少年少女の些細な(非)日常

八代オクタ

第1話 臨時学級と少女。

 先月まで我が物顔でずしずしと降りしきって溜まっていた雪も、四月になるとあっという間に溶ける。久しぶりに顔を出したアスファルトを踏みしめながら、歩を進める。転校初日で新鮮な通学路を、雪に代わって僕が我が物顔で足跡を残している。

 僕の転校先は、有日環ゆうひかん小学校という名称で、以前僕がいた町の二つ隣の町にある小学校だ。父が転勤しなければならなくなり、その影響で引越し、もちろん学区も変わったのでく転校をすることになった。僕はそれに関しては、どうにも感じなかった。その学校に関して、大した思い出も友達もいなかったから。学校が変わろうと、いつも通り孤独だろうなぁと思う。

 そう思っていても、少し、ほんの少しだけ、孤独を解消してくれるものがあるかもしれないという期待感が心の奥底にあったのは、我ながら呆れる。諦めが悪い。


 僕は、校門の前で立ち尽くしていた。

「あれ、これからどうすればいいんだっけ」

 生憎、僕は転校するのが初めてで、学校に来るまではできたが、そこからどうすればいいのか解らなかった。親に聞いとておけば良かった……。

 兎にも角にも校内に入らないと始まらない。僕は目の前の玄関をくぐり、下駄箱の前。手に下げていた袋の中に入っている上履きと外履きを入れ替えるようにして、上履きを床にぽーんと投げる。それに足をくぐり入れた。


 いきなり教室に入るのも違うような気がした(まだどの教室に所属するのかも知ってない)ので、職員室に向かう。職員室の場所は、転校してくる前に、学校で教師と話す機会があったときに見つけたのを覚えているので、多分行けるだろう。


 階段をのぼって二階、すぐ右隣に職員室がある。トントンと二回ノックして、扉を横に開く。———ノックをしたのは二回。トイレである。明らかに失敗した。………緊張してるんだな、僕。

 職員室の一角から、女性の先生がやってきた。成人女性にしては高い背丈で、赤く染めた果てしなく長い髪を左右に垂らし、鋭い目つきをしていて口に煙草を咥えている。大人っぽいとはこのことだろう。———いや待て、煙草? 子供の見本たる先生が煙草だと? 何故なぜか。何故なにゆえか。という思考を巡らしていると、その先生は口を開いた。

「よぉ。君が鹿賀かが しゅうくんか。アタシは羽間はざま 亞理沙ありさよ。君の入る学級の担任を務めている者だ。よろしく」

 先生、もとい羽間先生はニヤリと口元を動かすと、右手を出してきた。握手を求められているのだろう。先生にしてはフランクな人だな。……僕はそれに応えるようにして、

「よろしくお願いします」

 と、右手を出す。先生はギュッと握り、大胆にぐわんぐわんと手を上下に振った。——その勢いに吹き飛びそうになったが、なんとか堪える。なんて馬鹿力だ。しかしながら、その手の温度は僕の緊張を溶かしてくれたようなそんな気がした。

 

「よし、学級に案内しようか」

「煙草は咥えたままなんですね……」

 二階の階段の前、先生の隣を歩きながら会話を始める。

「まぁね。火ィ付けてねぇから、大丈夫だよ」

「付けてないならなんで咥えてるんですか?」

「……ちょいと長い話になるけど、いいかな?」

 いいですとも。という意味を含む頷きを一回。

「———やっぱだめだわ。思い返してみると、子供に話ちゃいけねぇことだらけだ、この話題」

「そんな言い草だと、内容が気になりますね」

「君が一年ちゃーんと学校に通って、卒業できたら話すわ」

 

 最上階である四階にのぼると目の前に廊下が伸びている。窓から降る日の光をリノリウムの床に反射して、ストライプ模様ができている。

「ここの奥のほうだわ」

 と先生は言う。僕は先生の後を追うようにして廊下を歩いた。日光が当たっている場所を歩くと、右肩に光の熱が当たるのは癪だが、なんとも言えない心地よさがあった。

「この階、他の階より静かですね」

 廊下を歩く途中、僕は問いかける。鳥の鳴き声が聞こえるほど廊下が静寂なもので、かなり不気味だった。普通だったら、子供の声が聞こえるはずなのに。

「この階ね、普通教室がないのよね。四階にゃ理科室とか調理室とかの特別教室しかないわ」

 へぇ、そうなんだ。…………じゃあ、僕はどこに連れて行かれているのか。普通教室ではないのか。先生が間違ったのか?

 その思考をしても、歩くのをやめない。


此処ここが、今日からの君の教室だ」

 扉を目の前に、足を止める。扉の上に、文字が書いてある。

「としょしつ……?」

 そう、目の前には、図書室がある。僕にもっと本を読んで知識を蓄えろと?

「中入るか」

 と、先生は言い、ドアを開ける。

「あぁ」

 先生、説明を! とは言わなかった。中に入ったらなにもかもわかるだろう。ドアを潜り抜けた。


 先程のリノリウムの床とは打って変わって、木が使われた床になっている。右には日が差している窓(海が間近に見えていて、実に風流だ)、左には、こちらも木でできた本棚に椅子、大きい机。普通の図書室みたいだ。

 

「ようこそ、アタシの臨時学級へ」

 

 先生が宣った。

 

「詳しく説明してくれ」

 臨時学級かぁ。もうなにもわからなくなってきた。


     * * *


「この前の学校説明で教えたじゃない。ちゃんと聞いてた?」

「多分聞いてないです」

 はぁ、と羽間先生は溜め息をついて、「臨時学級の制作秘話を説明するからよーく聞けよ」と話を切り出した。

「修くんさ、頭良いよな。それもずば抜けて」

 首を縦に振った。人の話を聞かない人間が頭が良いなんてことはほとんどないけど、僕は例外だ。

 しかし、何故そんなことを。

「そんな君以上の異常な頭脳を持った生徒がこの学校に居るのね。五年生のときに私のクラスだった、自慢の生徒。どれで、まぁ経緯は省くけどその子、五年のときに苛められちゃったのよ。異質を除くために。———アタシがそれを見つけるのが遅くなったばかりに、彼女に生涯の傷をつけてしまった。アタシはこれ以上、彼女の傷を広げないために作ったのが、臨時学級ってわけ。一般生徒とは隔離された、彼女だけの、彼女の教室よ」

 

 なるほど、その生徒と一般の生徒達を隔離したいという訳か。理にはかなっている。…………ただ、恐らくそれだけが理由ではないだろう。その理由を深追いすべきか? ノーだ。これ以上非現実的を体内に受け入れると風船のように破裂するだろう。

 

「僕は、その臨時学級に入るのか?」

 

「あぁ、その通り」

 先生は簡潔に返答する。


「なんで僕なんですか?」

 質問ばかりで先生に申し訳ないが、異常な事態なもので質問がどんどん湧いてくる。

 

「彼女がひとりぼっちだったら寂しいじゃないか」


 …………どんな天才でも、孤独は感じるものなのか。


 いやしかし、僕である理由の答えにはなってないじゃないか!


「その子は今どこに?」

「まだ来てないみたいね、あそこで待ってたら?」

 先生は、椅子の方を指差す。

「そうですね」

 と一言言って、椅子に向かい、そして座る。

「アタシは職員室に戻って色々するから、本でも読んで待っててな〜」

 またな、と手を振って先生は図書室から出て行った。

 僕は、先生に言われた通り本を取る……ことはせず、只々ただただぼぉーっと過ごしていた。本を読むのはあまり好きではなかった。特に、物語フィクションのようなものは。昔からそうだった。現実でないものに、あまり熱中できなかったからだ。同様の理由で、映画やドラマもあまり好きではなかった。そんな、現実にも非現実にも熱中できない僕は、次第に無気力になっていき、今のようなつまらない人格になってしまったのだ。


 そんな、自分の浅い分析をしていると、なんだか眠くなってきた。


 眠気を抑えるために思考を執行する。


 ———僕より頭が切れるという女の子。高校レベルの問題をも解ける僕よりも、頭がいいという。所謂『天才』というやつだろう。妬ましいという感情がないと言えば嘘になる。あまりにも嘘すぎて、死後、地獄の閻魔大王に舌を引き抜かれるだけでの罰では足りなくなるだろう。正直に言うと、頭がいいキャラは僕だけのものだと思っていた。が、同じキャラ、いや上位互換が出てくるのは、僕の存在意義が無くなるような。……はぁ、良い眠気覚ましになった。

 

     * * *

 

 図書室のドアが開くと、春風が吹いてきた。


 というのは所謂メタファーであるのだが、まさに春風のような、すぐ消えてしまいそうなほど、些細な空気を纏った人が現れた。


 ドアを開けたのは、羽間先生ではなく少女だった。恐らくあの女の子だ。腰まで伸びた黒茶色の髪を靡かせるようにしてこちらへと、柔和な笑顔で近づいてきて、僕に話しかけてきた。


「もしかして、鹿賀 修くんだよね! 亞理沙先生から聞いた特徴をかんがみても、鹿賀 修に違いは無さそう! 鋭い目つきに、黒いランドセル。うん、先生が言ってた通りだよ。あ、私は先生が述べていた頭が良い少女の式折しきおりミヨちゃんだよ、よろしくねぇ!」

 まず第一印象は、『春風のような人』だとして。話を聞いてからの第二印象は、『おしゃべりな奴』ってところか。知性はあまり感じられない、普通の女の子のようだ。……前まで苛められていた人とは思えないほど、不気味なほど明るい人だ。

「あぁ……こちらこそ、よろしく」


「鹿賀くんはもしかして湯乃下小出身?」

 と、式折が問いかける。答えとしては、イエスだ。まぐれか? 僕は彼女に解法を問う。

「なんで解った?」

「君のランドセルにつけてる、その防犯ブザー。他の学校で配られるものとは違くて、市内で配られるのが湯乃下小だけだったから、そうなのかもって思ったの」

 ……こやつ、本当に頭が良いのかもしれないな。


 図書室の一角の机、僕とミヨが座っている。第二印象で『おしゃべりな奴』と前述したものの、今現在彼女は沈黙をしている。緊張しているのか?

 

 僕も緊張しているのだが。


 ……流石の僕も無言に耐えられなくなり、沈黙の空気を破るようにして話し出す。

「——あぁ、あの、式折ちゃんって頭いいんだよね」

 さっきの彼女の自己紹介の焼き直しのような質問をした。


「学校の勉強が出来る——つまり、テストで良い点を取れるという点を見て、君が頭が良いって思うなら、私は頭が良いわね。幅広い知識を持っているということが賢さだと君が思っているなら、私は賢いわね。……多分、この市の小学生の中で一番頭が切れると思うな!」

 ……くどい言い回しだな。さっき緊張してるのではと推測していたのが間違っていたのかと思うほどの呂律の回り具合だ。

「口先でそう言っても、実際に冴えてるとは限らないさ」

 皮肉めいたことを言ってしまった。嫉妬からくるものだろう。

「それはそうだね。言葉の全てが真実なんてことはないだろう」

「意外とあっさり認めるんだな」

「いやいや、私が頭が良いことを否定したい訳じゃないよ。今現在証拠を持ってないだけさ」

 

     * * *

 

 そんな実のあるように見えてそんなに無い会話をしていると、羽間先生がまたもやってきた。片手にファイルを持っている。なんだか、少し怒っているように見えた。

「ったく、いちいち止めてきやがって、生徒を信じろやクソ教師…………」

 と先生がぼやいているのが聞こえてきた。何があったのだろうか。


「せんせーい! 新学期、新年度だけど、今日は何をやるんですかー?」

 と、式折は、図書室のカウンターに座った先生に聞く。確かに、この臨時学級とやらは、今日に限らずどんなことをするのだろうか。

「そうね、今日は臨時学級という異質さのかけらもないようなことをするわ」

「それは?」

「腕試しに、五教科のテストだ。範囲は小学校低学年から高校三年生までの」

 小学生ですよ、僕。式折もそうだけど。


「えぇー! いきなり?」

 と意外にも不満を吐いたのは式折だった。

「職員室の先生もそんな文句垂れている奴がいたけど、先生な、唐突な問題にもそつなくこなす奴こそが天才だと思うんだ。だから、君たちが天才なら、文句を言わないでもらいたい」

「……確かに! 私、天才だから文句言わない!」

「それほどの自信をどこで持てるのかいささか気になるところだな」

 

 普通の天才小学生が高校レベルの問題を解けるかといえば、それはNOだ。しかし、それが平凡な天才ではなく、非凡な天才だとすれば、話は別なのだ。ちなみに、その非凡な天才ってのは僕のことだ。

 

「いや……君も類まれな自意識過剰じゃないのか? ……まぁ、それが自意識過剰じゃなく現実なのかはテストの結果が示してくれるだろうけどね」

 式折が僕に言ってくる。


 先生が『不正防止のため』のため、と僕と式折を離れた席に座らせる

 

「みっちり四時間使って、しっかり欄を埋めるように!」

 羽間先生がそう言い放すと、僕らは解答用紙と問題用紙を表にして、鉛筆を持つ。


 芯を紙に押し付けて、名前欄に『鹿賀 修』と書いた。

 

 まずは数学。最初の方は四則演算やらの問題だ。帯分数と久しぶりにご対面できて嬉しく思う。ただ、後半に行くと難しくなっていった。微分・積分や三角関数。ただ、僕が一番得意な教科であった為、解くことはできた。


 次に国語。苦手教科だった。漢文や古文が全くと言って良いほど解けなかった。漢字の書き取りは出来た。


 三番目、英語。は、得意でも苦手でもない。穴埋め問題や英単語を書くだけの問題なら余裕だったが、英作文がどうにもできない。『愛とお金、あなたはどっちを取る? 理由も書いて五文以上で答えてね〜』だと。正直どっちもいらないので、空欄のままにする。


 四番は理科。小学生は全範囲、中高では化学と生物が範囲だった。理科も、数学ほどでもないが得意教科。体感八割ほど取れているだろう。


 最後の教科となったのは社会。得意な教科で、ほとんど解けた。


     * * *


 テストの解答欄に黒鉛を散らし終わると、丁度図書室のカウンターのタイマーの音が鳴った。

「んぁ…………テスト終わり。名前書いてるか確認して解答用紙も問題用紙も持ってこ〜い」

 羽間先生は僕達がテストをしているときに寝ていたようで、タイマーの音で目を覚ましたようだ。

「はぁーい」

 と式折は言って、カウンターに持って行く。僕も後を追うようにして行った。


「ふぅ〜」

 と、溜め息を吐く。今にして思うが、四時間でやるような中身じゃないと思った。

 

「ふぁ〜」

 と、式折が伸びをする。と、彼女は立ち上がり、僕の隣に座ってきた。

 

「疲れたねぇ」

「そうだな。ぜったい小学生にやらせるような問題ではないのも出てきたからな」

「でも、私は全部解けたよ」

 ……まじか。しかし、式折の『言葉の全てが真実ではない』という言葉を引用すると、こいつの言動は嘘かもしれない。もし嘘のなら、死後、閻魔大王様に舌を抜かれるかもな。

「そうなんだ。僕も全部じゃないけど、結構解けたよ(国語以外は)」

 括弧かっこで括ったところは口に出さなかった。

「へぇ! それはすごいね。じゃあ、朝の言動も自意識過剰じゃないのかも」

「まぁね……」


 予鈴が鳴った。

 

「アタシは丸つけしとくから、君たちはランチルームに行って給食を食ってきな〜。なに、図書室で給食を食べればいい? 本が汚れてしまうじゃないか!」


 僕らは渋々、ランチルームに行くことになった。

 

     * * *


 この学校のことを何も知らない僕なので、ランチルームの場所も知らない。なので、式折の後をつけなければならなかった。……今日は人の後ろを歩くのが多い一日だな。


 四階の廊下は、窓からの日差しも弱くなり、朝よりもストライプ柄が薄くなっている。僕らはその柄を踏みつけるようにしては廊下を歩きながら、談笑を始めた。

 

「ねね、修くん。修くんとは今日初めてお会いしたからさ、君のこと知らないんだ。君も私のことを知らないだろう。だからさ、君のこと教えてくれない? 趣味とか、嗜好とか」

 秘密主義という訳でもないので、趣味を開示してみる。

「……趣味ねぇ。強いていうなら、人間観察かな」

「自分のことサイコパスと思って欲しい人が主にやってる趣味じゃん! 人間観察ってどんなことやるの?」

 なんだその変な偏見。偏見が変じゃないことはないけれども。

「週末、駅前のベンチに座ってい色んな人の行動を見るんだ。それで、あの人はあんな性格で、この人はこんな性格なんだろうなぁ———って考える、みたいな感じ」

 

「…………それって楽しい?」

 

「楽しくない」

 僕は食い気味に言葉を口に出す。

 

「だよね。どうしてそれを趣味にしたのかな?」

 難しい質問だな。特にこの趣味はやりたくてやっている訳じゃない。かといって嫌々やらされていることでもない(趣味だから当たり前だが)。

「……趣味っていうか、些細な癖なのかもな。……式折ちゃんが話し始めるときに、髪の毛に触るのと同じようなことさ」

 式折はハッとしたような表情をして、前髪を触り、

「……これが人間観察なんだ。それをされる側的には、気色悪さと感心が入り混ざった複雑な感情が……」

 と引き気味に言う。

「まぁね。気持ち悪さは自覚してるよ」


「式折ちゃんは、趣味は何かある?」

 階段を降り始め、僕は逆に式折に質問する。

「まぁ、いっぱいあるわね。絵を描いたり、写真を撮ったり、ギターを弾いたり。創作的なものが多いね! その中で、特に熱量を入れてるのは、小説を書くことかしら」

 小説か。僕があまり知らない苦手な分野のものだ。

 

「創作ね……。いきなり踏み込んだ質問だが、その創作の真髄というか、式折ちゃんにとって創作ってどんなもの?」

 

「かなり、というか途轍とてつもなく難しい質問ね」

 

 式折は階段の踊り場で立ち止まった。僕もそれに釣られて足を止める。……一呼吸置いて、彼女は語る。

 

「——私の意思をそこに残す為の行動かな。偏った例だけど、源氏物語ってものは千年以上も前に書かれて、文字さえ現代のものとは異なっている。だけどね、現代の博識な人はそれを読めるようにした。即ちすなわち、千年前の、もう死んでいる創作者の意思が現代に繋がっているんだよね。それが、私にはとても尊いものだと思う。そんなありきたりなことだけど、それが理由で私は創作物が好きで、創作をするの。私が死ぬまでね」


 字面に反して、式折はかなりゆっくりに話す。途切れ途切れに、言うことを惜しむように。

 

 言い終わる頃には、彼女は、苦しそうな笑顔をしていた。

 

 


 あ…………




 僕には、特別に人間理解が得意な僕には、彼女のことがわかってしまった。

  

     * * *

 

 階段を降りて、三階になる。その廊下を僕らは無言で突き進む。———生き急ぐように、死に急ぐように。


 廊下には、三階に普通教室があるからか、生徒がかなりの数歩いている。背丈から、僕らと同じ年だろう。


 廊下を突き抜けて、向こう側。四階の図書室があった場所にランチルームはあった。


「ここがランチルーム!」

「さっさと飯食うか」

 自分に考えることを放棄するようにして、ぶっきらぼうに式折に語りかける。

 そうね、と彼女は答えてランチルームに入った。また、僕も彼女の後を追ったのは言うまでもない。

 

 ランチルームは、図書室から木材と本棚と机を除いたようなレイアウトで、普通の教室で使っているような机と椅子が三十個ほど綺麗に整列されている。

 そこに、給食が盛られてあるお盆が置いてある席を二つ見つけた。


「わ〜! 持ってくれてる! ありがたい!」

 彼女ははしゃぐようにして言った。

「二人分の給食をあのでかい容器に入れるのが手間だったからだろ」

「テンション下がること言うな〜」

 

 席に座って、両手を合わせて「いただきます」を言った。

 三角食べというものを学ばなかったのか、僕は一品ずつ食していく。

「へぇ〜、修くんはそう食べるのね」

「式折ちゃんは、それはまぁバランスよく三角食べをするねぇ」

「まぁね。全種類を早く味わいたいのさ」

 僕は、味噌汁が入ったお椀を傾けて、口の中にずるずると入れた。


 

     * * *



  昼ご飯が終わり、図書室への帰路についた僕たちは、談笑する気にはなれなかった。式折もきっと、僕が気づいてることに気づいたのだろう。

 

「———あの、さ」

 

 と彼女は言う。その後に何を言うか身構えた。が、構えたところで意味はなかった。

 

「………………私ね、あと十一ヶ月と二十日で、死ぬんだ」


 四階の廊下の空気が一瞬にして、張り詰めたような気がした。僕の心臓は、何故か鼓動を早める。

 

 後ろから見ていたため、式折の表情は解らなかった。


 これから一年を共に過ごすクラスメイトが、あともう少しで亡くなってしまうという事実に、僕は軽く虚しさを感じていた。そのことは予想できていたし予測もできた。だが、彼女の口からそれを聞くことで、確実になってしまった。

 

 事実に、なってしまった。


 真実に、なってしまった。

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