『人生の景色』最終章
鈴木 優
第1話
人生の景色 最終章
鈴木 優
風が止んでから、しばらく時間が経った。
部屋の中は、まるで時間が固まったように静かでタバコの煙も消えていた
俺は立ち上がり、半分だけ開いた窓の側に立つと外の空気が、少し冷たくなっているのを感じていた。
テーブルの上のアルバムを閉じようとして、ふと手が止まる。
そのページの端に、小さな紙片が挟まっている事に気がついた。
古びた、色あせたメモ用紙。
そこには、丸い字でこう書かれていた。
『また、どこかで会えたらいいね』
......ああ、そうだ。
あの日、彼女が最後にくれた言葉だった。
夏祭りの帰り道、神社の階段を降りる時、彼女がふと立ち止まって、俺の手にそっと握らせた紙切れ。
その時は、ろくに読まずにポケットに突っ込んだ。
でも、なぜか捨てられなかった。
それが、こんなふうにアルバムの中に紛れ込んでいたなんて。
俺はその紙を手に取り、しばらく見つめた。
文字のかすれ具合が、まるで彼女の声のように思えた。
あれから、何十年も経った。
彼女が今、どこで、どんな風に生きているのか、俺は知らない。
知る術もない。
でも、あの言葉だけは、ずっと俺の中に残っていた。
それが、俺をあの街から引き戻してくれたのかもしれない。
あの頃の俺は、ただの落ちこぼれ野朗で、喧嘩とバイクと仲間とつるんでることがすべてだった。
夜の街をふらついて、誰かれ見境なく憂さを晴らしては、思いの丈をぶつける。
それが"強さ"だと思ってた。
でも、心のどこかで、ずっと怯えていた。
誰かに見透かされるのが怖かった。
自分が空っぽだってことを、知られるのが怖かった。
彼女は、そんな俺に何も言わず、ただ時々じっと見つめてくるだけだった。
その目が、俺はまともに見る事が出来ず一番きつかった。
ある日、仲間の一人が警察に捕まった。
俺にも声がかかるかもしれないって噂が流れた。
逃げるように街を出た。
彼女にも、何も言わずに。
それが、俺なりの"ケジメ"だった。
......今思えば、ただの臆病者の逃げだった。
それからの人生は、地味で、しんどくて、誰にも誇れるようなもんじゃなかった。
工場で働き、夜は警備のバイト。
誰にも過去を話せず、ただ黙って生きてきた。
でも、こうして今、五十を過ぎて、静かな部屋でアルバムをめくっている。
それだけで、十分だと思えるようになった。
俺は、メモをそっとアルバムに戻し、静かに閉じた。
そして、窓の外を見ると、夕暮れの空が、少しだけ朱に染まっていた。
庭の草花が、風に揺れている。
風に揺れる草花、朱に染まる空、そして、どこかで誰かを想う気持ち。
それらすべてが、俺の
『人生の景色』
たとえ、どんな過去を背負っていても——
それを抱えて、今を生きている
完
『人生の景色』最終章 鈴木 優 @Katsumi1209
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。『人生の景色』最終章の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます