あか色の塗り方

双思双愛

1.神様の下描き 01

「僕は大罪を犯している」

 そう、有名なとある画家が初めてのインタビューでそう言った。

 なぜか、とインタビュアーが聞き返す前に彼は自分で二の句を継ぐ。

「何故なら、僕は神を描いているからだ。」

「きっと……いやこれは_必ず大罪だと思う。勝手に、神を、誰の承諾も得ず、僕は描いた。」

「筆が止まらない、と思ったといえば聞こえはいい__僕も思う。」

 ギシ、少しだけソファーが軋んだ。

「筆が止まらないのは事実だ。逆にいうと、筆を止める気がない、というのもまた事実だ。」

「僕は彼以外が描けない。いや、描けなくなった。」


「人は美しい、と思ったものを写真に撮る。僕は画家として__まぁ、同じような感覚で絵を描いている」


「秋の色彩はすべて、彼の残滓にすぎない。」


 そういって、世間一般には美しいと言われる男がそう、零した。












 ――



 高校2年の秋、僕は一人になりたくて学校の近くの山の階段を上ったところにある神社へ行った。

 石で作られた階段は所々がぽろぽろかけているし、青緑に苔むしている。きっと忘れられている神社なのだろう。ぼんやりとそう考えた。

 紅葉がひらひら、落ちている。銀杏がぽろり、視界の隅で葉を落とした。

 手すりもない、昔話のような階段の頂上からは町が見下ろせた。

 赤くて、紅くて、朱くて、太陽に燃えているみたいだ。


 石畳の参道を少し歩くとあ、ここかとすぐにわかる。

 木々の境目から神社が見えた。

 あかい紅葉が視界を染め、濃い黄の銀杏と白銀のススキがたわわに揺れている。

 遠くでカラスがカァと鳴いて、すぐに夕暮れに溺れて聞こえなくなった。

 少しの異質感と非・日常感。

 寂れた神社へ、足を進めた。



 雪洞の障子紙はところどころ破れてぼろぼろで、風が吹くたびに白い紙の端がひらりと揺れた。

 僕は一礼して、参道の端を抜け、静かに社の中へ入った。


秋には似合わない、少し強すぎる風が吹いて、落ち葉が風に吹かれてあかいヴェールみたいに広がった。

木々がそれを怒るように枝を揺らして、風がなだめるように落ち葉をぎゅっとまとめた。

目を開けていられなくなった。


次に目を開けたら人がいた。瞬間、息が止まる。

風に揺られたふわふわの髪を耳にかけて、燃えるような秋の夕暮れを橙色の瞳が映す。あの双眸が目に焼き付いて離れない。まるであの、一目ぼれのようでーー眩しくて、煌めいて、火花が散った。目が焼けそうだ。

でも焼かれたい。

焼かれてもいい。

なんだか、目に焼き付けてしまいたい。

忘れられない傷跡をつけてほしい。

いっそ殺してもらってもいい。

いや、言い過ぎた。このままずっと見ていたいから死なない程度がいい。

それぐらい、一番きれいで、まぶしくて、うつくしい。

きっと神様だ、彼はたぶん神様だ。

秋の神だ、きっと秋の化身だ。すごくすごく神様だ。


そうか、季節に秋があるのは、彼のためだったのだ。


僕はこの日、神様に見惚れた。それぐらい美しい、貴方にも見せてあげたいぐらいに。


ドキドキと鳴りやまない心臓と、見ることをやめられない僕と、多分きっと一目惚れと、すごくすごく止められない胸に秘められない大きい感情がある。

貴方がこちらに振り向いて目が合うまでの時間はもう、0に近い。


_______




突撃★インタビュー!


「優等生の絵を描く子でした。」

「間合いとか、画角とか、色彩とか、いろいろ全部満点のような、ね。」

「絵という芸術作品を満点なんていう言葉で纏めてしまうのはきっと彼や彼の絵に失礼だと思います。」

「でも僕にはその表現しかできないことを許してほしい」


「でもいつからか…1人だけを描くようになって変わりました。一皮も二皮も剝けた、彼はたった一人だけを描くたった一人の画家になりました。」


「僕、一枚目を見せてもらったんです。」

「あの時彼は見たことがないぐらいむさぼるように絵を描いてて…何かいいアミューズがいるんだと思って、出来上がってもしよければみせてくれって言ってたんです。」

「見て、正直ゾッとしました。」


「あの時僕はずっと蛹が、蝶になる瞬間を見たと思います。秀才が、鬼才や奇才になるっていうか。」


「彼が描く絵は素晴らしすぎる、感嘆しすぎて声が出ない。ママ、パパって言えない、子供になったようになる。」

「狂気で凶器。そして観る者は狂喜する。逃げられない。彼の絵はそういう絵です」






___________________




目と目が合う。

バチン!と両手をたたくような大きな音がなるみたいに、糸がピンと引っ張られるみたいに、必然だというように、目と目があった。

お、面白いものがいる!というような顔をして、ジーっと見つめあっていたらあれ?と驚いた顔をしてカランコロンと下駄の音をたてて僕の近くに駆け寄ってきた。

「ね、もしかして見えてる?」

じっと見つめられることに慣れていない。

ふわふわの綿毛みたいな夕日に当たってキラキラした髪が綺麗だ。

目は紅葉みたいに紅くて、まぶしいと感じる。

どぎまぎしながら、声が出せそうになかったので、頷いた。

「えー!珍しいね、普通見えないんだけど……」

「ね、名前教えて!」

きらきらまぶしい。こんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。

「…はぎ、しゅう」

『萩愁』秋だらけのこの名前に心底感謝した。この名前が僕と彼を引き合わせてくれたのだと、僕は信じて疑わなかった。




触れてみたいと思う。触れたら戻れないと知っているのに。

知ったらもう戻れない、いや、きっと戻れたとしても僕は戻らないだろう。

そうだってわかってる。わかっていたけど、手を伸ばすのをやめなかった。






帰り、僕はキャンバスを買って帰った。


そのあと描いた絵は彼の絵だった。


何かコンテストの最優秀特別賞を受賞したらしい。



そんなことはどうでもいい、あの秋の神様が、僕の絵の中で永く生きていてほしいだけだから。


秋が彼で、秋が彼でないといけない。


僕は、彼でないといけない。


息をして、手が暖かくて、それだけでいい。






あと少し、欲を言えば、名前を呼んでほしい。



一度だけでいい、いや本当は何回でも呼んでほしいけど。




僕はそれだけで、また筆を持とうと思えるから。





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