第38話 千波ちなはメインヒロインである⑤〜舞台裏〜

side:千波ちな


「あー、あつい……」


 顔を仰いで一呼吸。

 真っ暗な夜で道を照らしてくれるのは街灯と月。


 初夏とはいえ夜はまだマシ……なはずなのに、顔が熱い。


 見上げれば雲の後ろから煌々と輝くお饅頭が現れる。

 そういえば夏は夜、なんて話もあったっけ。


 月の頃は更なり。

 満月が光り輝く姿が良いのは、言うまでもない。


 そう、言うまでもないのだ。

 長年温めていた恋になりかけた気持ちが、絶対的ヒロインを前にして逆に燃え上がるのも。


 20代も後半になって何をしてるんだと思われるかもしれないが、好きになってしまったものは仕方がない。

 彼に責任をとってもらわねば。


 とかくこの社会とかいうクソみたいな世界に生きる人間は、刺激が好きらしい。

 人のことを好きになれば、やれどこを好きになっただの、あの人は他の人からも狙われているだの騒ぎ立てて。


 そんなことどうでもいい。

 明確な理由がなくたって好きになるし、好きになってしまえば、後は私と彼の間だけでの話になる。そこに他者は介在しないでいいし、させない。

 たとえそれが、我が社のヒロインである瑚夏先輩だとしても。


「でもあの鈍感さには辟易とするわ」


 ここ最近、私が前へ前へと押し進めているのに彼と言ったら。

 いやまぁ?あれだけ近くにべたべたくっつくヒロインがいれば、私は霞むのかもしれないけれども?


 ちょっとくらい意識してくれてもいいじゃない。


 服もメイクもいつもより少しだけ背伸びして得たものは、花火大会の約束ひとつ。

 ……割に合うかどうかは、これからの私次第。


 彼のことが気になりだしたのはいつからだろう。


 気付けば目で追うようになっていた。

 休み時間に会えばぽわぽわしてるくせに、仕事となると真剣な顔をするところとか、どことなく相手を気遣いながら話すところとか、もはや数少なくなってしまった同期だからか私にはちょっと遠慮がないところとか。


 挙げればキリがないが、挙げる必要もない。

 トータルで彼が好き。それでいいし、それがいい。


 駅から家までの道のりをゆっくり歩くのが好きだ。

 移りゆく景色は視界の端、落ち着いて物事を考えられるから。


 これを最初に教えてくれたのも立野だっけ。

 いつか他部署との調整が上手くいかずにへこんでいた時、同期みんなでランチに行った。

 いい気分転換になった、午後の仕事も頑張ろうとチャットを開いたところで彼からのメッセージ。


『しょげてたみたいだけど、散歩とかいいぞ。俺はよく帰り道にちょっと遠回りして歩いてる』


 メッセージには、ご丁寧に彼の散歩ルートが書いてあるファイルまで添付してあった。

 その不器用ながらも気遣ってくれる心が、しかし無理に元気付けようとしないところが、気持ちを温かくしてくれたものだ。


 あれ以来、私のお気に入りの帰り道はどこなのか言うまでもない。


 あわよくば彼に会えるかも、なんて期待を込めて今でもたまにはその道で帰るけど、会えたことは一度もない。

 でも、そこをいつか立野も通ったという事実が嬉しいのだ。


 小さく灯った炎は、薪を焚べるまでもなく長く大きく燃え続ける。

 花火みたいに一過性のものじゃないんだ。


 恋心という名の灯りをランタンに入れて、これまでの社会人人生の道標としてきた。

 でもそろそろ、年貢の納め時らしい。


 諦めて関係を前に進めなければならない。

 慈しむ時間は終わり、ここからは薪でも油でもなんでも注ぐ必要がある。


 差し当たって、花火大会の日の服を選ぶところからかしら。

 浴衣は動きづらいし、もしその後何かの間違いで泊まりになってしまった時大変だから……。いや、でも。

 メイクは濃いめのほうがいいかしら、きっと人も多いし。


 あれ、そういえばその日に広報課でも花火行くって話が出てたっけ。

 まぁどうでもいい、私には先約があるから!


 酔った頭で思考を散らしながら自宅へ向かう。

 ねぇ立野、私頑張るから。


 あんたの隣にはいつも、物語のお姫様がいるかもしれないけど。

 私だって自力で舞台に上がって見せる。


 だから、だからお願い。

 もしあなたが目を見てくれるなら、最後に私をメインヒロインにしてね。


























◎◎◎

千波ちなはメインヒロインである。

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