第4話 冒険者の初仕事
ガーラントという冒険者は腕にいくつも傷をつけていた。まるでその傷を勲章だと思って見せびらかしているようだ。
オーガが出る場所に向かうまで、ガーラントは簡単な昔話をしてくれた。
元々、商家の奉公人をやっていたこと、商家の娘さんと恋に落ちて、子供ができてしまったこと。
「あいつはずっと俺を守ってくれようとしたんだけどな、奉公人じゃどうにもならねえ。子供は産んでいいって話にはなったが、俺は追放だ。町にも入ってくるなって言われたよ。それで冒険者をやることになった」
「恋愛がらみじゃないけど、俺も少し近いな。王都にいづらくなった。この二年はまっとうにやってたんだけど、昔、ろくでもない奴とつるんでてさ、やってもない罪をいくつもなすりつけられそうになった」
「今のお前が真面目なのはわかるぜ。裏切られたことのある顔だ。ずっと悪事を続けて、それで追われてるって顔じゃねえ」
「まあ、全部ウソかもしれないけどな」
「それでいいぜ。冒険者の言葉ってのは、話半分に信じるもんだ。オレの話も全部ウソかもしれねえしな」
仮にガーラントの過去が極悪人としても、今のこいつは謎の新人冒険者の安否を気遣ってくれている善人だ。だったら、今しか知らない俺はそれでいい。
◇
到着したのは地元民の畑が終わり、ちょうど山に差し掛かる境目あたりの場所だった。
「このへんにオーガが出てくるんだ。たいてい三匹でやってくるな」
「もっと深い山中だと思ったんだけど、これ、村でも襲いそうな場所だな」
「だから、村から討伐の依頼が来てるんだよ。畑仕事中に襲われたら農民に勝ち目はないからな」
俺はガーラントからオーガについての説明を受けた。
「オーガっていうのは、オークより一回りは大きい。知能はゴブリン程度だが、なにせ腕力が強いからな。棍棒を振り回されるだけでも、そのへんの人間が束になっても止められねえよ」
「そうか、存在はもちろん知ってたんだが、王都にはそんなの出てこなかったからな」
「そりゃ、そうだろ。オーガもオークもゴブリンも王都の中に隠れ潜む場所なんてねえんだからよ」
というより、乙女ゲーの中に醜悪な魔物とか出てきたら話が壊れるからな。まだイケメンの魔導士が悪魔を召喚するとかであればいいが、ゴブリンの群れが出てきたら、世界観が崩壊する。
しかし、こういう魔物もいるのに、ゲーム中ではさもそんなもの存在しない世界のように見せてたんだな……。ゲームに文句言ってもしょうがないけど、上流階級の恋愛しか存在しないような世界の見せ方っていうのはどうなんだと思うぞ。
「基本、俺が魔法で仕留める。ガーラントはそこに待機してくれてればいい」
「そのつもりだけど、絶対に無茶はするなよ。とくに戦闘未経験の奴は足が固まっちまって、動けなくなっちまう。そうなると実力なんて関係ねえ。一秒遅れたらオーガに頭蓋骨を叩き壊されて終わりだ」
「ああ、気をつける」
「といっても、実戦をやらないと慣れようもねえけどな。とにかくヤバくなったら、すぐ逃げるぞ」
たしかにガーラントの言う通りで、緊張しないようにしましょうという忠告を受けても、緊張する奴はする。
ただ、気は楽だった。学院で名前も知らない奴から睨まれたりするのと比べれば、オーガとの単純な命のやりとりだ。勝ち負けも含めて実にわかりやすいじゃないか。
山のほうから葉がこすれる音がした。
来たか。
「おい、来るぞ。セシル、魔法陣描いたりとか、詠唱したりとかはしなくていいのか?」
「それはいい」
俺は精神を集中させる。
長い間、練習してきたからな。きっと上手くいくはずだ。
オーガたちが姿を見せる。
その直後、俺は頭の中に氷柱の形と、氷雪魔法の長い本文を思い浮かべ――
「はぁっっっっっ!」
手を前に突き出した。
氷柱がオーガ一体の心臓に突き刺さる。
そのオーガが力なく倒れる。よし、タイミングは完璧だ!
だが、厄介なのはほかのオーガ二体はそれで怯みすらしなかったことだ。少しは時間を稼げると思っていたのだが、そんな余裕も与えてくれないらしい。
俺はすぐに同じように氷柱の形と詠唱の本文を思い浮かべる。
大丈夫、やれる。一回目は成功したのだ。二回目はもっと容易だ。
そして俺はオーガが棍棒を振り降ろす前に、その眼球を貫いて脳に達する氷柱をぶち込む。
「グガァァァァ!」
断末魔の声を上げて、二体目のオーガも沈む。よし、あと一体。
俺はわざと背中を向けて、走り出す。オーガは反射に追いかけてくる。ここは逃げるべきだと判断する前に足が出てしまったらしい。
この時間があれば十分だ。
「これで終わりだっ!」
俺はオーガの心臓付近に氷柱を数発撃ち込んだ。
オーガは声も発せずに倒れていった。
「よし、どうにかなったな。まあ、課題も多いけど」
とくに大きいのが放浪の旅の途中だからか、魔導士的なローブもなければ、杖も持ってないことだ。ローブは見た目の問題だからどうでもいいのだが、杖はあったほうがよかった。あれば、オーガとの戦闘も絶対にもっと安全に行えた。丸腰は無理がある……。
でも、なにはともあれ、勝ちは勝ち、成功は成功だ。
「おおお! すげえじゃねえか! いきなりオーガを仕留めちまったよ!」
ガーラントに痛いぐらい背中を叩かれた。
「俺も練習してきた甲斐があったよ」
冒険者最初の仕事は無事に達成できた。目の前の人間にこうやって褒められるって想像以上にうれしいもんだな。
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