第2話 ジュリエットは毒と称して酒を飲む②

 昼間とは打って変わって静かな夜の街を泳ぐ魚が二匹……なんて絵面じゃないな。


 片や美人でキラキラした女性、片や疲れた顔のサラリーマン。


 苦いアルコールの香りに混じって、ほんのり辛めの匂いが鼻を通り抜ける。

 彼女の香水だろうか。


「さて立野くん」


 ぼんやりと思考を巡らせていると、瑚夏さんが口を開く。

 どうやらこのお姫様の話し相手として選ばれたらしい。光栄……ではないな。さっさと帰らせてくれ。


「なんでしょう、瑚夏さん」


 彼女の歩数は俺より多い。


「君は呼ばないんだね、私のこと広報課のジュリエットって」


 あぁ忘れていた。

 というか呼ばれるのが嫌って有名なのに敢えて口にする馬鹿がいるんだろうか……いるんだろうな、その口ぶりから察するに。


「呼んで欲しいんですか?」


「ぜーったいやだ!というか女性にジュリエットってあだ名つけるの、センスないと思わない?」


 突然瑚夏さんの舌が回りだす。エンジンがかかってきたのか、お酒のせいかはわからない。

 仕事以外では初めて話したが、意外と愉快な人なのかもしれない。


「それはどういう……あぁ、結末ですか」


 問いを返そうとしたところで理由に思い当たる。

 原作『ロミオとジュリエット』では、仮死状態になったジュリエットを本当に死んだと勘違いしたロミオが服毒、起きたジュリエットが事の顛末を知って短剣で彼の後を追う。

 世界で最も有名な悲劇の一つである。


「おー!素晴らしい!この前のあいつなんか全然わからなかったのに……」


 ぶつぶつと呟かれた言葉が地面に落ちていく。

 なんとなく「あいつ」がどんな人を指すのかわかってしまう。昼間話していた同僚に感謝すべきだろうか。


「会話の途中で知らない人に恨みを募らせるのやめてもらっていいですか」


「それって『俺と話してる時は俺以外見るな』ってこと?やーん立野くんってもしかして俺様系なの?」


 どこをどう聞いたらそうなるんだ。


「思考回路ぶっ壊れすぎでしょ……お酒飲みすぎじゃないですか」


「うっ……」


 瑚夏さんはボディブローを受けたようにお腹を押さえる。


 図星を突いてしまったみたいだ。

 どんどん突いていきたい、なんとなくこの人になら許される気がする。


 ふと、自分が会話を楽しんでいることに気づく。

 いつぶりだろう、初対面の人と気軽に話せるなんて。


「事実陳列罪で逮捕します!」


 両腕を合わせる彼女、それじゃああんたが逮捕されるみたいじゃないか。


「令状は?」


「そんなもの必要ないわ、私が正義よ」


「とんだ腐った国家だな……逮捕されるくらいなら毒でも飲んでやろうか」


 数瞬の沈黙。

 思わず二人で顔を見合せて笑う。


「えぇそうね。最後は毒でも飲みましょうか。私は短剣ね」


 同じ文脈を共有した会話は、不安定な土台の上にトランプタワーを作るようなものだ。

 だからこそ、成立した時の喜びも一入。


 建物の明かりが視界に散る。

 淡いオレンジに蛍光灯の白、夜の街は美しい。


「あのお話は私的にバッドエンドだからね」


「そう言われるとセンスないかもですね……でもあのシェイクスピアですよ?」


「だからって未婚の女性に悲劇のヒロインの名前付けるって失礼しちゃうわ」


 確かに。言われた側はたまったもんじゃないな。

 これで瑚夏さんが社内恋愛でもしてみろ、相手はロミオって呼ばれるんだろ。

 見ている方は楽しいだろうが。


「ねね、ちょっと寄っていい?」


 瑚夏さんは深夜だというのに煌々と光を放つコンビニを指差す。


「自分早く帰りたいんで置いてっていいですか?」


「いじわる!ここまで来たら待ってよ。ほら、お姉さんが何か買ってあげましょうか?」


 会社の後輩相手に自分のこと「お姉さん」と呼ぶのはちょっと……まぁ自認ジュリエットよりマシか。


「間に合ってるんでいいです……早く行ってきてください」


「つれないな〜お水買ってくるだけだから、ちょっと待っててね」


 そう言うと、彼女は手を振りながら自動ドアに吸い込まれていった。



















◎◎◎

こんにちは、七転です。

書いたら出す、産地直送の社会人ラブコメです。

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