プリン容器と、それに付帯する

砂東 塩

プリン容器と、それに付帯する

 サボテンの自律的活動を初めて観測したのは、クリスマスの一週間ほど前のことだった。誕生日プレゼントとしてもらった多肉植物の寄せ植えだったが、うっかりすると一ヶ月水やりを忘れてしまうズボラな主人の元でひとつふたつと枯れていき、唯一生き残ったのがこのサボテン。


 種類はわからない。肉厚で、小さな耳のついたダルマっぽい形になっている。最初はただの玉だった。スカスカになった鉢にサボテンひとつというのも間抜けで、菓子屋のプリン容器に植え替えたのはまだ日中三十度近い十月の下旬。


 自らの手で植え替えて愛着が湧いたのかもしれない。コップ一杯の水を枕元に置いて、夜中に目を覚ました時に飲む習慣があるのだが、たまに飲み残した朝、サボテンにやるようになった。水のやり過ぎは枯れるというから、週に一回、もしくは十日に一回くらい。


 サボテンは出窓に置いているため、夕方ロールカーテンを下ろすと見えなくなる。部屋の中にいる人間には夜中サボテンが何をしているのかはわからない。


 もしかしたら、サボテンはずっと前から自律的活動をしていたのかもしれない。寄せ植えされていた花びらみたいな多肉植物が枯れたのも、いやに攻撃的な長い棘を持った扁平な隣のサボテンが茶色く固くなったのも、サボテンの夜間活動が原因だったかもしれない。


 そんな可能性を念頭に置きながら、サボテンの夜間活動調査を遡って行うことはしなかった。調査を行うには目撃者を探し出さねばならず、もし目撃者を見つけられたとして、「あなたの家の出窓にいるサボテンは満月の夜に左右のポッチを揺らして月光浴をしていました」と証言でもされようものなら、引っ越しを考えなければならなくなる。怖いのはサボテンではなく人の家を覗き見る人間だ。


 心の安寧のため、サボテンは昼行性だと思い込むことにした。自律的活動を始めて以降、様子をうかがっていると、日が暮れると根を引っかけよじ登りプリン容器に戻る。だから、やはり昼行性なのだ。


 サボテンが動くことに気づいたその日、プリン容器はテーブルの上にあった。出窓は寒いから、冬場は温かいところに置いたほうがいいと知人のアドバイスを受けて置き場所を変更した当日のことだ。ノートパソコンの奥で、サボテンがダルマの形の体を左右に揺らし、のけぞった。自ら根っこを引っこ抜き、プルプル震わせて土を払うと、容器の端に腰掛けてこっちを見た――ような気がした。


 驚きはなかった。年末の忙しさで脳が麻痺していたのかもしれない。


 ひとまず、ミラーテスト(鏡像自己認知テスト)をしてみることにした。手鏡をサボテンの前にかざす。サボテンはプリン容器の縁に腰掛けたまま、ヒマワリが太陽を追うように、こちらの挙動を注視しているようだった。温度感知なのか、それともコウモリのように超音波でも発しているのか。


 鏡への反応がまったくないことに少々落胆しつつ、試しに修正液でマークをつけることにした。頭の両側についた丸い耳のようなポッチの片側に白い液を垂らす。すると、サボテンは身を乗り出すように鏡に体を近づけ、印のついたポッチを鏡面に擦り付けた。乾ききっていない白い液でバツ印を描く。どうやら、修正液で汚されたことが不満だったらしい。


 霧吹きで水をかけてティッシュで修正液を拭き取ってやると、サボテンは満足したらしくプリン容器の中央に戻って土中に根を埋めた。そのあとは触っても息を吹きかけても、普通のサボテンのように身動ぎしなかった。


 サボテンが寝ている間に、「植物」「ミラーテスト」で検索したが、めぼしい情報はなかった。ミラーテストに成功した動物にはチンパンジー、イルカ、ゾウ、カササギなどがあるが、植物でミラーテストに合格したのはうちのサボテンが初めてだろう。


 さほど不思議ではなかった。あの猛暑をわずかな水で生き延び、おそらく同鉢に植わっていた多肉植物の水分さえ奪い、過酷な生存競争を勝ち抜いたのだ。


 翌日、再び土から根っこを引き抜いたサボテンは、プリン容器の外に出てテーブルの上を散策した。根っこで歩くことはできないらしく、倒れたダルマをひ弱に見える根で押すような、匍匐前進を思わせる動きだった。


 サボテンが通った跡にはわずかな土が残ってザラつく。拭こうとすると不満げに頭をもたげるため、掃除はサボテンが寝てからすることにした。代わりにサボテンの散歩風景を撮影し、ネットで公開した。予想通りフィクションだと思われたが、「サボテンの躍り食いができる」というコメントが付いて、サボテンが食べれることを知った。


 さらに翌日、サボテンはノートパソコンの縁にもたれかかってモニターを眺めた。検索履歴に「サボテン 食べ方」「サボテン レシピ」と表示され妙に気まずい気分になったが、自己認識できても文字が読めるわけではない。だが、サボテンはキーボードを横断し、【X】のキーの上で体を揺らした。


『っっっっっっっっっっっっっっx』


 かな入力に設定しているため延々と小さい『っ』が打ち込まれていく。ちょうど日が暮れて力尽き、棘をつまんでプリン容器に戻そうとしたが、サボテンは食われると思ったのか棘という棘をピンと張った。仕方なく、テーブルの縁にプリン容器をつけて棘ダルマをペン先で転がす。サボテンは途中から自ら転がり、容器の中へとダイブした。


 クリスマス・イヴ、百均でウチワサボテンを買った。サボテンに見つからないようキッチンに隠し、夜中にサボテンとお揃いのプリン容器に植え替え、テーブルの上のサボテンの隣に置いた。誰かのために、夜中にクリスマスプレゼントを置くのは初めてのことだった。


 クリスマスの朝目覚めたサボテンは、ウチワサボテンを見つけるとさっそく隣のプリン容器に移動した。棘が刺さらないようわずかに距離をあけ、舐め回すようにジロジロと観察する。ウチワサボテンは自律的活動ができないのか、はたまたできないフリなのか、ピクリとも動くことはなかった。


 サボテンの様子に満足し、忘年会に出掛け、戻ってきた時にはウチワサボテンだけになっていた。サボテンが移動したらしい場所に土がかすかに残っていたが、トイレの前までだった。トイレの扉の下には隙間があるし、トイレの中の小窓はわずかに開いている。そこから逃げた可能性はある。しかし、床から小窓まで一メートル以上。窓の外をうかがったが、サボテンらしい姿は見えなかった。


 言いようもない喪失感を覚え、リビングに戻った。すると、ウチワサボテンが勝ち誇ったようにこちらを見た――ように見えた。その瞬間、衝動的に土から引っこ抜いた。ブックマークしていたレシピで、ガーリック炒めにして食べた。年が明けても、サボテンが部屋に戻って来ることはなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プリン容器と、それに付帯する 砂東 塩 @hakusekirei89

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画