第12話 ちなみにちなむと千波ちな②
「え、それだけ!?」
俺と瑚夏さんの出会いを聞いた千波は驚いたような声でそう言った。
だからそれだけなんだよな。たまたま仕事帰りに酔った瑚夏さんと鉢合わせて、昨日はコンビニで会ったってだけ。
「それだけだって。んな取り立てて騒ぐことでもないだろろ?」
「むしろそれだけであんなに仲良くなれるなら、社内の潜在ロミオたちが苦労しないわよ」
潜在ロミオってなんだ。新しい単語を生み出すのやめてくれ、国語辞典の編纂だって暇じゃないんだから。
……潜在ロミオは顕在ロミオになったらアタックを始めるのか?世は大ロミオ時代!
だめだ、ロミオがゲシュタルト崩壊してしまう。
「瑚夏さんがあんなに『切り捨て御免』ってバッサバッサいってるのに、まだ狙ってる人がいるのか」
「いるでしょ〜〜!用もないのに広報課の窓口に来る人多いからね」
「それはめいわ……大変だな」
想像してみてほしい。仕事の用もないのに、窓口に来る人間を。あまりにも迷惑、対応するだけでこっちの時間が奪われる。
しかも仕事を中断するということは、対応が終わって作業に戻る際、作業内容を思い出すという要らないコストもかかるのだ。
「嫌そうな顔してるわね」
運ばれてきたデザートのプリンにスプーンを差し込みながら、千波は笑う。
いつの間に頼んでたんだよ、しかもコーヒーまで。
やはり俺の顔には感情が書いてあるらしい。
「広報課には近付くのやめるわな」
「えー!だめだめ!私には会いに来てくれなきゃ!」
慌てたように手を振る千波。
今までも行ってなかったじゃねぇか。
「行かねぇよ、用事がなかったら」
「なるほどなるほど……ということは用事を作ればいいのか……」
小さな声で呟かれた不穏な言葉を努めて無視する。
だめだ、何を言ってもややこしい方向に進んでしまう気がする。
雄弁は銀、沈黙は金だ。
「あ、そうだ。どうして今日は瑚夏さんに会いにきたのか聞いてないじゃない」
沈黙の壁なんて、まるで障子に指を通すがごとく簡単に破られてしまうのだ。
「社員証を人質に取られてな……」
「全然わからないんだけど」
「俺にもわかんねぇよ、気付いたら社員証が瑚夏さんの手にあって、あと強制的に連絡先交換された」
そのぽかんと空いた口にプリンをぶち込んでやろうか。
証拠でも見せてやろうとスマホを取り出したところで、ちょうど件のジュリエットからメッセージが届く。
『浮気はほどほどにね?』
意味がわからない。
俺、いつの間にか彼女ができて、知らないうちに浮気してたのか?千波にも言われたし。
「俺って浮気してた?」
「してたしてた。私という仲のいい同期を差し置いて、有名なあの人と」
なるほど、こいつは彼女じゃなかったらしい。安心安心。
『なにもないですよ』
『ほんとに?そう言いながらポニーテールのかわいい同期さんとパスタとか食べてたりして』
怖い、怖すぎるって。
慌てて周りを見渡しても、あの小悪魔的な微笑みは見当たらない。
「連絡先は百歩譲って許すけど」
「そもそもお前に許してもらわなくてもいいんだが」
「あなたって昔からそう、話を最後まで聞いてよね」
ツン、と唇を上に向けて、彼女は拗ねた声を出す。
そうやってかわいい仕草をするなよ俺に。
「どこの千波の話をしてるんだ」
話を聞かないのはお前だろ?
「連絡先はいいとして、休日に遊びに行くとかだめだからね。それはもうアレよアレ、コンプラ違反!」
「どの内規のどこに該当するんだよ」
「今私が決めた」
「横暴すぎる」
あれ、最近もこんな会話したっけ。主に独裁国家の。
「それでね、まさかとは思うけど」
あ、まずい、この流れは。
社会人経験を重ねると、大体悪い予感は当たるようになる。
「休日に遊びに行ったりしないよね?」
目を細める千波。
別に行ったっていいだろという正論と、それを口にしてしまう恥ずかしさが心の中で混ざっていく。
「はぁ〜〜〜〜なるほどなるほど」
黙った俺を見て、千波は長い長いため息をつく。
そしてキッと顔を上げると、挑戦的な笑みを浮かべて口を開いた。
「じゃあ私とも行こうよ、今度」
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