第9話 勧誘と警告
「ごめん、集目くん。 少しだけ時間をもらえるかい?」
そう言われて、コトヒメ先輩に連れていかれたのは生徒会室である。
セイカも一緒に来たがったが、状況が混乱する予感しかなかったので断ったため、ここにいるのは俺とコトヒメ先輩と、
「私は風紀委員長の蛇ノ目桃愛、愛らしい桃と書いてモモアと読む、宜しくな!」
ジャノメ先輩はそう言いながら見せ付けるように腰を揺らした。
(なんか……スゴい人だ……)
癖が強すぎてドキドキを越えて、もはや圧倒である。
そんな俺の反応に肩透かしを食らったのか首を傾げるジャノメ先輩に、コトヒメ先輩は深い深いため息を吐いた。
「話があるなら端的に話せ」
「ぬ? それもそうか! なら集目――
――お前、風紀委員になれ!」
「はい?」
あまりに唐突すぎる提案に俺の思考は固まった。
「ちょっと、待て。 私はそんなこと聞いていない」
「今聞いただろ?」
「本気なんだな? ジャノメ風紀委員長」
「ああ」
俺が戸惑っているうちに先輩方の間に、不穏な空気が漂い始めた。
勝手に話を進めないでほしい。
「お断りします」
「ほう、部活には所属していないと聞いたが? 一応我が校では何かしらの活動を行うことが推奨されてる」
「……強制ではないはずです」
ジャノメ先輩は諦めることなくああ言えばこう言う感じで、しつこく勧誘してくる。
「入りませんよ」
「僕は討伐で忙しいので」
「ああもう! 僕に何のメリットがあるんですか?!」
こちらの事情を考量しないジャノメ先輩に思わず声を荒げてしまう。
すると彼女は「それもそうだな……」と納得したのもつかの間、
俺の手を取った。
そして自身の服の裾をまくりあげ、
俺の手に柔らかい感触が伝わってきた。
「「はっ?!」」
「揉むことを許す! だから風紀委員に入れ集目!」
「いや、ちょっと」
「その手を離せジャノ! 私の集目くんを汚すんじゃない! この馬鹿力が!」
「私の……?」
「あっはは! 思春期男子にとっては最高の報酬だろう? 頑張ればもっと良いことをしてやる」
コトヒメ先輩は唾を飛ばしなぜか俺以上に動揺し、一方でジャノメ先輩は怪しく瞳を細めた。
(柔らかっ……理性を保て! 先に進んだら骨の髄まで絡め取られる! 邪、退散退散退散)
ここで欲望に従ったら色々失う気がするのだ。
俺は動きそうになる指先を鉄の意思でこらえ、ジャノメ先輩を睨み付けた。
「お断り、です」
「ほう、良い目をする。 ますます欲しくなったぞ」
ジャノメ先輩はそう言うとあっさり手を離した。
「私は契約の異能が風紀委員に欲しかった。 だが今は集目チギリ、お前が欲しい」
風紀委員は校内でトラブルを取り締まる役目がある。
罰を与えても、繰り返す者、反古にする者、そういう者は根気強く取り締まり続けるしかない。
しかし契約があれば、確実に約束させることができる。
だから彼女は俺を欲しがったのだそうだ。
「今日はここで引く。 だが私はお前を諦めないぞ」
「勘弁してくださいよ……」
こんな強烈な人に付きまとわれたら、メンタルが持たない。
辟易としつつも、とりあえず事態の収束に安堵する俺にジャノメ先輩は、
「気に入ったからこそ、集目に忠告しておこう」
爆弾を落として去っていくのであった。
「その異能、契約締結の適応範囲は口頭に出したものだけか?」
○
「集目くん、異能は使い込むと効果が上昇するーーという話を聞いたことがあるかい?」
ジャノメ先輩の言葉に考え込む俺に、コトヒメ先輩は言った。
「人類は目覚めと同時に異能の使い方を知る、と言われている。
しかし一説には我々が知るのはあくまでも基礎、概要であり、自身でも知り得ない効果を発揮することがある。
その様子を熟練、もしくは力の解放であると一部では呼んでいるんだ」
俺はあまり自分の異能について深く考察をしたこなんてなかった。
興味がなかったとも言える。
だって討伐に役に立たない異能なんて、俺にとってはどうでも良かった。
それに異界で怪物を討伐すればスキルも生えるし、それで満足していた。
「神は人類を光で照らすが導きはしなかった……そんなただの俗説だけどね。 奴の言うことはあまり気にしなくていいよ」
先輩はそう言ってくれたけど、
俺はどうしても思考から離れることができなかった。
契約という異能は破れぬ約束を交わすもの。
だから今まで破られることはなかった。
契約を果たさず死んだら契約は無効になるのか?
契約を守らせるために精神的な強制力が働くことはあるのか?
たとえば、
心で呟いた言葉でも契約を交わせるなら、
その契約が精神的な作用をもたらしていたら、
――彼女たちの心は本物なのか?
そこまで考えて、俺は自己嫌悪でため息を吐いた。
「もっと知らないと、深く」
俺と仲良くしてくれる友人や面倒を見てくれる良き先輩のために。
そして何より自分のために。
十五年目にしてようやく、俺は自身の異能と向き合うことを決意するのであった。
そしてその結果が、納得できないものであろうと受け入れると。
(関係が歪んでしまったなら、作り直せば良いんだ……くよくよするな、俺)
俺は自身の頬を叩いて、教室へ戻る。
強く叩きすぎて赤くなった頬を見て、騒ぐセイカを宥めたり、いつものように笑ったり――
――ちゃんと笑えてる、よね?
俺は胸につっかえた何かを堪えながら、自身に問い掛けるのであった。
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