凌辱しか書けないエロ小説家だが、金髪セレブ留学生が取材協力と称してプレイを提案してくる
のらふくろう
プロローグ キャンパスの秘め事
5月13日、午後2時12分。
「……ッ、……ッ、……ァ……」
小さな四角い空間に秘めやかな息遣いが響いていた。誰もいない女子トイレの一番奥、清掃の行き届いた個室で甘く掠れた吐息を漏らしているのは、清楚という言葉がぴったりの十九歳の女子大生だった。
今にもこぼれ出しそうな喘ぎ声を押し殺すたび、サラサラの金髪が揺れる。白磁の頬は若い血潮でピンクに染まっている。桜貝のような可憐な唇が噛み締められるたび、白いブラウスに包まれた膨らみが上下する。ワインレッドの巻きスカートに覆われた腰が時折よじれるのが艶めかしい。
(はやく静まって。ここは神聖な学び舎なのよ……)
この春来日したばかりの金髪留学生は身体の内側から湧き上がる衝動を鎮めるために必死だった。
紫がかった青い瞳が救いを求めるように左手の先を見る。カバーの外された紫紺の文庫本を白魚のような指が捲る。潤んだ瞳に文字列が吸い込まれる。
蜜壺、剛直、花肉、菊門……
日本に嫁いだ叔母により五歳ごろから手ほどきを受け、ネイティブ同然に日本語を使いこなす彼女にとって、日常でまず遭遇することのない隠語も理解の範囲だ。
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『くっくっくっ。誇り高いエルフの姫君ともあろうものが無様なものだな。さっきまで民のためと言っていたのに儂様の逸物にもう降参か』
『ちがいます。こんなの痛いだけです。……アアっ、そんなに突きあげてはダメェ!』
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おぞましい文字列が、脳内で鮮明なシーンを結ぶ。
白いドレスを引き裂かれたエルフの姫君が、彼女の国の象徴である大樹に両手を付かされた姿勢で、オークの巨体に責め苛まれている。嬲るような言葉に必死に抗おうとする可憐な姫だが、圧倒的な力の前に為すすべなくその身を揺らされていた。
裂けたドレスがまとわりつく白い太もも、下生えに朱の滴りが散る描写はあまりに悲劇的だ。
(ああ……なんてひどいことを。女性をこんなふうに無理矢理辱めるなんて最低です)
いくら
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『おいおいエレオノーラ、その長い耳の震えはどうした。そんなにいいのか。ガハハハッ』
『ウソです。そんなはずない。私は、私はこんなことで感じたり……アンッ♡』
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一文毎にお臍の奥を突きあげられるような刺激が走る。無機質なテキストは想像力を掻き立て、刺激が脳から五感に逆流する。
故郷の森で、自分が蹂躙されているような錯覚すら覚えさせられる。
「……ッ! ダ、ダメ……なのに……」
充血した耳がはしたなく震えるのがわかってしまう。白人美少女は唇をかみしめ、必死で甘い吐息を殺す。
講義室では三限目が行われ、学友たちは真面目に学んでいるだろう。なのに自分はこんなところで、恥ずかしさに胸が締め付けられる。
だが今の彼女にとって罪悪感は理性を溶かす毒だ。
潤んだラベンダーの瞳の先で、ついにシーンはクライマックスを迎える。彼女と同じ金髪の、彼女とは異なるルビーの瞳の姫君は、おぞましい怪物から決定的な辱めを……。
「……ッ!!!」
白い壁に影が揺れた。かろうじて堪えた嬌声が熱い吐息として吐き出された。
(よかった。完全に鎮まっているわ……)
息を整えた後、エレナは取り出した鏡で顔を確認した。さっきまで震えていた耳は元通りになっている。余韻でわずかに赤らんだ頬以外、いつもの自分の姿だ。
(こんな昼間から私はなんてはしたないことを)
安堵と同時に羞恥心と罪悪感が襲ってくる。昨夜は時差のある母国との打ち合わせのため《対処》を怠ったが、だからと言ってこれはあまりに情けない。
(しかもこんな、こんな下劣なコンテンツで興奮するなんて)
閉じた本を恨めしげに見た。『オークの極太杭に貫かれる森の姫君』というタイトルの小説だ。
国を思う気高い王女を乱暴な侵略者に凌辱させる。男の劣情を露骨に肯定するような許しがたい内容。世界に受け入れられている日本のアニメやゲーム、彼女の視察対象とは全く違う。
直接目にしたのは初めてだが、いわゆる『HENTAI』という物だろう。それが今の自分の行為につながるようで、やりきれない。
もちろんこのおぞましい本は彼女の持ち物ではない。
彼女がこの本を手にしたのは偶然だった。二限目の講義が終わった後、調べ物のために図書館で過ごしたエレナは、キャンパスのカフェテラスで遅いランチを取った。
向かいの椅子に忘れ物があるのに気が付いたのは、席を立つ直前だった。本にはいくつもの付箋が付けられていて、熱心な学生が教科書を忘れたのだと彼女は思った。
遺失物としてスタッフに届けようとしたのだが、向かう途中にこれまでになく強い発作に襲われてしまった。逃げ込むようにトイレに入った彼女は、開いた本の中を見てしまった。それはエルフをモチーフにしたらしき姫君が、緑色の巨体に組み伏せられているイラストだった。
その先の自分の行動を思い出し、エレナの頬が改めて羞恥に染まった。よりによってこんなコンテンツで、これまでにない深い……を味わってしまった。
これまでにない強い発情にもかかわらず、こんな短時間で対処できたのは意外だった。これではまるで自分の中に…………。
(そんなはずない。あまりに酷い内容だったからショックを受けてしまっただけ。そもそもこんなものを学び舎に持ってくるなんて)
薄紫の瞳で本を睨みつけるが、直ぐに目を伏せた。
(……人のことを言えたものではないわね。ある意味これに助けられたとも言えるのに)
来日するまで自慰の経験すらなかったエレナにとって、一月前から始まり日々強まっていくこの衝動は恐怖だ。初めての発情期はその強さによってはコントロールが難しいということは母親から聞いていたが、甘く見ていた。
母との約束で、もし自分でコントロールできなければ帰国しなければならない。
もしそんなことになれば、彼女の目的は永遠に失われる。何とか対処するしかない。そういう意味で、これは有用とすらいえる。
(そういえば私、他人の所有物でなんということを)
ウエットティッシュで清めた右手でページをめくる。汗染みなどが残っていないことにほっとする。
内容を知った以上、スタッフに届けるのははばかられた。黙って元の場所に戻すべきだろうか。
(そういえばこの付箋は?)
エレナは改めて本を確認する。よく見ると付箋が付けられたページにはいくつもの書き込みがあった。
『次の企画はヒロインのモノローグのトーンをもっと上げる』
『竿役の残虐性は単純化していい』
『韮崎さんとの打ち合わせで要確認』
技術的で冷静な書き込みは、このコンテンツの性質を考えるとあまりに場違いだった。これではまるで……。
「もしかしてこの本の持ち主は……」
エレナは本をバッグに仕舞うとカフェテラスに引き返すことを決めた。
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