交錯する俺と僕
畝澄ヒナ
ep.1 俺
俺は弟が羨ましかった。
幼い頃から、ずっとそう思っていたんだ。
俺、誠一と、弟の龍一は双子としてこの世に、平等に生まれ落ちた。
瓜二つとまでは言えない、二卵性双生児として。
母さんと父さん、俺と龍一、一般的な四人家族だ。
母さんは俺たちを平等に愛し、優しくしてくれる素晴らしい人。
父さんは少し傲慢で、威圧的な態度を取る人。
そんな両親の元で育っていった俺たちは、少しずつ性格が分かれていった。
小学生になった頃だろうか、俺は外で遊ぶのが好きで、よく龍一を誘った。
しかし、龍一はほとんどの誘いを断り、稀に誘いを受けた時でさえ、一緒に混ざって遊ぼうとはしなかった。
「僕はお母さんと一緒にいる」
「僕は見てる方がいい」
そうやって母さんにべったりで、友達と遊んでいるはずの俺がのけ者みたいで、内心悔しかった。
俺は、家族全員で食卓を囲んでいる時、母さんに言ってやった。
「龍一は俺と遊びたくないんだってさ」
龍一の驚く顔を見て、してやったりと心の中でにやにやしていたが、母さんの口から出たのは、期待外れの言葉だった。
「誠一、龍一の気持ちを考えてあげることも大切よ」
母さんも俺のことをのけ者にするんだ、そう叫びそうになって口をつぐんだ俺と、困った様子の龍一に、父さんが声を掛けた。
「別にいいじゃないか、誠一は男らしく友達と外で遊びなさい。龍一、少しはお前も男らしくなれ」
この時はこの言葉が、俺の心を少しだけ安堵させた。
小学校高学年になっても、俺たちの性格は正反対に分かれ続けていた。
俺はよく、父さんの部屋に入れてもらうようになった。
父さんは仕事と言いながらパソコンを見つめていて、当時の俺にはさっぱりだった。
そんなつまらない画面から目を逸らし、部屋の中を眺めていると、黒い四角いケースが埃を被っているのを見つけた。
「父さん、あれは何?」
俺の指差した方向を見るなり、父さんは眉をひそめた。
「あれはな、サックスっていう楽器だ。気になるなら、少しだけ教えてやる」
乗り気ではない父さんに、マウスピースの吹き方を教えてもらった。
「とりあえず慣れるまでそれやっとけ」
父さんは俺をほったらかしにして、パソコンの方に向き直ってしまった。
耳をつんざくような音を出していると、龍一が様子を見に来た。
「僕も、やってみたい」
父さんはため息をつきながらも、もう一つマウスピースを取り出し、龍一にも同じように教え、再びほったらかしにした。
「音、出ないね」
龍一がしゅんと呟いた。
俺がすぐに音を出せたのとは逆に、龍一は全く音が出せなかった。
中学生になり、俺たちは揃って吹奏楽部に入った。
俺はサックス、龍一はフルート。
母さんは平等に、「頑張ってね」と俺たちの頭を撫でた。
父さんは、俺だけの頭を撫でた。
「フルートなんて女々しい楽器、一人だけで充分だ」
龍一にはそう吐き捨てた。
この頃から両親の様子がおかしくなった。
母さんは、いつも父さんの顔色を
父さんは、そんな母さんをいつも怒鳴っていた。
それに釣られるように、俺と龍一も、部活以外で関わることがなくなった。
どうしてこうなってしまったのか、今になっても理由は分からない。
離婚という結末が訪れるのに、時間はかからなかった。
最後に四人で話したのは、親権をどうするかだった。
「僕は、お母さんについていく」
母さんの隣に座る龍一が開口一番そう言った。
「じゃあ、誠一は父さんが預かる」
父さんの言葉を否定しようとした俺より先に、母さんが口を開いた。
「それは……! 誠一も私の子供です……!」
「お前にそんな経済力があるのか? 所詮は人の金で食ってきたくせに」
「お父さん……!」
また俺だけのけ者になったような気がした。
この話を速やかに終わらせる最善策は、俺の中に既にあった。
「俺は、父さんについていく。だから話はこれで終わりにしよう」
その日のうちに、母さんと龍一は出ていった。
そこから時は経ち、俺は今、高校生だ。
家に帰れば、忌々しい父さんがいる。
「帰ったんなら、早く飯作れ」
俺は返事もせずに、スーパーで買ってきた食材で夕飯を作る。
それが俺のつまらない日常。
離婚した直後は、父さんが料理を作るわけもなく、コンビニ弁当や冷凍食品ばかりだった。
そんな父さんの様子を見かねた祖父がたまに俺を家に招き、祖母が手料理を振舞ってくれた。
「真二、ちゃんと誠一の面倒を見んか」
「親父に言われなくてもやってるって」
毎回聞こえてきたのは同じ会話。
「どうしてお前はそうなんだ」
「どうせ親父は、真一兄さんしか見てないだろ」
父さんがそれを理由に、態度を改めることはなかった。
祖父母は俺に優しかった。
会社を経営する祖父、それを支える祖母。
現在の社長は叔父さんに交代したらしいが、それでも理事長として実権を握っているらしい。
俺の楽器だって、買ってくれたのは祖父だった。
そのおかげで、俺はサックスを続けられている。
龍一は中学を転校し、それ以来会っていない。
俺と同じように、高校でも吹奏楽部で頑張っているのだろうか。
母さんとどう過ごしているのだろう。
ファミレスのバイト中、そんなことを考えていると、名前を投げかけられた。
「龍一?」
違う、これは俺の名前じゃない。
振り向いた先にいたのは、知らない制服の知らない男子高生。
「あ、すいません、人違いでした。二名でお願いします」
礼儀正しく謝ったその人たちを席に案内し、俺はまたレジに戻った。
高校生活も一年が過ぎ、父さんが家に女の人を連れてきた。
「今日からこいつも一緒に暮らす。お前も仲良くしろよ」
突然の事で理解が追い付かない。
俺が固まっていると、女の人から声を掛けてきた。
「驚いたよね。私、梅っていいます。真二さんと籍を入れたの。よろしくね」
落ち着いた口ぶりに清楚な服装、悪そうな人ではないにせよ、俺は好きになれなかった。
文句一つ言わずに、俺と父さんの身の回りの世話をする梅さん。
俺は我慢できず、思っていることを呟いた。
「あの、母さんの代わりっていうのなら、要らないっすから」
梅さんは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに小さな笑顔をこちらに向けた。
「そういうのじゃないの。ただ、真二さんのお子さんだから、大事にしたくて」
その態度も気に食わなくて、俺は質問する。
「なんで、そんな父さんに肩入れするんですか」
一呼吸置いた梅さんが話し出す。
「同じ高校の、吹奏楽部の先輩だったの。当時あまり接点はなかったけど、それでも私は先輩のことが好きだった」
それでも俺は、納得できなかった。
「俺は嫌いです、父さんのこと」
「それで、いいと思うよ」
梅さんは俺の言葉を、肯定も否定もしなかった。
とある日の、学校からの帰り道。
俺はサックスを持ち帰り、最寄りの公園で新しく買ったリードを試していた。
しかし、俺とは別に、どこかから柔らかく綺麗な、楽器の音がする。
辺りを見渡すと、視界に入ったのはフルートを吹く男子高生。
「龍一?」
俺は思わず声を掛けていた。
「もしかして、誠一?」
問いかけに応えた男子高生は間違いなく龍一だった。
俺たちは楽器そっちのけで話をした。
離婚してからの生活、父さんの再婚など。
俺が「そっちはどう?」と聞くと、龍一は重たい顔をした。
「実は、お母さん、認知症なんだ」
衝撃だった。
「嘘だろ、母さんはまだそんな歳じゃ……」
「若年性アルツハイマー型認知症っていうらしいんだけど、おじいちゃんとおばあちゃんのことも忘れちゃって、僕のことも時々曖昧になるんだ」
そう言って、龍一は一つの動画を見せてくれた。
そこに映る母さんは、俺の知っている人ではなかった。
「これ、本当なのか?」
「うん。ヘルパーさんに、記録のために撮っておくようにって言われてて、最近は症状が悪化して、ずっとこんな感じだよ」
放心状態になり、何も考えられなくなった。
「俺、何も知らなかった」
「当然だよ。僕もお父さんがどうなってるかなんて知らなかったし」
お互い黙り込み、気まずい空気が流れる。
「そ、そういえば、フルート続けてたんだな」
「誠一こそ、サックス続けてたんだね」
俺はその沈黙を破り、これからの事について話し始める。
「俺、音大に行って、本格的にサックスしようと思うんだ」
「僕も、音大でフルートを続けようと思ってる」
どうやら俺たちの進路は、同じ先に向いているようだった。
「じゃあ、また会えるな」
「そうだね」
俺たちはしばらく話し込んだ後、連絡先を交換して解散した。
俺は龍一が羨ましかった。
幼い頃からさっきまで、ずっとそう思っていたんだ。
でもその考えは、いつの間にか心の奥からすっきりなくなっていた。
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