なんてされていないのでしょうね。
頑なに断られたけれど、本当に彼女を実家に帰してしまってよかったのか……胸に大きなしこりが残ったように重たい気持ちになった。
そんな私の様子を察したのかナタリーは、この話は終わったと言わんばかりの明るい笑顔を向けて、学園でのことを聞いてくる。
ナタリーの笑顔を見て、自然と笑みがこぼれる。
あぁ、実家のような安心感ってこういうことを言うんだなと感じる。
ナタリーと楽しくおしゃべりしていると見慣れた景色が増えてきた。
そして、大きな建物が見え、玄関前をみると人の姿が見える。
お母様とお兄様、妹のマリアンヌ……それに使用人のみんなが出迎えに外まで出てきてくれていた。
ふっと肩の力が抜けるのを感じる。
馬車が止まってマークが扉を開けてくれ、馬車を降りる。
すぐにマリアンヌが抱きついてくる。
「お姉様。お帰りなさいませ」
「マリー、ただいま。お母様、お兄様、ただいま帰りました」
「ユリ、おかえり。学園はどうだったか聞かせてくれよ」
ダニエルお兄様が私の肩を叩いてくれる。
そんな私たちを一歩下がって見ていた母は、少し硬い表情をしていた。
「ユリ、おかえりなさい。少し話があるの。部屋に戻ってルームドレスに着替えたら、私の部屋に来てくれるかしら?」
「お母様……かしこまりました。すぐに着替えて向かいます」
「えぇ、マリーがお姉様と遊びたいのに」
「大丈夫よ。夏休みは始まったばかりだもん。明日からたくさん遊びましょう」
「さぁ、中に入ろう。マリーはお兄様と剣術の練習しよう」
お兄様の言葉にぷくっと頬を膨らませていたマリーは、嬉しそうに駆けだす。
その場にいた全員がその様子を見て、微笑んでいた。
待っていてくれた使用人のみんなが私に一斉に礼をしてくれる。
「ユリアーナお嬢様、お帰りなさいませ」
「ふふっ。みんなありがとう。ただいま」
こんなに長期間実家を空けることは、今までなかった。
だからみんなの出迎えに、私は少しむず痒い気持ちになった。
そのまま、ナタリーを連れて自分の部屋に戻る。
学園に出発した前日と変わりはなかった。
唯一変わったのはクローゼットの中が夏服になっていたことくらい。
本当はベッドにダイブしたいところだけれど、ナタリーに頼んでルームドレスに着替える。
「ユリアーナ様、髪型はどうされますか?」
「このままでいいわ。あの表情からするに大切なお話なんだと思うから」
私はそう言って、お母様の部屋へナタリーと二人で向かった。
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