第二幕
第22話 水も滴るいい先輩①
「おい、見たか?今日アップされた社内マガジン」
例のごとく隣の同僚が話しかけてくる。
今日の仕事のお供はグミらしい。流石は甘党。
金曜日の昼は何かと心が穏やかだ。
さて、社内の連載なんて暇な時以外はほとんど見ない、確かにチャットで毎週誰かが流しているが。
あれ恐らく企画系部署が持ち回りでやらされてるんだよなぁ……かわいそうに。
そういえば昔、法務とか経理にもお鉢が回ってきたこともあったが、ひたすら契約とか経費請求について、事業課への募った不満をぶちまけるかのように丁寧に解説したせいで書かせてもらえなくなったんだよな。
当時の担当者、ナイス。
俺たちが味方だ。
あ、なんだか普段の不満って韻踏めてるか?
しょうもないことを思いつくようになったのも、どこかの女優のせいだ。連想ゲームで散々言葉の弾丸を撃ってくるから。
……いやどこかの女優って広報課のジュリエットのことなんだが。
「いや、最近見てないな」
ぼそぼそと同僚に返事をする。
「毎回結構おもしろいぞ。あのお堅い課長が娘さんと遊園地に行ってたり、あんまり話したことない奴がオススメのディープな居酒屋紹介してたり」
こいつ毎週見てるのかよ。
まぁそりゃせっかくの企画だから見ないよりは見た方がいいんだろうが……どんな記事のチョイスだよ。
「ほれ、送っといたぞ」
ターンッとわざとらしくEnterキーを鳴らす同僚。
「はいはい見るって」
わざわざ送られてきたチャットのリンクを開くと、画面に映し出されたのは記事を書いた担当者の名前。
思わず目頭に指を遣る。
最悪だ……。あの人仕事早すぎだろ、行ったの先週末じゃねぇか。
しごできってのも考えものだな。
「今回はな、あの広報課のジュリエットの記事だ!いや〜前回は『彼氏と行ったのか?』なんて噂もあったんだが……今回は違いそうだな、本人の写真がないし。それにしても水族館っていいな、俺もかわいい女の子と二人で行ってみたいわ」
早口でまくし立てる同僚。
そのお前の言ってるかわいい女の子と二人で水族館に行ってしまったんだよ。
結局社内用の記事だったのか、言ってくれよ瑚夏さん。
というか別に友達と行ったって自分の写真を撮る時は撮るだろ。
他人が撮った本人の写真があるだけで熱愛疑惑が浮上する瑚夏さんへの同情と、そうとは知らず写真を撮っていたかもしれない自分の危機管理能力の低さにヒヤッとする。
「……案外大変かもしれないぞ」
「知ったような口ぶりだな……お前まさか」
「何を邪推してるのかは知らんが、会社で記事を書くために出かけるってのも仕事みたいなものじゃねぇか」
いくら会社のお金とはいえ、仕事が頭にあると楽しめなさそうなんだよな。
「うーん、確かになぁ。まぁ俺たちが書くことはないから外から楽しんどこうぜ」
そう言って彼はモニターへと向き直った。
そもそもこんな記事を書ける人間は法務課になんて配属されない……はずなのだ。
せっかく自分が一緒に行った場所の記事だ、マウスのホイールをころころ転がして読み進める。
『トンネル水槽!海に沈んだみたい!』
『もしこのガラスが割れたらと思うと、ちょっと怖いかも』
いやそれは俺の感想だろ!
自分はずんずん進んで行ってたじゃねぇか!
『ド迫力の豪華客船!いつか乗ってみたいな〜』
こんなこと書いてしまったらお誘いが耐えないんじゃないか。
……まぁ、別に瑚夏さんが誰とどこに行こうが関係ないんだが。
『イルカショーは見られなかったけど、他の展示を見ながらゆっくりできたからよかった』
あぁよかった。
まるで記事を書いた瑚夏さんと会話しているみたいに、頭の中で言葉が浮かんでは消える。
そんなはずはないとわかっているのに、つい目の前に彼女がいるかのような錯覚に溺れる。
……楽しかったんだな、俺はきっと。
誰にも知られなくていいけど、こうやって彼女の頭の中に思い出が残ってくれるのはなんというか、こそばゆいけど嫌じゃない。
『楽しかった思い出にお土産を買いました。私は鍵に付けてます!』
鞄に入っている自宅の鍵に思いを馳せる。
俺も鍵に付いている。同じキーホルダーが。
これからクラゲが揺れる度に思い出すんだろうか、あの日のことを。
この記事が私信だなんて自惚れはしない。それで心が引き裂かれるくらいなら、最初から気付かない方がいいのだ。
やっぱり面倒事は避けるに限る。
俺と彼女はただの先輩と後輩……というより同じ会社に勤めているだけの顔見知りだ。
少しだけ持ち上がった心を、それこそノーチラスのように深く深く沈めて、俺は記事のページを閉じた。
◎◎◎
こんにちは、七転です。
新章は日にちが空くと思った?残念、このまま突っ走ります!
なめるなよ、毎日更新ジャンキーを……!
とまぁ誰に向けてかわかないタンカを切ったところで更新です。
第二幕の瑚夏さんも愛してね?
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