両刃の剣

藤泉都理

両刃の剣




 剣舞。

 吟詠に合わせて刀や扇を持って舞う舞踊。

 古武道の型を尊重した動きに特徴があり、刀の差し方(帯刀)や斬り方、構え方といった基本動作に剣術や居合術などの刀法、礼法に影響を受けている。

 演舞者には、武人の心構えや武士道の精神、気迫、格調を備えていることが求められ、題材となる詩の心を理解し、武道の型を芸術的に昇華したところに剣舞の魅力がある。


 詩舞。

 吟詠を伴奏に舞う舞踊をいい、主に扇を持って舞うところが剣舞と異なる。

 吟詠の詩は漢詩だけではなく、和歌や新体詩なども幅広く用いられる。

 「詩を聞かせ、そして舞う」といわれ、吟と舞が一体となった演出が見どころ。

 演技者は詩の心をつかみ、その詩の世界をある時は具体的に、ある時は抽象的に、緩急自在に表現する。








 国内の柑橘系で唯一の野生種とされており、また、古くから日本に自生していた常緑の木である橘。

 冬でも葉が青々として眩い黄色の実をつけるその橘の前で、焚き木に囲われながら、十五歳の人間が逆三角形の形を取って、座を正して頭を下げていた。

 少女の名ははな、二人の内の一人の少年の名前はゆき。この二人は双子で、花が姉で雪が弟であった。

 二人の内のもう一人の少年の名前は、あらし。花と雪の幼馴染であった。

 花、雪、嵐。

 三人共に、純白の着物と袴で身を浄めていた。

 これより眠りに就く山の神へ剣詩舞を捧げるのだ。

 具体的には、花は剣を用いた剣舞を、雪は扇を用いた詩舞を、嵐は吟詠を捧げるのである。




 十五歳を迎える年の少年少女は山の神へ剣詩舞を捧げなければならないという、小さな村の通過儀礼であった。

 たったの三人。

 この村にはもう十五歳以下の子どもは、花と雪と嵐の三人しか居らず、三人共に村を出て、市内の高校への進学が決まっていたが、その後はどうするかは分からなかった。

 このまま市内の大学に進学するのか、はたまた県外の大学に進学するのか、大学に進学せず村に帰って来て廃村を阻止するために尽力するのか、大学に進学してのち村のために尽力するのか。

 花も雪も嵐もとりあえず高校に行かないと分からないと笑い合って言った。

 花と雪の両親も嵐の両親も、好きなように生きなさいと真剣な表情で言った。

 自分たちはこのまま村で農業をして生きていく。この村で死んでいく。けれど、その生き方を強要するつもりは毛頭ない。

 どのような生き方を選んでも、自分たちは応援する。

 ただし、これだけは覚えておいてほしい。

 己の存在は諸刃の剣と心得よ。

 己も己以外も己自身の扱いを誤れば、容易に傷ついてしまう、傷つけてしまう。ゆえに慎重に見極めて言動に移すこと。





 ふろうふしのみ、ときじくのかくのこのみ。

 ふゆでもはがあおあおとしている。

 ふゆでもまばゆいみをなしている。

 かれることをしらないとわのしょうちょう。

 やまをまもりつづけるあなたに、われらはささげつづけましょう。

 あなたにまもられつづけるやまに、われらはささげつづけましょう。

 わらうやまへ、

 したたるやまへ、

 よそおうやまへ、

 ねむるやまへ、

 いとなみをささげてくれるやまへ、

 われらもささげつづけましょう。

 とわに、

 とわに、

 とわに。


 嵐が村に古より伝わる橘と山の詩を独特の節をつけて歌い続ける。

 花は嵐の吟詠に合わせて村に古より伝わる型を正確に、時に剣の鞘を、時に剣の刃を慎重に掴んで舞い続ける。

 雪は嵐の吟詠の世界観を伝えることを第一に考えながらも、己の思うがまま、時に扇の要を、時に扇の天を抓んで舞い続ける。


 チラチラ、チラチラと。

 小米雪が舞い始める中。

 小石や枯れ葉、木の枝が落ちている地面の上を裸足で舞い続ける花と雪はしかし、無心で舞い続けた。

 嵐に操られていると言っては聞こえは悪いが、そうとしか言いようがなかった。

 心も身体も嵐の吟詠に動かされている摩訶不思議な感覚。

 安らぎながらも恐ろしくもあった。


 一方の嵐はただただ山へと吟詠を、心身を捧げ続けていた。

 否、捧げ続けるだけではない。

 侵し続けてもいた。

 安らぎも恐ろしさも与える山へと、己の身体を埋めては分解者により山の一部に還るような感覚もあれば、一振りの剣を大きく振り回しながら分け入っているような感覚へと陥っていたのだ。


 きがつけば、

 きがつけば、音が止んでいた。

 嵐の吟詠だけではない。寒風によりざわめく木々の音も、爆ぜる焚き木の音も、名も知れぬ鳥の鳴き声も、花が剣を勢いよく振る音も、雪の扇を勢いよく開いたり閉じたりする音も。荒い呼吸音も。すべてがすべて。止まった。

 刹那の間のことなのか、十数分のことなのか、花にも雪にも嵐にも分からなかった。


 きがつけば、

 きがつけば、花は鞘に納めた剣を台座に置き、雪は畳んだ扇を台座に置き、嵐は台座に座り。

 きがつけば、花と雪は台座に座る嵐を中心に据えて強く強く抱きしめていた。涙を溢していた。許容範囲を遥かに超えていた。何の許容範囲かはさっぱり分からなかった。感情か生命か言葉にできない何かか。


 ただ、


 ただ何かが決定的に変わったような気がした。

 最初は声を殺して泣いていたが、一羽の烏が鳴いた事を皮切りに、三人は大声を吐き出しながら泣いた。泣き続けた。胸が、押し潰れそうだった。

 怖かった恐かった強かった誇らしかった。

 逃げ出さずここまで来られた己がひどく、いとおしかった。己をひどく褒め称えたかった。己がひどく恐ろしかった。恐ろしさを共有したかった。独りではないと認識したかった。安心したかった。安堵したかった。二人が居てよかったと心底。三人でよかったと心底。




 村を出るにしても戻るにしても、絶対に、この通過儀礼は忘れなかった。忘れようがなかった。




 骨身に沁みたのだ。

 何故か、ひどく、

 己は両刃の剣だと。











(2025.12.4)




(剣舞と詩舞の参考文献 : 「公益財団法人 日本吟詩舞振興会」のHPより)

(橘の参考文献 : 『日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-(東方出版)』の「小雪 末候 橘始めて黄なり」)



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両刃の剣 藤泉都理 @fujitori

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