第29話:消えない火種と青い空

青空の下。私たちは草の上に寝転がり、大きく息を吸い込んだ。


「……んぅ……生きてるぅ……」


モコが大の字になって、空に向かって手を伸ばす。ピコもその横で、へたり込みながらも口元を緩めていた。


「……まったく。あんたたちといると、寿命が縮むわ」


「あはは、ごめんごめん。でも、ピコちゃんが先導してくれなかったら、今頃みんなペチャンコだったよ。……ありがとう、頼りにしてるよ」


私が寝転がったまま横を見ると、ピコは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。でも、その耳の先はほんのり赤い。


「……調子のいいこと言わないでよ。貸しにしとくからね」


「うん、高いランチ一回分でどう?」


「……ステーキ付きなら、考えてあげなくもないわ」


「交渉成立だね」


私たちは顔を見合わせて、小さく笑った。生きている。その実感が、笑い声と共に体に満ちていく。


そして、視線を中心へと向ける。


そこには、泥だらけになった小さなコボルトの鍛冶屋さん――が、呆然と空を見上げていた。


「……じいちゃんの、炉が……」


その視線の先、廃坑の入り口は完全に土砂で埋まっていた。


もう、二度とあそこには戻れない。目から、大粒の涙が溢れそうになる。


「大丈夫だよ」


私はそっと、抱えていたランタンを彼女の目の前に差し出した。


「……見て」


ガラスの向こうで。小さな赤い炎が、外の風を受けても消えることなく、力強く揺らめいていた。


「……あ」


「ほら、生きてる。おじいちゃんの火は、ここにあるよ」


コボルトは震える手でランタンを受け取った。その温かさが、掌を通して冷えた心に伝わっていく。


「……あったかい」


ポロポロと、涙がこぼれ落ちた。でもそれは、絶望の涙じゃない。安堵の涙だ。


「それに、これもあるもん!」


モコが体を起こして、煤(すす)けた鉄の塊をポンと叩いた。


「この重いの、すっごく大事なんでしょ? モコが運んだんだよ!」


そこには、おじいちゃんと一緒に叩き続けてきた証――無骨な「金床(かなとこ)」が鎮座していた。


そして、腕の中には、ピカピカに磨かれたハンマーがある。


「……全部、ある」


コボルトが、掠(かす)れた声で呟いた。


火も道具も何も失っていない。


ただ場所が変わっただけだ。


「…………よかった」


コボルトの体から、ふっと力が抜けた。


張り詰めていた糸が切れたように、彼女はそのまま私の胸に倒れ込み、静かな寝息を立て始めた。


その顔は、泥だらけだったけれど、とても安らかだった。


「……ふふ。可愛い顔して寝てる」


私は泥だらけの髪を優しく撫でた。守れたんだ。道具だけじゃない。この子の未来も、笑顔も。


「ねぇエリス姉。この子、どうするの?」


モコが心配そうにコボルトちゃんの寝顔を覗き込む。帰る場所をなくした迷子を、どうするのかと。


「もちろん、連れて帰るよ。……だって私、この子と約束したもん」


私は、この娘が大切に抱えているランタンの火を見つめて言った。


「『壊れたら、もっといいのを作ってあげる』って」


「あ……そっか。エリス姉、言ってたね」


「それにね……火があっても、道具があっても、それを燃やす『場所』がなきゃ、職人は生きていけないから」


かつて、王都で居場所をなくした私。


廃坑で、ただ一人火を守り続けていたこの娘。


今の私たちには、火種がある。鉄もある。腕のいい職人もいる。


足りないのは、火を燃やして、鉄を叩くための「場所」だけだ。


「場所……?」


モコが首をかしげる。


「そう。雨風をしのげて、誰にも邪魔されずに、安心して鉄を叩ける場所。……かつての私が欲しかった場所だよ」


私はこの娘の寝顔を見つめながら、決意を込めて言った。


「だったら、作るしかないよね。……私たちの手で、新しい最高の居場所を」


「賛成! モコ、手伝う! 石いっぱい運ぶ! この娘のために、すごいの作る!」


モコが元気よく拳を突き上げる。


「……はぁ。また忙しくなりそうね」


ピコがやれやれと肩をすくめたけれど、その尻尾は嬉しそうに揺れていた。


「でもま、賑やかなのは嫌いじゃないわよ。……手伝ってあげる」


真夏の青空の下。私の腕の中には、温かい重みがあった。


それは、これから始まる新しい生活と、守るべき大切な「家族」の重みだった。


「……帰ろうか。みんなの家に」


風が、森の木々を優しく揺らした。


私たちの夏は、もっともっと賑やかになりそうだった……。

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