倫理の狂った少年がVR世界に閉じ込められたら

@peko34

第1話 ユートピア

「副長! 危ないッ!」


 悲鳴のような声と共に、視界の端から一人の騎士が飛び込んでくる。

 直後、空気を裂く轟音。巨大な鎌がその騎士の体を鎧ごと切り離す。


「ぐ、ぐぅぅぅ……! ふ、副長……あ、あとは……たの、みます……」


 そんな言葉を残してまた一人、僕の部下だった男が光の粒子となって消えていく。

 彼が最期に発動してくれたスキル『庇う』のお陰で、一目で死を確信させる斬撃を前に、僕は生きていられた。


 このひび割れた、赤茶けた大地にはもう僕と、数人しか立っていない。


「――羽虫が」

「…………」


 ずっと――この女を倒すことだけを考えてきた。

 艶めく赤髪と、全てを見下す氷の瞳。 身の丈ほどもある巨大な鎌。

 最強の一角『魔人リザ』


 一撃食らえば即死。余波で地形が変わるほどの攻撃範囲。

 そんな理不尽の塊も長時間の消耗戦の果て、ついに底なしと思えた魔力も尽きて、肩で息を始める。


 ようやく――ここまで辿り着けた。

 痛みも、体力の概念もないのに脳の疲労で、もはや僕の身体は限界だ。

 あまりの苦しさに、いっそ全てを放り出して逃げてしまいたい。

 

 だけど――残りの部下ストックはたった3人。

 国中から『庇う』スキル持ちを集め、100人近かった部下はこの3人を除いて全員、僕に後を頼み済みだ。

 もう僕に、後はないんだ……。

 死ぬ気で行動パターンも頭に叩き込んだ。

 ここしかない――絶対に! この女はここで殺してやる!!


「――散れ」


 リザが暗い殺意と共に地面を蹴る。

 そして僕も――向かって地を蹴って、全力で――踏み込む!


「っ!」


 リザが僕の特攻に反応する。だけど所詮は単純なAI。距離が縮まればパターン通り、鎌での迎撃を選択する。

 お互いが近付いたお陰で庇うスキル持ちが反応する間もない、一瞬の斬撃。

 僕の死は確定している筈が――


「副長! 危ないッ!」


 間一発で飛び込んできた部下のお陰で生きながらえる。


 僕のステータスは耐久には一切振っていない。

 この規格外の化け物と衝突しただけで致命傷を負う僕だからこそ、部下の『庇う』は間に合うようになっている。


「ぐ、ぐぅぅぅ……! ふ、副長……あ、あとは……たの、みっ!?」


 僕に後を頼んでいる彼が消える前に蹴り飛ばし、リザの視界を少しでも塞いで距離を詰める。


「消えろ」


 それでも動じない。冷静に一歩引き、鎌での攻撃を再開する。

 この冷静さはAIだからこその強み――パターンを覚えるまでの話だけどね!!


 近付けば引くのは分かってた。だから僕はぶつかる訳がないと一切減速していない。

 全速を以て懐に飛び込む。


「っ!」

「副長! 危ないッ!」


 鎌での攻撃は彼の犠牲でお終い。大鎌使いがゼロ距離でどう戦うんだぁ!?


「ぐ、ぐぅぅぅ……! ふ、副長……あ、あと――」

「不可避の鎌と魔法ってチートがなければ、この僕が負ける訳ないんだよおおおお!!」


 ゼロ距離による肉弾戦、ここからは未知の世界。

 リザが長い柄を捨て、咄嗟に裏拳を放ってくる。風切り音だけで鼓膜が破れそうだ。

 一手でもミスをしたら終わってしまう絶対的なステータス差。


 だけどミスなんてするわけがない。

 腰を回転させ――膝を畳んで――蹴り上げる!!


「――ぐ!」


 リザの顎をかちあげる。只の蹴りじゃない、足裏から『インベントリ』内のウォーハンマーを取り出して、超重量の蹴りへと変化させている。

 物心ついた時からずっと磨いてきた、僕の唯一の特技。『身体を正確に動かす事』

 小柄で、筋肉も自由に付ける事を許さない繊細な感覚で、リアルではこの特技を活かしきれていないと、もどかしい思いもした。


 だけど、足りないものはステータスで補える、ここ《VR世界》でなら――っ!

 リザの胸に向かって掌底を放つ。手の腹から――先程使った筈のウォーハンマーを取り出しながら。


「がぁっ!!」


 VR上級者は両手でインベントリ操作を使いこなすらしい。なら! 死ぬ気で全身の感覚を磨いてきた僕なら――身体中何処からだって出し入れ出来る!


「調子に――」


 リザの身体が光り始める、自爆攻撃だ。

 このゲームの魔族はこればっか! 開発者は簡単にクリアされるのが悔しいのか、ハメ技がとにかく嫌いみたい。


 ――だけどAIは本当にお粗末だね!

 いいよ、部下残機の確認もしないで自爆なんて、有り難くって仕方ない!


「――乗るな!」


 リザが貯め時間に入ったお陰で隙だらけ、自爆は彼に任せて僕は最後の一撃への準備を進めている。

 インベントリから取り出すのは、僕が高く飛び上がるための踏み台で――


「――っ!!」


 駆け上がってリザの頭上を取る瞬間、目が眩むほどの光と爆音に身体が麻痺する。が――もう遅い!! 既に武器は取り出してある。


「これで――」


 目は見えない。尊い犠牲でダメージは無いが、恐ろしい爆風で吹き飛ばされた感覚もある。だけど超重量の塊であるこの剣を握っている限り――僕の軸がズレる事はあり得ない!


「ゲームクリアだああああああ!!」


 手に持った『聖剣』の重さがリザを貫いて、それでもなお落下し続ける剣を思わず手放すと、その勢いで地中まで埋まっていく。


「……な、に……こ、これ……は……」


 …………終わった。これまでこの世界を何ヶ月冒険してきたか、それも全てはこの時の為。あまりの達成感に、脳がついていけない。


「……え……し、死ぬ……? この……私が……?」


 だけど目の前で――訳が分からないという表情で、光を放って消えていく女性を前に、ようやく実感が湧いてくる。


 ――ふ、ふふ。ふふふ。あーはっはっは!! 流石のAIも! 僕のような木っ葉にやられれば不思議に思っちゃうのかねえ!! いいよ! 解説してあげるよ!!


「ふふ、この聖剣は僕には装備出来ない神装でね、そんな僕が触るとその力を上回る重さに変化しちゃうんだ」


 あまりにもベタな仕様。だけど耐久を完全に捨てて、『力』一点にステータスを極振りした僕が持てない重さに変化するなら、一体何トンまで増えたんだと言う話で。


「普段はインベントリにしまっておけば――」

「そうか…………ワタシが……死ぬのか……」


 ……まあ聞いてないか。ただの死に際のセリフってだけだよね。


「お疲れ。君ちょっとバランス壊れてるから、次はもう少し自重しなね」


 そして――リザは光となって消える。

 残ったのは、地面に突き刺さる一振りの大鎌と、綺麗な――何やら意味あり気なイベントアイテム。

 そして称号と、スキル獲得のアナウンス。


 目的を果たした今はもうどうでもいい。

 僕はメニューを開いて、《録画》を停止する。


「〜〜〜っ、ああああああ!! 終わった疲れたああああ!!」


 大の字になって、倒れ込む。

 ふと周りに目を向けると、激闘の跡が残るだけで誰もいない。

 やっぱりこのゲーム……こういうところはダメだと思う! 頑張ったんだから、大歓声が起こってもいいと思う!!


 VRRPG『ユートピア』

 とんでもない技術は使われている。僕はここでの冒険に何ヶ月も費やしている筈だけど、リアルの時間では数日程度しか経っていない。

 『VR時間』と呼ばれているもので、少ない時間で長く遊べるという夢の技術だ。

 なのに次々と起こるイベントに、その技術は苦痛の時間が長引かせるだけで全く活かせていない。


 その上AIの雑さと難易度の馬鹿げた高さに、早くもサービス終了が決定したゲームだ。


 勿体無いとは思う。思い通りに動く身体に成長の自由度。このまま終わるなんて――と頭に浮かぶけど、僕自身もうこのゲームを起動する気にはなれないんだ。

 偽善ぶった事考えてないで、今日はもうゆっくり休もう!!


 メニュー画面を開き、端にある『ログアウト』のボタンをタップすると――視界が暗転し、ゲーム世界『ユートピア』が遠ざかっていく。

 さようなら、二度と来ることはないけれど――凄いゲームだったよ!!

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