高遠の兄

ナナシリア

 目の前に綴られた文章を、その才能の塊を、俺はどうしても妬んでしまう。

 それは嫉みか妬みかもわからない不確かな感情ながら、確かに俺の腹を滾らせる。


 俺と同じような年齢なのに、俺よりも才能があって、俺と同じようなことをしているのに、向かう先が俺より高尚で。

 はっきりとしたその姿を見ていると、俺の姿がぼやけていくように感じる。


 心を落ち着けようと流した音楽も空しく鳴り響くだけ。


 どうすればいいんだ、俺は。


 目の前にはあと少しで終わる課題があって、心には抑えきれない感情もあって、時計を見ようと目を凝らしても文字盤を読めないような暗闇がそこにはある。


 衝動的に記録媒体に手を伸ばすが、徐々に重くなる瞼の限界も考慮すると踏みとどまらざるを得ない。


 でもこれを一過性の感情だとして済ませてしまうのは勿体なく思えて、なによりここで動けるかどうかで俺の進む先が変わるように思える。


 溜息。


 思考が逸れる。


 とにかく時間がない。


 瞼は重くなっていき、焦燥はだんだん高まるばかりで、空しく鳴る音楽は鬱陶しい。


 考えれば考えるほど独りは寂しくなってきて誰かに連絡をしようと考えるが、今の時刻からして誰かが反応するとは思えない。


 ただ無為に時間が過ぎていく。


 記録媒体を開く。配列された文字盤に、指を沈める。

 過去に類を見ない速さで、言葉が蓄積されていく。

 それでも俺は、形にすることができない。


 感情だけで、動くこともできない俺は、馬鹿だ。

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