煙火の茶釜
不思議乃九
*
夜の帳が信貴(しぎ)山に降りるとき、
久秀はひとり、城の石垣を歩いていた。
樹影がゆらぎ、焔が空を裂く予感を孕んでいる──そんな気配。
彼の掌には、薄氷のように冷たい茶釜。
名器と謳われた「平蜘蛛」の茶釜。
長年の友、そしていつか裏切りと滅びをともにするもの。
「茶の湯とは──静寂の中に火を灯すことだ」
久秀はそう呟き、茶釜を戸棚から取り出した。
中にはわずかばかりの炭と火種、そして硝煙(しょうえん)の粉。
城門の鈴は鳴らぬ。
もはや、敵は門を破るのではない。
**炎そのものが門となるのだ。**
久秀は茶釜を天に掲げた。
夜空を断つように、彼の影だけが伸びた。
焔が踊り、火粉が星屑のように降る。
その瞬間、耳鳴りのような轟音。
火薬がまばゆく爆ぜ、茶釜は砕け、城も、矜持も、すべてが灰と煙となった。
流れる硝煙の中で、久秀は笑った。
──これが、俺の最期の茶の湯。
闇の中、ただひとつ光ったのは、
割れた茶釜の破片。
そのひとつひとつが、
戦国という時代に放たれた、最後の花火だった。
煙火の茶釜 不思議乃九 @chill_mana
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