隣の席の宮兎が、おれの推しとか聞いてへん!

てとら

プロローグ

「以上、『アキ』でした。今日もありがとうなぁー!」

BeL《最高だった! 次の配信も楽しみ》

兎 《アキ大好きや!》

 おれはコメント欄を眺めながら、配信を切った。

 とたんに、部屋に静寂が落ちる。

 モニターには、おれのもう一つの名前――ゲーム実況者『アキ』の管理画面が映っていた。

 おれの本名は秋矢晶斗あきや あきと

 春から高校一年生。

 学校では目立たず、友達も多くない。

 でも、ネットの中では少しだけ違う。

 京都弁でのゲーム配信がじわじわ伸びて、気づけば登録者は六〇万人を超えていた。

 でも、おれは誰とも繋がらないって決めてる。

 事務所にも入らないし、コラボもしない。

 一人で、やっていく。あの日のトラウマを、忘れないためにも。

 ベッドに寝転んで、スマホを開く。

 そこに映るのは、登録者一〇〇万人の配信者、“ミヤ”。

 おれの人生最大の推しだ。

 明るくて、面白くて、声を聞くだけで心がほぐれる。

 もしかしたら、親の声より聞いているかもしれない。

 それくらい、おれにとって大事な存在だ。

 おれが実況を続けられたのは、ミヤの言葉に救われたから。

『毎日お疲れさん。いつか振り返ったとき、ちゃんと前に進めてるからな、無理せんでええよ。ちゃんと頑張ってるの、見てるからな。ずっと、覚えてるで』

 その言葉に、おれは声を上げて泣いた。

 いま、第一希望の高校に合格して、配信者をつづけられているのは、全部、ミヤのおかげなんだ。

「いつか、会えたらな」

 叶わないってわかってる。向こうは、星のように遠い人だ。

 ただの高校生であるおれとは、住む世界が違う。そう、思ってた。


 このときのおれは、まだ知らなかった。

“推し”との距離が、たった数十センチになる未来を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る