第59話 広報課のジュリエット

「好きです」


 その言葉を味わうように、舌の上で甘い甘い飴玉を転がすように再び口にする。


「え……?え……!?」


 口をパクパクと動かしている瑚夏さん。

 ここからは今まで辛酸を舐めさせられてきた反撃だ。とくと味わってくれよ。


 この結果がどうなろうと、今の自分の気持ちを伝えないと。悲劇ならば物語通り、そうでないならば……。


 アクセルベタ踏み、最高速で突っ込んでいこう。だってその方が楽しいから。

 まさに目の前の彼女から学んだことだ。


「だから好きだって言ったんです。むしろ考えてほしいです。ここまでされて好きにならない男はいませんよ」


「立野くん……?本物よね?」


「正真正銘本物ですよ。居酒屋の前で瑚夏さんを見つけて、一緒に水族館に行って、銭湯に行ってそのままここで泊まって、一緒に服選びのデートをした立野圭ですよ」


「夢みたい……」


 身体を起こすと白い手が伸びてきた。

 優しく掴んでゆったりと引っ張る。


 向かい合わせで止まるかと思った彼女の身体は、そのままこちら側へ倒れてくる。

 抱きとめれば、鼓動が胸を揺らす。


「私、どきどきしちゃってる」


 自分の骨を伝ってくぐもった彼女の声が聞こえる。


「言わないでくださいよ、こっちまで緊張するじゃないですか」


「緊張してよ、一世一代の告白でしょ?」


「……瑚夏さんは慣れてるじゃないですか、告白されるのなんて」


 照れ隠しの言葉が口をつく。

 決断しても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。


「いじわる」


 背中に回されていた手はゆっくりと腰、腕を撫でながら頬へ。

 目線を上げて彼女を見ると、熱が出ていた時よりも赤い頬。


「慣れてなんかないわ。私が先に好きだった人から告白される経験なんてないもの」


「じゃあ初めてですね」


 その言葉は、「初めて」という言葉は特別な響きを持っていて。

 四半世紀以上も人生を生きて、まだ二人で初めてを経験することができるなんて。


「こんな歳なのにね、君と経験できる初めてがまだまだたくさんあってよかった」


 言うが早いか、唇が奪われる。

 甘くて、甘い。これが毒の味だと言うならば、喜んで飲もう。何度でも。


 不意に濡れた感触。

 ただの水にしては温かくて、体温にしては冷たい。


「泣いてるんですか、瑚夏さん」


「そりゃそうよ、叶わないと思った夢が叶ったんだから」


 震えているのは、声だけじゃなくて。

 抱き合った身体を通して彼女の感情がわかる。


「こっちの台詞ですよ、あの広報課のジュリエットと付き合えるなんて」


 茶化すように笑う。


「ほんとに思ってる?」


「いや、『広報課のジュリエット』じゃなくて、瑚夏さんと付き合えてよかったって思ってますよ。今はどちらかといえば安堵の方が強いですが」


「ふへっ、やっぱり立野くんは立野くんだ。それに私が告白を断るとでも?」


 挑むような視線が胸を刺す。

 これ以上心臓が早くなったら倒れてしまいそうだ。


「わからないですよ、好きになった人の気持ちなんて」


「じゃあお揃いだ!」


 身体を離して向き合うと、お互いぐちゃぐちゃの顔に声を上げて笑う。


「あはは、ひどい顔」


「それを言うなら瑚夏さんだって」


彼女・・に顔がひどいだなんて、ひどい彼氏だこと」


「揚げ足取りじゃないですか!」


「足を揚げてる方が悪いと思わない?どーん!」


 肩口を押されてベッドに倒れ込む。

 いつの間にか、あぁいつの間にか、この辺りに舞った香りが安心する匂いになっていて。

 付き合ってから気付くなんて馬鹿な男だ。自分の気持ちなんてきっとずっと前からわかっていたのに。


「えへへ〜」


 布団と共に恋人が倒れてくる。


「さて、ロミオさん」


 メインヒロインがそう言うなら、俺はいつまでだって踊ろう。

 主演は俺たち、観客はそれ以外全員。


「誰がロミオですか、誰が」


 いつものにんまりとした笑顔で、瑚夏さんは言葉を紡ぐ。

 もしかしたらそれは台本通りなのかもしれない。


 でも彼女がいつか言っていたみたいに、誰かが既に使った言葉だとしても、それが他の人に決められた台詞であったとしても、心が込もっていない証明には1ミリたりともならないのだ。


「毒と短剣は?」


 そんなものはもう。


「……要らないでしょ。今回はすれ違わなかったんですから」


 だから、アドリブだってできるはずだ。


「ねぇ、圭くん」


「どうしたんですか?ゆりさん」


 いつものやりとりを、いつも通りじゃない関係で。


 役名なんて本当はどうでもいい。

 目の前に愛する瑚夏ゆりがいる、ただそれだけの事実が身体中に甘い電流を走らせた。


「今世は幸せにしてね」


 俺が答える前にこちらへ身を寄せると、彼女は唇を乗せた。












































◎◎◎

こんばんは、七転です。


あと1話だけありますが、ここで挨拶を。最後のエピソードに私は必要ないので。


『理想の先輩は広報課のジュリエット』のお話はここで終わりです。意味は次話を読めば分かります。


正直最後の1話を書くかかなり迷いました。読後感的にここでブラウザバックでもまったく問題ございません。でも止められなかったんですよね、書きたい自分の衝動を。

あ、最後で設定解説とか長文お気持ちあとがきとかではありません。しっかり作品の一部です。


では改めましてご挨拶を。


ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございます。

なんとか毎日投稿を切らすことなく、最後まで走ることができました。

それもこれもぜーんぶぜんぶ、今この文章を読んでいるあなたの、まさにあなたのおかげです。

改めまして、感謝を。


古典作品に焦点を当てた本作、何かとフィクションとリアルを行き来するお話でした。

私なりに反省点は山ほどあります。

それでも、登場人物に言って欲しい言葉、揺れて欲しい感情はすべて書ききったと思います。


どうかみなさんの心の中に彼らが生き続けることを願っています。


本作について、☆とか感想とか、レビューとかいただけますと大変大変、嬉しいです。

これからの希望になります。


これからも社会人ラブコメを書いていきますので、よろしければ私をフォローしていただけたら。


では、読んでやろうという特異な愛すべきあなたのために、次の話を。





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