第10話 宿を探そう
腹に心地よい重みを感じて一息ついていると、今度は軽い眠気が襲ってきてしまった……
それも当然か。
普段であれば、とっくに寝ている時間帯だしなぁ……
いや、軽くアルコールが入った所為か……?
食後に普通のエールの方も飲んでみたくなり、もう一杯飲んでしまったのが、いけなかったのかもしれない。
どちらにしろ、魔力が減っている事による疲れもあるだろうし、今日一日で色々な事があったし、そろそろ休みたい気分だ。
この世界では成人年齢とはいえ、まだ成長期の15歳の体なんだから睡眠は大事だし。
そんな事を考え、そろそろ店を出ようかと、エールの最後の一口を飲んでると。
「よう、あんちゃん。若けぇのに、いい飲みっぷりだな」
「……え? あ、どうも?」
近くに座っていた、厳つい顔の無精ひげのおっちゃんに話しかけられてしまった。
顔に似合わず、口調は妙に馴れ馴れしく、それに酷い違和感を感じる。
向こうも酔っぱらっているのだろうか?
「だが、干し肉が口に合わねぇって顔だったな? この時期の干し肉は、全部そんなもんだ」
「そうなんですか?」
おっちゃんの言う通り、食後に頼んだエールは美味しかったけど、つまみとして頼んだ干し肉は酷かった。
肉の旨味や香辛料の香りなど皆無で、カッチカチに固く、塩の塊みたいな味だった。
「あったりめぇだろ。干し肉がうめぇのは、冬か、春までだぜ」
「なるほど……」
よく分からんが、干し肉にも旬があるのか。
俺がそんな事を思ってると、何故か俺の様子見を見て、おっさんは何か納得したような顔をし。
「そんじゃ、俺は帰るわ。あんちゃんも、そろそろ帰りな」
そう言うと、さっさと店を出て行ってしまった。
「何だったんだ……? まぁ、確かに、そろそろ出るか……」
丁度、お店のおばちゃんも店じまいの準備を始めたし、そろそろ閉店時間なのだろう。
日本であれば、蛍の光を流される様な状況だ。
俺以外の客達も閉店間際の空気を察したのか、各々、店を出て行き始め、その際、テーブルに小銭を置いく姿が目に入った。
もしかして、あれはチップか?
相場が分からないけど、頼んだ物の1~2割の金額を払うのが無難かな?
前世で海外を旅した時は、それくらいだった気がするけど……
えーっと……
飲み食いしたのが、小銀貨1と大銅貨5と、追加で大銅貨6に……
釣りが大銅貨9で……わからん。
恐らく、大銅貨10で小銀貨1になるんだろうけど。
「まぁいいか、銅貨は置いてこ」
皆に習って、お釣りでもらった大銅貨を全部置いて席を立つと「ありがとうございましたー」との店員のおばちゃんの声を背に、俺は店を出た。
「さて……宿を探さないと」
と言っても、どうしたものか。
夜の散歩感覚で、火照った顔に当たる夜風は気持ちいいが、さっさと今日の寝床を探さねば。
大通りには薄暗いながらも魔道灯があり、その明かりを頼りに宿屋を探してみるが、どの建物が何なのか判然としない。
異世界うんぬん以前に、王都の一般区画を自分の足で歩くのも初めての事で、土地勘などもさっぱりだ。
こんな時は、無理せず、誰かに聞いてしまうに限る。
ちょうど後ろに、店を出た時から同じ方向に歩いてくる人が居るし、その人に頼もう。
「すみません、ちょっと宿を探して……あれ? さっきの?」
「お、おう? 何だよ、あんちゃん?」
後ろを振り返ってみると、後ろに居たのは、さっき店で話しかけてきた人だった。
俺は軽く驚き、向こうも、いきなり話しかけてしまった所為か、少し驚いている。
この人、俺より先に店を出たはずだけど、なんでここに居るんだ?
知り合いなのか、隣に、似た雰囲気の人がもう一人増えているし。
まあ、いいか。
この人に聞いてみよう。
「えっと、宿屋を探してて、近くにありませんか?」
「宿? あー、なら良い所があるぜ。連れてってやるから、ついてきな」
「どうも、助かります」
顔はともかく、親切な人だ。
ここは、お言葉に甘えるとしよう。
「できれば、風呂がある所が良いんですけど、その宿ってあります?」
「ふ、風呂だぁ? あー、あるある、たけぇ部屋ならついてるよ」
「朝食とかも出ます?」
「安宿でもなけりゃ、大抵は食堂があるぜ」
道すがら、行く先の宿の事を尋ねながら数分程歩いていると、やがて大通りから離れ、あまり街灯などがない通りの突き当りへと案内された。
「さあ、ついたぜ。ここが、お前さんの今夜の宿だ」
「はい……?」
何処をどう見ても宿には見えない。
人気のない静まり返った路地裏なのだが……
「どこです?」
「ここだよ、ここ。ここで、ぐっすりと朝まで眠んな。宿代は俺らに払ってくれればいいぜェ」
「あー……、あぁ、なるほど」
ここに至って、ようやく自分の置かれた状況を把握する。
おっさんは、俺の退路を塞ぐように立ちはだかり、もう一人の者は、いつの間にか、その手にナイフらしき物を握っていた。
しまったな……
店に入るのに『虚神の装束』と『冥王の頭蓋』を外してしまったけど……なんとかなるか?
「……まあ、いいや」
俺は、ぼやきながら、おっさん達の方に踏み込み《震脚》を放つと『ペルセフォネのヴェール』からも黒霧を出し、棘鎖で二人を拘束した。
「ぐあッ!? なんだこりゃ!?」
「ぎゃあー!!」
おっさんズは、衛兵さんを昏倒させた必殺コンボを食らいながらも、元気に叫び声をあげた。
……必殺ではないな。
手加減というか、勢いよく倒れて頭などを打たない様に、鎖の動きを意識して、立たせたまま雁字搦めにしたからなんだけど。
「あまり、大声を出さないでくれる? 誰か来ちゃうだろ?」
街の衛兵などに来られたら、俺も困る。
なんだけど……状況と台詞が、正当防衛のはずなのに、俺の方が悪者みたいになっちゃってるな。
「お、おめえ、何者だ!? 冒険者か!?」
「俺達、盗賊ギルドのメンバーに手を出してタダで済むと思ってんのか!」
冒険者? 盗賊ギルド……?
そういうのもあるのか。
冒険者は、アレかな?
ファンタジー世界お約束の?
盗賊ギルドは、脅し文句に使うって事は、マフィアとかヤクザみたいな物なんだろうけど……
この世界も、相応に治安が悪い所があるみたいだ。
「冒険者とか盗賊ギルドとか、今はどうでもいいから。宿の場所を教えてくれる?」
そんな事より、俺は、さっさと一風呂浴びて寝たいのだ。
「てめェ!! 舐めて――ガッ!?」
おっさんの連れの方が大声で怒鳴り続けるので、棘鎖の拘束を強めて麻痺させ、一足先に眠ってもらう事にした。
鎖に雁字搦めにされ、立ったまま白目を剥いて気絶している人相の悪いオッサンというのは、こうして見てみると、なかなかに壮絶な姿だな。
「ヒィッ!? な、何をしたァ!?」
「何って、今は眠ってもらっただけだよ。ところで、宿の場所を教えてくれないかな? 知らないなら――」
「や、宿なら、さっきの店の向かいにある! デカくて良い宿だ! たのむ!俺は殺さないでくれ!!」
おっさんの必死の懇願を受けるという初めての経験を前に、逆に俺の方がドン引いてしまい「えぇ……」と口から声が漏れてしまう。
「……別に殺さないよ。ほら、放してあげるね」
「た……助かった……」
二人を優しく鎖の拘束から解いてやると、おっさんは安堵の顔を浮かべ、その場にへたり込んだ。
「さっきのお店の向かいだったよね? ありがと、それだけ聞ければ十分だよ」
俺は、地面にへたり込んでいるおっさんにお礼だけ言うと、さっさと、その場を後にした。
まあ、別に良い人という訳ではなかったが、何も知らない俺に、色々な事を分からせてくれたり、教えてくれた事には感謝だな。
あと、棘鎖を巻き付けた所為で、全身に切り傷が出来ちゃってたし……
これは、あまり人に使わない方が良いかも。
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