第2話:『森で出会ったのは、護衛か処刑人か』


目を覚まして五分後。
俺はすでに人生最大級のピンチに陥っていた。


――黒いもやが歩いてくる。


「いやいやいや、近づくな近づくな近づくな!!」


ヴォイド。
未来の俺がつけた“世界のバグ”の名前。


俺を見つけるなり、まっすぐ一直線だ。
普通の魔物みたいに威嚇もしないし、走りもしない。
ただ淡々と、
『そこに改変された運命があるから喰う』
と言わんばかりに、ゆっくり迫ってくる。


「くっそ、どうすんだよこれ……!?」


足は震えてるのに、体は逃げるしか考えてない。
もはや本能だけで走る。


だが次の瞬間。


「――止まれ」


風が一瞬で凍ったように感じた。


空気が震え、森の奥から白い光が斬りつけてくる。
視界の端に“白い線”が走ったかと思うと――


ヴォイドの腕がひとつ、音もなく霧散した。


その光の中心から姿を現したのは、

白銀の髪に、紫の翼の飾りをつけた少女。


「……初めまして。黒乃ユウ」


「え、俺名前言ってないんだけど!?」


少女は小さく頷く。


「私はルナ=フィラエル。あなたの護衛――
……本来は“処理”担当だった」


「待って!? いきなり処理って何!?」


ルナは無表情のまま、首を少しだけ傾けた。


「あなたの存在は、この世界にとって“矛盾”です。
本来消すべき。しかし……」


彼女の視線が、俺の胸元に吸い寄せられる。


いや胸に何もないんだけど――と思った瞬間、
視界の右端に文字が浮かびあがる。


〈修正跡:ルナ=フィラエルの役目:本来『ユウの抹殺』
 → 神ユウが『護衛』に書き換え〉


「……未来の俺、また改変してるぅぅ!!?」


ルナはその“修正跡”に気づいているらしく、
じっと俺を見つめてくる。


「……どうして、あなたの運命はこんなに汚れているの?」


「俺に聞かないで!? やったの未来の俺だから!!」


その時、ヴォイドが再び動いた。
腕を斬られても痛みも焦りも無い。
ただ“俺”だけを見て進む。


ルナが前に出る。


「下がって。こいつは私が消す」


一振り。


彼女の杖に光が集まり、
まるで“世界の線”そのものを削るような斬撃が放たれる。


だがヴォイドは避けない。
避ける必要がない。
避けるという概念すら持たない。


光がぶつかり――


霧散し、


再生した。


「……再生した!?」


「当然です。運命を喰う存在ですから。
こちらの攻撃は“想定内の未来”に含まれているのでしょう」


「じゃあどうすんだよ!?」


「簡単です。想定外を作る」


そう言いながら、ルナは俺の腕を掴んだ。


細い指なのに、驚くほど強い。


「走って。あなたが“選択”をすれば運命は乱れる。
そうすれば、ヴォイドは追いつけない」


「選択ってなんだよ!?」


「道を選ぶだけでいい。どっちに行くかすら、未来のあなたは決めている。
あなた自身が自由に動けば、それだけでこの世界は予測不能になります」


「つまり俺、
“行動するだけで運命に逆らえる主人公”ってこと……?」


「言い方が軽い」


そのまま引っ張られ、森の中を駆け抜ける。
後ろを振り返ると、ヴォイドは確かに距離を取り始めていた。


ルナは走りながら言う。


「黒乃ユウ。
あなたを消すつもりは……もう無い」


「え?」


「……会った瞬間に、変だと思ったの。
改変された運命は嫌い。でも、あなたに関しては……
消したら後悔しそうだって」


感情の少ない彼女が、かすかに眉を寄せる。


「あなたは、“運命を書き換えられた存在なのに、汚れていない”。
これは……興味深い」


「褒められてるのかそれ!?」


「褒めてる」


走り抜け、森を抜けた。
ヴォイドの気配は、もう遠い。


息を切らしながら空を見上げる。


俺、これから……どうなるんだ?


そんな疑問が浮かんだ時。


また視界の端に“修正跡”が走った。


〈修正跡:本来“ここでルナに殺される”
 → 神ユウにより“初遭遇で保護”へ変更〉


「未来の俺ぇぇぇ!!!!
お前どんだけ運命いじってんだよおおお!!」


ルナは横で小さく呟いた。


「……ねぇユウ。
あなたの未来の姿、少し嫌いになれそう」


「なんで俺は嫌われなきゃなんねえんだ!?」


――こうして俺は、
“本来の運命が全部ズレた世界”を走り始めた。


次に出会うのは、
俺が一度も見たことがない“改変された人生の被害者”。


その時、俺はまだ知らなかった。

未来の俺が、この世界に残した“最大の修正跡”が、
すべての始まりだったことを。

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