健康的なファッション
貴殿之セイジャ
健康的なファッション
ラップトップのディスプレイに美容外科のコマーシャルが差し込まれると、田崎はそれを横目に静かに珈琲豆を挽いた。本店の待合室で煌びやかな装飾が施された義手をカメラに見せつける女性や、如何に足切断が容易であったかを街灯下で語る若い男の姿が次々と映像の中に割り込まれ、人体切断を促す某美容専門学校講師のコメントと美容外科のインターネット公式ユーザー名が貼り付けられたカードがラストに差し込まれると三分きっかりで映像は終わり、画面の光が急にプツンと切れたかと思えば、画面いっぱいにエヌエヌ社のロゴが表示された。田崎はティーカップに珈琲を注いでコマーシャルが終わったことを認識すると、再び手元の領収証の束とラップトップのディスプレイを見比べ、作成した書類を自宅のプリンターで印刷し黄銅色の封筒に差し入れると、外出用の義足に履き替えて玄関の扉を開けた。
田崎は横断歩道でピタッと止まり、右と左を交互に吟味した。一息ついて左右からの車両が無いことを確認すると、その瞬間に田崎は自身の右半身に強風が駆けていくのを感じた。ふと正面を見ると、左足に義足をつけた女性が横断歩道を軽やかなステップで走り抜けているではないか。田崎は自分の義足にもあれほどのステップを踏むことができる機能があることは知っていたが、あの時の交通事故の影響で身体が自然に道路前で静止してしまう自分の本能を細やかに恨んだ。
郵便局を出ると、中年を中心としたスピーカーやマイクを一式装備した集団が正面を陣取っていることに田崎は気づいた。
「そこのあなた!実際に事故で身体を失って幻肢痛に苦しめられた人の気持ちを知っているの?実際にファッションとしての義手や義足を見て不快になる人の気持ちは!?」
点字ブロックの交差部分を軒並み占拠して演説をする五体満足の活動家は田崎の義足を指差して言った。田崎は入院中のリハビリでの幻肢痛のことを思い出し口元を歪ませたが、それよりも申告書類だ、と、虚構から現実に帰宅した。
田崎が帰宅するとラップトップのディスプレイに再び美容外科のコマーシャルが差し込まれた。エヌエヌ社の月々二千円のレンタルラップトップはグリニッジ時間を基準として一日に二度、強制的にスポンサーのコマーシャルが差し込まれる仕様となっているのだ。
本店の待合室でカウンセリングを受ける女性の映像と共に施術を受ける前と後の比較画像や、街頭で顔面整形の手術が如何に簡単であったかというのを語る中年女性の映像が次々と割り込まれた。
何か見覚えがあるなぁ、と感じて記憶を遡ってみると、それは昼間に演説をしていた反切断主義の活動家であると気づいた。
確定申告もブームになってくれないかなぁ、と、田崎は思った。
おわり。
健康的なファッション 貴殿之セイジャ @Seija_Kidenno
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