殺すという字は目立ちますよね
松野うせ
坂口青年の不真面目な就活
仲村は思った。漫画で読んだ連続殺人鬼が、確かこういう顔だったな。
コンビニ跡地の普通の鍵屋、仲村錠前店に青年が現れた。うねった髪で、背は低く、分厚い眼鏡をかけている。サイズが合っていないのが彼の独特な雰囲気を煽っている。そして彼の大きな目は仲村を映している。仲村の背筋に伝う本能からくる恐怖心。やめてくれ、その微笑を。
「僕を雇ってください」
青年は淡々と言った。まるで、仲村に興味がないみたいに。仲村はおどろおどろしい彼のことも、殺人鬼のことも何も知らないが、何だか『それっぽい』ので震え上がっているのであった。
「嫌です」
「まあまあ、これを見てからでも遅くはないでしょうから」
青年は紙を取り出した。呪いの契約書かこっくりさんのあれか、と心臓がギュギュンと縮まった。どうやら履歴書のようで、仲村が勝手に殺人を犯させている青年の名は坂口というらしい。
「……坂口君。国立大の卒業したばかりのやつが何の用事だい」
「雇ってください」
雇う価値はありますよね、と笑う坂口。三日月を作る口に仲村は怯えている。
その時、自動ドアが開いた。お客様だ。
「頼むからじっとしていてくれよ」
わかりました、と従順に頷く坂口に背を向け、いざ接客である。三十代で亡き祖父からこの錠前店を受け継いだ彼の手腕の見せ所である。見せる相手は坂口しかいない。
「この箱を、開けてほしいんです。ホラ、よく金庫を開ける番組があるでしょう。あれを見たんですよ」
何ともまあ、ぺらぺらと喋る客である。男性。派手な赤いセーター。年齢は五十代ほど。片手には木製の箱。
「嘘をつく時、人は口数が多くなります」
坂口がぽつりと言った。
「何ですか、そこのお兄さん」
「ああ、お客様そいつと喋られては困ります」
仲村は客をカウンターへ案内する。薄い笑みを浮かべている坂口。何をする気だ。
「この箱の鍵を、無くしてしまいまして、ああ、これは家内のものでね、勝手に持ってきたから怒られる、と思ったんですが……」
「要するに、鍵を開ければ良いんですね」
男性客の行き着く間もない言葉のマシンガンに、仲村がコッソリため息をついたのは内緒だ。
箱を見てみる。何の変哲もない木製の箱。持ち上げてみれば驚くほどに軽い。思わず「軽っ」と声が出た。持ち上げたから中身が転がり、カコン、と鳴った。
いつもの日常だった。坂口の微笑が未来を暗くするだけで。
「……何だこれ」
仲村は鍵屋らしく鍵を開けてみた。そこに入っていたのは。
「筆?」
男性客が怪訝な顔をして持つそれは、小さな筆であった。
「ですね。わ、ゴミ入ってる。何のカケラだ」
仲村は茶色いゴミを捨てた。硬くて、何だか気味が悪かった。それは多分坂口のせいだろうと思った。彼がほうっと息を吐いたのが怖くて、それに釣られたのであろう。
「まあ、わかったので大丈夫です、ありがとう。あ、この筆柔らかくて気持ちがいいですよ、触りますか」
「……ご来店ありがとうございました」
腕をさすりながら呑気に男性客は帰って行った。さて、エンドロール。
「ここらで起きた連続赤子殺害事件をご存知ですか」
エンドロールは坂口によってぶった斬られた。仲村を視界に入れない彼は、心なしか笑っているように思えた。
「特定のものに執着するのは、サイコパスの特徴です」
いきなりサイコパス、とか言われた仲村は恐怖した。同じ穴のムジナだからわかるものがある、とでも言うのだろうか。僕はサイコパスかどうかを診断するインターネットに落ちてるやつで、毎回満点を取ります、とでも言うのか。
「ああそうだ、連続殺人犯、今生きていたらあのお客様くらいでしょうね」
仲村の体が勝手に震える。それは、坂口のほの暗い瞳のせいだ。レンズ越しのその目は、ああ、吸い込まれる。
坂口は笑った。
「あのカケラ、捨てない方が良かったですよ。ふふっ」
「なんで笑ってるんだ」
「真相を知りたいですか?」
坂口が近づくと、靴がカツ、カツと鳴く。艶やかですらある笑みは、まるで映画のキラー。
「知りたい」
「じゃあ、雇ってください」
「雇うから教えてくれ。君のせいで、今日は眠れない」
突然坂口がにっこりと笑うので、より眠れぬ夜が現実味を帯びてきた。
答え合わせは、唐突な言葉からだった。
「あのカケラ、へその緒です」
「君、あのカケラをいつ見たんだ。すぐ捨てたのに」
「あの箱は桐箱なんですよね。あの色、そして素晴らしい軽さ、多分桐箱」
思い返してみたら、確かに桐です、と言われたら桐な気がしてくる仲村である。
「そして筆は胎毛で作られた筆です。あのお客様、柔らかいと言っていましたから。桐箱に入っていたらビンゴです」
大人の人毛だったら面白かったんですけど。そういう坂口を見ないようにしながら、仲村はスマートフォンに答えを探していた。
『たいもう なに』の答えは、赤子に最初から生えている産毛のことで、筆にする文化があるとか、ないとか。AIによる概要は本当かどうかわからない。
「桐箱かはわからない。筆が胎毛筆かどうかもわからない。でも、可能性は高い」
「じゃあ、あの人連続赤子殺人犯なのか!」
仲村は叫んだ。そして我に帰ったかのように勢いよく坂口の方を見る。坂口は、変な顔をしていた。
「引っかかった」
何が引っかかったのか、わからなかった仲村。ピッチの外れた声を出した。
「なあ、あのお客さん嘘をついてるって」
「緊張している時も口数は多くなります。初めての鍵屋、緊張しますよね」
「じゃあなんなんだよ!」
「あの方、奥様の箱だとおっしゃっていましたね」
声のトーンが下がる。仲村は真剣な坂口に飲まれる。
「もしかしたら、旦那さんも知らない過去の不幸があったのかもしれない」
「じゃ、じゃああの人に教えないと」
「駄目です」
なんで、という声は掠れて出なかった。ただ坂口の丸い黒目を見つめるしかなかった。仲村が映っている。
「これは、僕らの憶測でしかない。憶測で言って、責任取れますか」
沈黙がその問いへの答えだった。
「ところでさ、連続赤子殺人犯は何だったんだよ」
「ああ、赤子殺人は先日犯人が捕まりましたよ。失礼ですがニュースは」
「見ない。テレビを見ないから」
「だからこんなにも思考を僕に誘導されていたんですね。殺人犯が来たと思いましたか?」
仲村の中で、だんだんと大きくなる感情があった。恥だ。
「ひ、酷いぞ! 君の態度が悪い!」
「態度?」
「そんな殺人犯みたいな薄ら笑いしないでくれよ、怖いじゃないか」
仲村はまた坂口が笑うと思ったが、坂口は視線を外して俯いた。彼もまた、恥を持っているのであった。なぜか。
「僕の笑顔、変ですかね」
「え、うん」
「僕、人と話すの苦手なんです……」
少女のように恥じらう坂口に、唖然とする仲村。不満と抗議は、わざとらしいため息という形で世に出た。
後日、久々につけたテレビで仲村は連続殺人犯逮捕を知り、さらに話の流れで『ウッカリ』坂口を雇ってしまったことに気がつく。国立大は役に立つのであろうか。
殺すという字は目立ちますよね 松野うせ @Okashilove
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