第10話 罠だらけの泉④
背もたれを前に、腕と顔を乗せた瑚夏さんは薄く笑っている。
「必然……ですかね」
浮かんだ言葉をそのままぶつけてみる。
「そうだね、3回目ともなれば会うのが予定調和。じゃあ4回目は?」
どうやら正解だったみたいで安心する。
目の前の名役者は、どこか俺のことを試している気がして仕方がないのだ。
そんな彼女から次の矢が飛んでくる。
4回目か……4回目ともなれば恒常化していると言って差し支えないだろう。
予定調和のその先、会うのが当たり前になった状態。
「私はね、それを運命って呼ぶと思うんだ」
くるーっと地面を足で蹴って椅子を一回転、彼女はどこか遠いところを見ている。
運命とは大きく出たな。
古来より芸術作品のテーマになっている命題である。
ベートーヴェンの5番……いや、あれは別に運命ではないんだっけ、それでもあの有名なフレーズに始まって、マクベスにおける3人の魔女、いわゆるデウス・エクス・マキナでさえ平たく言えば「運命」だろう。
「それで正直な木こりくん」
思考が様々な方向に飛び始めたところで、瑚夏さんから軌道修正が入る。
いや、修正後の軌道もぐねっぐねにずれているんだが。
「あ、立野です」
誰が木こりだ。
こういうのはしっかり言い続けなければならない。認めたら最後、そのまま元へは戻らないのだ。
「むぅ、ノリが悪いなぁ……会社だから?そこは『なんですか、泉の女神様』って言ってくれないと」
「自分のことを女神だって思ってる人と話し続けるのは宗教上禁止されてて……」
架空の宗教をでっち上げておく。俺が教祖だ。
「どんな宗教よ」
バレたか。
周りに人がいるはずなのに、あの夜の空気が戻ってきた。
打てば同じ温度感で言葉が返ってくる。
ぬるくて、甘い。
「まぁ茶番は置いておいて。欲に目を眩ませず、自分の落とした物を正直に報告した木こりくんにはご褒美があります。いわゆる金の斧と銀の斧ね!」
いらね〜〜〜!
どう考えてもろくなものじゃないだろ。
「まだ茶番の途中じゃないですか……木こりじゃないんですよ俺は。善良な法務課職員なんで……社員証だけ返してくれたらそれでいいので」
視線を散らしても彼女の机には「金の斧」や「銀の斧」らしきものは見当たらない。
むしろあったら驚きだが。
「というわけで、立野くんって週末は一人で寂しく家にこもってると思うんだけどね」
「どういうわけなんですか、失礼な」
話が跳躍する。バレー選手もびっくりの高さだ。
そんな高さからちくちく言葉を落とされたら、地面に着く頃にはトゲトゲ言葉になってるだろ、重力で。
「今週末も予定がないと思うんだけど、合ってる?」
「ナチュラルに人を煽らないと喋れないのか、この人は」
ふっと周りを見ると逸らされる視線。
瑚夏さん、常習犯だな……?
完全に彼女のおもちゃになった気分だ。いつ飽きてくれるんだ。
「むぅ、ちゃんと私とお話して!」
さっきまで手元にあった白い指が、俺の頬を挟む。
そのまま強制的に彼女の方へ向けられた。
まつ毛の長さ、ふわっとした甘い匂い。
この心臓の音がバレないように一歩後ずされば、彼女は一歩半距離を詰めてくる。
「じゃ、これが金の斧と銀の斧ね」
ポケットにしまっていた自分のスマホがいつの間にか彼女の手に。
とんでもない速さで何かを画面に打ち込んだかと思うと、ずいっと差し出される。
プライベート用のチャットアプリが光る。
画面には「瑚夏ゆり」のトークルーム、スタンプと共に送られてきたのは水族館のチケットだった。
「正直者は全部手に入れるの。社員証と、チケット、それとね」
人差し指を天に立ててくるくると回す。
まるでそこから魔法でも放つかのように。
果たして、彼女の口から発されたのは呪文でも詠唱でもなく。
「私の連絡先!」
どれが金の斧だったかなんて言うまでもないだろう。
ある意味傲慢とも取れるその一言は、やはりまるで、悔しいけど魔法みたいだった。
◎◎◎
こんにちは、定時退勤の七転です。
この作品のお約束はお分かりですね?
もし立野くんが嘘つきな木こりだったらどうなってたんだ……。
そして一体どれが金の斧なんだ!!!!
相も変わらずストック0社畜マンなので、みなさまの応援が活力になります。
なんとかなんとか頑張ってまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします!
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