『俺達のグレートなキャンプ195 どんな災難でも楽観的にしよう』

海山純平

第195話 どんな災難でも楽観的にしよう

俺達のグレートなキャンプ195 どんな災難でも楽観的にしよう


「今回のグレートなキャンプはこれだ!」

石川が両手を広げて満面の笑みを浮かべながら、テント設営が終わったばかりのキャンプサイトの真ん中で宣言した。その表情はまるで世紀の大発見をした科学者のように輝いている。千葉は期待に満ちた目でキラキラと石川を見つめ、富山は「またか...」という諦めと不安が入り混じった表情で肩を落としている。

「『どんな災難に遭っても楽観的に過ごすキャンプ』!」

石川の声が秋晴れの空に響き渡る。隣のサイトで薪を割っていた中年男性が一瞬手を止めてこちらを見た。その視線には明らかな困惑が含まれている。

「さ、災難?」富山の声が震える。眉間にシワを寄せ、両手で自分の腕を抱きしめる防衛本能の仕草。「石川、また変なこと考えてるでしょ。災難って、わざと起こすつもりじゃないわよね?」

「違う違う!」石川は手をブンブンと振って否定する。その動きが大げさで、まるでコメディアンのようだ。「自然に起こる災難を、全部楽観的に受け入れるんだよ!食材を忘れた?最高じゃん、ダイエットのチャンス!雨が降った?サイコーじゃん、天然のシャワーだ!ってね!」

「それ、めっちゃいい!」千葉が飛び跳ねるように手を叩く。その瞳には純粋な興奮が宿っている。「俺、めっちゃ参加したい!どんなことも楽しく変えちゃおうってことでしょ!ポジティブ最高!」

富山が深いため息をつく。その息の長さは、これまでの194回のグレートキャンプで培われた経験値と諦めの境地を感じさせる。肩が大きく上下する。「それってさ、結局災難が起きるのを待つってこと?私たち、絶対何かやらかすって分かってるんだけど...」

「待つんだよ!」石川がニヤリと笑う。その笑顔には確信に満ちた自信がある。「でもね、俺たちって結構災難に遭いやすいタイプじゃん?だから自然に起こると思うんだよね。それを全部、超楽観的に、いやむしろ『ラッキー!』って受け入れるの!デザートは一番楽観的だった人のもの!」

「デザート!?」千葉の目がさらに輝く。まるで宝物を見つけた子供のような表情。「よし、俺、めっちゃ楽観的になる!今日から俺は楽観マシーンだ!」

「現金すぎ...」富山が呆れたように笑う。でもその口元は少し緩んでいる。

石川がリュックから手帳を取り出す。そこには『災難カウント表』という文字が几帳面な字で書かれている。「これで災難が起きるたびにカウントして、誰が一番楽観的だったか記録するから!」

「準備良すぎでしょ...」富山が頭を抱える。両手で顔を覆う仕草。「っていうか、災難前提なのがもう嫌なんだけど...」

その時、突然の秋風がサイトを吹き抜けた。強風だ。ヒュオオオオという音を立てて、まるで災難の到来を告げるかのように。石川のテントの入り口が大きくバタバタと音を立て、中に置いていたはずの寝袋が風に乗ってコロコロと転がり出てくる。

「あっ!」

三人が同時に叫ぶ。寝袋は地面を転がり、まるで意志を持っているかのように、サイトの端にあった水たまりへ一直線。ピチャン、という音が妙にリアルに、そして残酷に響く。茶色い水が寝袋に染み込んでいく様子が、スローモーションのように見える。

沈黙。

富山が石川と千葉を見る。二人も富山を見る。石川の口が微妙に引きつっている。千葉の笑顔が少し硬い。そして—

「ラッキー!!」石川が両手を上げて叫ぶ。その声は少し裏返っている。右目の下がピクピクと痙攣している。「災難第一号!しかも開始三分で来た!こ、これは幸先いいぞ!あははは!」

「最高じゃん!」千葉も負けじと叫ぶ。拳を握りしめ、その手が微妙に震えている。「寝袋が水たまりに飛び込むなんて、確率的に超レアだよ!レ、レア災難ゲット!ガチャで言えば...SSRだよ、これ!」笑顔の目が笑っていない。

富山は二人を呆然と見つめていたが、やがて観念したように言う。「え、えーと...洗濯の手間が省けて...ラッキー?」声に全く感情がこもっていない。棒読みだ。

「ブー!弱い!」石川が審判のようにジェスチャーする。その手の動きがぎこちない。額に汗が浮かんでいる。「富山、もっと心から言わないと!俺たちは楽観的なんだぞ!」

「無理言わないでよ!」富山がツッコむ。「だって寝袋びしょ濡れじゃない!今夜の気温、五度とかって天気予報で言ってたのよ!?凍死するわよ!」

「大丈夫大丈夫!」千葉が笑顔で寝袋を拾いに行く。持ち上げた瞬間、ジャバジャバと水が滴り落ちる。その表情が一瞬歪む。「俺の寝袋、三人で使えばいいじゃん!密着して暖かいよ、きっと!...たぶん!いや、絶対!」

「三人は物理的に無理でしょ!」富山の顔が赤くなる。

石川が手帳に何かを書き込む。その動きが妙に真剣だ。ペンを握る手に力が入りすぎている。「災難その一、『寝袋水没事件』。楽観度—石川十点、千葉十点、富山三点。現在のトップは石川と千葉!よし、いいぞ!この調子だ!」

「点数制なの!?」富山が驚く。

「当然!」石川がニヤリと笑う。その笑顔が少し引きつっている。「これぞグレートキャンプだぜ!さあ、昼飯作るか!」

石川は意気揚々とクーラーボックスに向かう。その足取りはやけに軽快だ。フタを開けた瞬間—

「あれ?」

石川の動きが止まる。表情が固まる。千葉と富山が駆け寄る。

クーラーボックスの中は、ぬるい。というか、ほぼ常温。保冷剤が一つも入っていない。そして、買ってきたばかりのはずの国産牛肉のパックが、すでに微妙なグレーがかった色になっている。匂いも...少し危険な香りがする。

「石川...これ...」富山の声が震える。顔が青ざめている。

「保冷剤...忘れた...かも...」石川の顔から血の気が引く。口がパクパクと動く。言葉が出てこない。

沈黙が流れる。風が再び吹き抜け、木々がざわざわと音を立てる。遠くでカラスがカアカアと鳴いている。まるで嘲笑うように。

石川の額に汗が流れる。拳を握りしめ、顔が真っ赤になる。怒りか、それとも恥ずかしさか。口が小刻みに震え—

「ラッキイイイイイ!!!」

絞り出すような叫び。まるで魂を削るような声。隣のサイトの中年男性が驚いて立ち上がる。

「これは...これはラッキーだ!」石川が続ける。目が完全に泳いでいる。「肉が...肉がダメになったということは...その...ベジタリアンになれるチャンスってことじゃん!健康的!最高!あははははは!」笑い声が完全に壊れている。

「そ、そうだよ!」千葉も必死に続ける。両手を広げ、その手が震えている。「俺、前から野菜中心の生活したかったんだよね!これで強制的にできる!肉食べたくないなーって思ってたし!」完全に嘘だ。昨日焼肉食べ放題に行って、カルビを20皿食べていたのを富山は知っている。

「あんたたち...」富山が二人を見る。その目には同情と呆れが混ざっている。「無理しなくていいのよ...」

「無理してない!」石川が叫ぶ。目尻に涙が浮かんでいる。「これは...楽観だ!楽観なんだ!ほら、災難その二!『食材腐敗事件』!石川十点、千葉十点、富山ゼロ点!」

「私、何も言ってないんだけど!」

「さあ、気を取り直して!」石川が無理やり笑顔を作る。頬が引きつっている。「コーヒーでも淹れよう!この前、こだわりの珈琲豆買ったんだ!」

石川がリュックから取り出したのは、紙袋に入った珈琲豆。「産地直送の高級品だぜ!」と得意げに言いながら、ドリッパーにセットする。お湯を注ぐ。じわじわと茶色い液体が落ちていく。

香りが漂う。

三人が同時に顔をしかめる。

「...なんか、変な匂いじゃない?」富山が鼻を押さえる。

「そ、そんなことないよ!」石川が強がる。「これが本場の香りってやつだよ!」

カップに注いだコーヒーを、石川が恐る恐る口に運ぶ。

一口。

石川の表情が凍る。目が見開かれる。口が歪む。

「...どう?」千葉が期待を込めて聞く。

石川の顔が青くなる。額に脂汗が浮かぶ。口の中のコーヒーを飲み込むかどうか、明らかに逡巡している。五秒の沈黙。そして、ゴクリと飲み込む。

「う...うまい...」石川が震える声で言う。目が完全に死んでいる。「これは...最高の...コーヒーだ...」

「本当に?」千葉も一口飲む。

瞬間、千葉の顔が歪む。まるで罰ゲームを食らったかのような表情。口の中で何かが起きている。喉が上下に動く。必死に飲み込もうとしている。汗が噴き出す。

「...おいしい...ね...」千葉の声が震える。「なんか...土の味が...するね...」

「土じゃない!大地の恵みの味だ!」石川が叫ぶ。拳で地面を叩く。「これは...ラッキーだ!普通のコーヒーじゃ味わえない...独特の...風味が...」

富山が二人からカップを奪い取り、自分も一口飲む。

「ブッ!!」

富山が盛大に吹き出す。コーヒーが地面に散る。

「不味すぎるわよ、これ!!」富山が叫ぶ。「どこで買ったの、これ!?賞味期限切れてるんじゃないの!?っていうか、これ本当にコーヒー豆なの!?」

「産地直送の...」石川の声が小さくなる。「ネット通販で...買った...」

「返品しなさい!」富山がツッコむ。

「で、でも!」石川が必死に手帳を開く。手が震えている。「これは災難その三、『激マズ珈琲事件』!えーと...石川...五点...千葉...五点...」自信なさげに点数を書き込む。

「減ってるじゃない、点数!」富山が指摘する。

「うるさい!」石川が叫ぶ。目に涙が浮かんでいる。

その時、また強風が吹いた。

今度はさらに強い。まるで台風のような風。ゴオオオオという音を立てて、サイトを直撃する。

「うわあああ!」

千葉のテントが、ペグごと浮き上がる。

「嘘でしょ!?」富山が叫ぶ。

テントは風に乗って、まるで巨大な風船のように宙を舞う。そのまま十メートルほど飛ばされ、隣のサイトの大きな木にドカンとぶつかる。ビリビリという音を立てて、テントの布が裂ける。

「テントが!俺のテントが!!」千葉が悲鳴を上げる。

同時に、石川が設置していたテーブルの上の食器が次々と飛んでいく。お皿、コップ、フォーク、ナイフ。まるでポルターガイスト現象のように。ガシャン、ガシャンと音を立てて地面に散乱する。

「やばい、やばいやばい!」石川が慌てて荷物を押さえようとする。

でも、風はさらに強くなる。石川のリュックが転がる。中身が飛び出す。下着、靴下、歯ブラシ。全てが風に乗って散らばっていく。

「パンツが!俺のパンツが飛んでく!!」石川が叫ぶ。まるでコントのような光景。

富山のポールも倒れる。干していた洗濯物が全部吹き飛ぶ。タオル、Tシャツ、そして—

「きゃああ!私の下着!!」富山が真っ赤になって叫ぶ。

下着が風に乗って、隣のサイトへ。中年男性の顔の前を通過する。男性が硬直する。

五分後、風が収まる。

サイトは完全に壊滅状態。テントは破れ、荷物は散乱し、食器は割れ、衣類は泥だらけ。まるで竜巻が通過した後のような惨状。

三人が呆然と立ち尽くす。

石川の口が震える。拳を握りしめる。顔が真っ赤になる。額の血管が浮き出る。

「...ラッキ...」

「石川...」富山が心配そうに声をかける。

「ラッキイイイイイイ!!!!」

石川が絶叫する。まるで限界を超えたかのような叫び。空に向かって拳を振り上げる。

「これは!これはラッキーだ!!」石川が叫ぶ。涙がポロポロとこぼれ落ちている。でも笑顔を作ろうとしている。その表情が痛々しい。「テントが破れたということは...野宿のスキルが身につく!荷物が飛ばされたということは...持ち物を減らせる!ミニマリストだ!最高じゃねえか!!」完全に壊れている。

「そ、そうだよ!」千葉も続ける。顔が引きつっている。目が潤んでいる。「俺...前から野宿したかったんだ!星空の下で寝るって...ロマンチックじゃん!寒いけど!寒いけどさ!!」

「あんたたち...もういいのよ...」富山が優しく言う。

「いい訳ないだろおおお!!」石川が叫びかけて、慌てて口を押さえる。深呼吸。「い、いや...いいんだ...これはグレートなキャンプだ...災難その四、『強風荷物飛散事件』...石川...三点...千葉...三点...」どんどん点数が下がっている。

「もう無理しなくていいのよ...」富山が二人の肩に手を置く。

「無理してない!」二人が同時に叫ぶ。でもその目は完全に虚ろだ。

「よし、気を取り直して...昼飯にしよう...」石川が震える手で、残っていた食材を取り出す。「野菜は...まだ大丈夫だ...サラダを...」

包丁で野菜を切り始める。トマト、レタス、キュウリ。お皿に盛り付ける。ドレッシングをかける。

「よし、できた...」石川が疲れた笑顔を浮かべる。

三人がテーブル代わりのブルーシートの前に座る。フォークを手に取る。

その瞬間。

バサバサバサバサッ!!

上空から黒い影が急降下してくる。

カラスだ。

しかも一羽じゃない。五羽、いや十羽。カラスの大群。

「え?」

石川が反応する前に、カラスたちがサラダに襲いかかる。まるで訓練された軍隊のように。一羽がトマトを掴む。もう一羽がレタスを咥える。別の一羽がお皿ごと持っていこうとする。

「やめろ!やめろおお!!」石川が叫ぶ。手を振り回す。

でもカラスたちは逃げない。むしろ反撃してくる。石川の頭をクチバシでツンツンと突く。

「痛い!痛いって!!」

千葉も応戦しようとするが、カラスに囲まれる。フォークを振り回すが、カラスは華麗に避ける。そして千葉のポケットに入っていたお菓子まで持っていく。

「俺のポテトチップス!!」

富山は既に諦めて、遠くで見ている。その表情は「知ってた」という感じ。

三十秒の攻防。

カラスたちは、全ての食材を持ち去って飛び去った。まるで何事もなかったかのように。

サイトには何も残っていない。空のお皿だけ。

沈黙。

石川と千葉が、膝をついてうなだれる。その背中が震えている。

「...ラッキー...」石川が搾り出すように言う。「カラスに...餌をあげられた...ラッキー...」

「...野生動物と...交流できた...ラッキー...」千葉も続ける。

二人の声が完全に死んでいる。

「あんたたち...」富山が心配そうに見る。

石川が立ち上がる。よろよろと歩く。手帳を取り出す。手が震えている。

「災難その五...『カラス強奪事件』...石川...一点...千葉...一点...」

「もうやめよう、石川...」富山が言う。

「やめない!」石川が叫ぶ。目が血走っている。「これはグレートなキャンプなんだ!楽観的なんだ!俺たちは...俺たちは...」

その時、ポツリ。

額に何かが当たる。

ポツリ、ポツリ。

「...雨?」千葉が空を見上げる。

さっきまで晴れていた空が、いつの間にか真っ黒な雲に覆われている。

ポツリ、ポツリ、ポツポツポツ。

雨粒が増えていく。

「嘘...でしょ...」富山が呟く。

ザアアアアアアア!!

突然、バケツをひっくり返したような大雨。まるで滝のような雨。視界が真っ白になる。

「うわああああ!!」

三人が悲鳴を上げる。テントは破れているから避難できない。荷物を守ろうと必死に覆いかぶさる。

雨は容赦なく降り注ぐ。服がびしょ濡れになる。髪の毛から水が滴る。荷物も全部濡れる。

五分間の豪雨。

やがて、雨が止む。

三人が立ち上がる。全身びしょ濡れ。まるで川に飛び込んだかのような状態。髪の毛は頭に張り付き、服は体に密着している。

石川がガタガタと震えながら、手帳を取り出す。水でふやけた手帳。文字が滲んでいる。

「...災難その六...『突然の豪雨事件』...」

声が震える。ペンを持つ手が震える。

「...石川...ゼロ点...千葉...ゼロ点...」

書き終えた瞬間、石川がその場に座り込む。千葉も隣に座る。

二人が空を見上げる。その目には何の感情も浮かんでいない。完全に心が折れている。

「...寒い...」石川が呟く。

「...お腹空いた...」千葉が呟く。

富山がため息をつく。でもその表情は優しい。「ほら、私のテントに入りなさい。まだ無事だから」

二人が無言で立ち上がる。ゾンビのような動き。富山のテントに向かう。

その時。

ガサガサガサ!

茂みから音がする。

三人が振り返る。

茂みが大きく揺れる。何か大きなものが近づいてくる。ガサガサ、ガサガサ。

「...何?」富山が警戒する。

茂みから、黒い影が現れる。

大きい。

とても大きい。

猪だ。

それも、かなり大きな猪。体重は百キロを超えていそう。牙が光っている。目が三人を捉える。

「...嘘...」石川の顔が青ざめる。

「...イノシシ...」千葉が後ずさる。

猪が、ゆっくりと近づいてくる。フンフンと鼻を鳴らしている。

「に、逃げるわよ!」富山が叫ぶ。

三人が走り出す。猪も走り出す。

「うわあああああ!!」

サイトを駆け回る三人と猪。まるで追いかけっこ。石川が木の周りを回る。千葉がテーブルを飛び越える。富山が転びそうになる。

猪は執拗に追いかけてくる。その速さが予想外に速い。

「なんで追いかけてくるの!?」千葉が叫ぶ。

「知らないわよ!!」富山が叫び返す。

石川が転ぶ。猪が迫る。石川が地面を転がって避ける。猪が地面を掘り返す。

「助けて!誰か助けて!!」石川が悲鳴を上げる。

隣のサイトの中年男性が、遠くから眺めている。でも助けには来ない。ただ呆然と見ている。

五分間の死闘。

やがて、猪は満足したのか、ゆっくりと森の奥へ帰っていった。その背中は、どこか満足げに見える。

三人が地面に倒れ込む。息が上がっている。全身泥だらけ。服はボロボロ。髪の毛は乱れ放題。

「...生きてる...」石川が呟く。

「...なんとか...」千葉が呟く。

沈黙。

やがて、石川がゆっくりと起き上がる。手帳を取り出す。もう原型を留めていない手帳。

「...災難その七...『猪襲撃事件』...」

石川の手が止まる。ペンが震える。

点数を書こうとして、書けない。

「...石川...」

石川がゆっくりと顔を上げる。その目には涙が浮かんでいる。

「...マイナス百点...」

「え?」

「石川、マイナス百点。千葉、マイナス百点」

石川が手帳を閉じる。地面に座り込む。

「...もう無理...楽観的になれない...これは...災難すぎる...」

千葉も隣に座る。「...うん...俺も無理...お腹空いたし、寒いし、濡れてるし、テント壊れたし、猪に追いかけられたし...」

富山が二人の隣に座る。優しく二人の背中を叩く。

「よく頑張ったわよ、二人とも」

「...ごめん、富山...」石川が小さく謝る。「また変なキャンプ企画して...」

「いいのよ。いつものことだし」富山が笑う。「でも、次からはもう少しまともな企画にしてね」

「...うん...」

三人が並んで座る。夕日が沈みかけている。オレンジ色の光が、ボロボロのサイトを照らす。

「...なあ」石川が口を開く。

「ん?」

「このまま帰ろうか...」

「賛成」千葉が即答する。

「私も賛成」富山も即答する。

三人が立ち上がる。ボロボロの荷物を片付け始める。テントを畳む。破れた部分から水が滴る。食器を拾う。割れたものは袋に入れる。散乱した衣類を集める。泥だらけのパンツを拾う石川の表情が死んでいる。

三十分後、車に荷物を積み込む。全員無言。疲労困憊。もう何も言う気力がない。

石川が運転席に座る。エンジンをかける。

「...帰ろう」

「...うん」

車が動き出す。キャンプ場を後にする。その背中を、夕日が照らしている。

車内は沈黙。誰も何も話さない。ただ、窓の外の景色が流れていく。

十分ほど走ったところで、千葉が口を開く。

「...なあ」

「ん?」

「道の駅、寄ってかない?」

石川が千葉を見る。「道の駅?」

「うん...」千葉の目に少し光が戻る。「ソフトクリーム食べたい...今日、何も食べてないし...」

石川の表情が少し緩む。「...ソフトクリームか...」

「いいじゃない」富山も賛成する。「私も食べたい。甘いもの食べて、元気出しましょう」

石川が頷く。「...よし、じゃあ道の駅に寄ろう。この先五キロくらいのところにあるはずだ」

車内に少し活気が戻る。三人の表情が明るくなる。

「ソフトクリーム...」千葉が呟く。「バニラがいいな...いや、ミックスもいいな...」

「私はイチゴ味」富山が言う。

「俺は...でっかいやつ」石川が言う。「特盛りで頼む。今日は食べる権利がある」

「あるある!」千葉が同意する。「俺たち、めっちゃ頑張ったもん!」

車が道の駅に近づく。看板が見える。『道の駅 やすらぎの里』。

石川が駐車場に車を停める。三人が降りる。その足取りには希望がある。

「よし!」石川が拳を握る。「ソフトクリーム食べて、今日の災難を忘れよう!」

「おー!」千葉が応える。

三人が道の駅の入り口に向かう。歩きながら、すでにソフトクリームの味を想像している。甘くて、冷たくて、クリーミーで...

入り口に着く。

ドアの前に、紙が貼ってある。

三人が同時に足を止める。

紙には、こう書いてある。

『本日、臨時休業』

沈黙。

風が吹く。寒い風。

石川の目がゆっくりと見開かれる。口がパクパクと開く。

千葉の体が硬直する。固まる。石になる。

富山がため息をつく。「...また?」

石川の顔が真っ赤になる。拳を握りしめる。全身が震える。

「嘘だ...」石川が呟く。「嘘だ嘘だ嘘だ...」

千葉も震える。「臨時休業...なんで...なんで今日なんだよ...」

石川が紙に近づく。よく見る。『設備故障のため、本日は臨時休業させていただきます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません』。

「設備故障...」石川が呟く。

千葉も紙を見る。「明日から営業再開...って...」

二人が、ゆっくりと振り返る。

空を見上げる。

夕暮れの空。オレンジと紫が混ざった空。綺麗な空。

石川の目から涙が流れる。

「ふざけんなああああああああ!!!!」

石川が叫ぶ。魂の叫び。道の駅の駐車場に響き渡る叫び。

「なんでだよ!!」千葉も叫ぶ。「寝袋は濡れた!肉は腐った!コーヒーは不味い!荷物は飛んだ!雨に降られた!猪に追われた!カラスに食い物奪われた!それでも!それでも俺たち頑張ったじゃん!!楽観的だったじゃん!!なのに!なのになんで!!」

石川が地面に膝をつく。拳で地面を叩く。

「ソフトクリーム...ソフトクリーム...」

千葉も隣に膝をつく。「食べたかった...バニラ...ミックス...」

二人が項垂れる。その背中が小刻みに震えている。

富山が二人を見る。やれやれ、という表情。でもその目は優しい。

「ほら、二人とも」富山が声をかける。「立ちなさい」

「...無理...」石川が呟く。「もう立てない...心が折れた...完全に折れた...」

「楽観的になれって言うの?」千葉も呟く。「もう無理だよ...これは...これは楽観できないよ...」

富山がため息をつく。そして、二人の前にしゃがむ。

「ねえ、二人とも」

富山が優しく言う。

「今日、確かに散々だったわね。もう最悪。史上最悪のキャンプだったと思う」

石川と千葉が顔を上げる。

「でもね」富山が続ける。「私たち、生きてるじゃない。怪我もしてない。猪に襲われたけど、無事だった。それって、すごいことよ」

「...富山...」

「それに」富山が笑う。「めちゃくちゃ笑える思い出になったじゃない。こんなに災難が重なるなんて、逆にすごいわよ。宝くじ当たるくらいの確率じゃない?」

石川が少し笑う。涙を拭く。

「...確かに...すごい確率だったな...」

千葉も笑う。「俺たち...ある意味レアな体験したよね...」

「そうよ」富山が二人の肩を叩く。「だから、これも楽観的に考えましょう。ソフトクリームは食べられなかったけど、家に帰ってアイス食べればいいじゃない。お風呂入って、温かいご飯食べて、布団で寝る。最高じゃない」

石川がゆっくりと立ち上がる。千葉も立ち上がる。

「...そうだな」石川が言う。「家に帰れば...全部ある...」

「温かいお風呂...」千葉が呟く。

「美味しいご飯...」石川が続ける。

「ふかふかの布団...」千葉が目を輝かせる。

二人の表情が明るくなる。

「よし!」石川が拳を握る。「帰ろう!帰って、最高の夜にしよう!」

「おー!」千葉が応える。

富山が微笑む。「そうこなくちゃ」

三人が車に戻る。その足取りには、希望が戻っている。

石川がエンジンをかける。

「なあ、石川」千葉が言う。

「ん?」

「次のキャンプは...普通のやつにしようぜ」

石川が笑う。「...考えとく」

「考えとくって!」富山がツッコむ。「絶対また変なこと考えるでしょ!」

「大丈夫だって!」石川が言う。「次は...そうだな...『全部逆さまでキャンプ』とか...」

「ダメ!!」富山と千葉が同時に叫ぶ。

車内に笑い声が響く。

車が道の駅を後にする。夕日を背に、家路へと向かう。

ボロボロの三人。散々な一日。でも、笑顔。

これが、石川たちのグレートなキャンプ。

災難だらけだけど、最後には笑える。

そんなキャンプ。

車の中で、石川が手帳を開く。最後のページに、こう書く。

『キャンプ195回目。テーマ:楽観的な災難キャンプ。結果:大失敗。でも、最高に笑った。次回に期待』

千葉が覗き込む。「次回に期待って...まだやる気なの?」

「当然!」石川が笑う。「だって、俺たちのキャンプはグレートなんだぜ!」

「グレートって言うか、グダグダだけどね...」富山がボソッと言う。

「それもグレートのうち!」石川が主張する。

車は夜道を走る。ヘッドライトが道を照らす。

そして、三人は家へと帰っていった。

ボロボロだけど、幸せそうに。

次の日。

石川の部屋。

石川がスマホを見ている。キャンプ用品のサイトを眺めている。

「次のキャンプは...どうしようかな...」

画面には『テント内で火鍋パーティーセット』の文字。

石川の目が輝く。

「これだ!!」

隣の部屋から、富山の叫び声が聞こえてくる。

「やめなさい!!絶対ダメ!!」

こうして、石川たちのグレートなキャンプは続いていく。

災難だらけでも、いつも笑顔で。

それが、俺たちのキャンプ。

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『俺達のグレートなキャンプ195 どんな災難でも楽観的にしよう』 海山純平 @umiyama117

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