「構造解析」スキルで異世界を修復(リノベーション)します~不遇職の建築士ですが、魔王城の耐震強度がゼロだと気付いたので指一本で崩壊させてもいいですか?~
第1話 過労死建築士、異世界の瓦礫の上で目覚める
「構造解析」スキルで異世界を修復(リノベーション)します~不遇職の建築士ですが、魔王城の耐震強度がゼロだと気付いたので指一本で崩壊させてもいいですか?~
@tamacco
第一章:不遇職からの覚醒
第1話 過労死建築士、異世界の瓦礫の上で目覚める
「……あ、これ、死んだな」
深夜二時、東京都内の雑居ビル三階にある設計事務所。
煌々と光るモニターの前で、俺、相沢匠(あいざわたくみ)は自らの死を悟った。
胸を締め付けるような激痛。視界が急速に狭まっていく感覚。そして何より、三徹(三日連続徹夜)明けの脳が発する「強制シャットダウン」の警告音。
キーボードに突っ伏しながら、薄れゆく意識の中で最後に思ったのは、家族のことでも、恋人(いないけど)のことでもなかった。
(くそ……あの港区のタワマン、構造計算書の修正まだ終わってないのに……クライアントが土壇場で柱を一本減らせとか言うから……)
一級建築士として十年。来る日も来る日も図面を引き、現場で怒鳴られ、理不尽な納期と戦ってきた。
俺の人生は、まるで耐震強度の足りない欠陥住宅のようだった。基礎工事をおろそかにしたまま、仕事という名の重荷を積み上げすぎて、ついに倒壊したのだ。
(もし、次に生まれ変われるなら……)
意識の暗転。永遠の闇へ落ちていく浮遊感の中で、俺は誰に届くとも知れない願いを呟いた。
(もう、誰かの言いなりになって積み上げるだけの人生は御免だ。俺は、俺の思うがままに作りたい。絶対に壊れない、最強の城を……)
『その願い、聞き届けました』
不意に、鈴を転がしたような涼やかな声が脳内に響いた。
直後、俺の意識は白い光の中に吸い込まれ――。
◇
「……っ、うぐっ」
背中に走るゴツゴツとした硬い感触で、俺は目を覚ました。
蛍光灯の冷たい明かりではない。まぶたを刺すのは、強烈な直射日光だ。
ゆっくりと目を開ける。
頭上に広がっていたのは、見渡す限りの青空だった。東京の淀んだ空ではない。絵の具をぶちまけたような、鮮烈な蒼。
「ここは……天国、じゃないよな?」
体を起こそうとして、手が何かを掴んだ。
石だ。それも、ただの石ころじゃない。加工された形跡のある、白大理石の破片。
周囲を見渡して、俺は息を呑んだ。
そこは、巨大な遺跡の中だった。
パルテノン神殿を思わせる巨大な列柱が、無残にもへし折れ、地面に散乱している。風化した石畳。壁面に残る何らかの幾何学模様。
俺が寝ていたのは、崩落した屋根の瓦礫の上だったらしい。
「痛たた……体は、動くな」
自分の手を見る。
節くれだってインク染みがついていた三十代の手じゃない。皮膚に張りがあり、少し細いが力強さを秘めた十代後半くらいの手だ。
着ている服も妙だった。麻のような粗末な布で作られたチュニックに、革のベルト。腰には心許ないナイフが一本身につけられている。
「転生、したのか。あの声の通りに」
状況を整理しよう。過労死して、謎の声を聞いて、目が覚めたら異世界。
ラノベやウェブ小説で腐るほど読んだテンプレ展開だ。建築学科の学生時代、現実逃避のために読み漁っていた知識が、まさか役に立つとは。
「となると、次はこれか。『ステータスオープン』!」
半信半疑で虚空に向かって唱える。
すると、期待通りに半透明の青いウィンドウが目の前に浮かび上がった。
【名前:タクミ・アイザワ】
【種族:人間】
【年齢:16】
【職業:修復士(リペアラー)】
【レベル:1】
【体力:F】
【魔力:E】
【筋力:F】
【敏捷:E】
【知力:S】
【器用:S】
【スキル:構造解析(ユニーク)、修復、解体、素材鑑定】
「……修復士?」
俺は眉をひそめた。
勇者でもなければ、賢者でもない。「修復士」。聞いたことのないジョブだ。
字面からすると、壊れた物を直すだけの裏方職だろうか。
ステータスも酷いものだ。体力と筋力がF。これではスライムにすら勝てないかもしれない。知力と器用だけが突出して高いのが、元建築士としての唯一の名残か。
「最強の城を作りたいとは願ったけど、大工になりたいとは言ってないんだが……」
ため息をつきながら、瓦礫の山から降りようとした、その時だった。
ズズズズズ……ッ!
地響きと共に、前方の瓦礫の山が爆発したかのように吹き飛んだ。
舞い上がる土煙。その向こうから現れたのは、巨大な影。
体長五メートルはあるだろうか。全身が灰色の岩石で覆われた、巨大なトカゲのような怪物がそこにいた。
「グルルルルッ……!」
岩石トカゲ――いや、ロックリザードとでも呼ぶべきか。
その凶悪な双眸が、瓦礫の上に立つちっぽけな獲物(オレ)を捉える。
「冗談だろ……? リスポーン地点にいきなり中ボス配置とか、クソゲーにも程があるぞ!」
俺は慌てて腰のナイフを引き抜いた。だが、手が震える。
あんな岩の塊みたいな皮膚に、こんな果物ナイフのような刃物が通るわけがない。
逃げるか? いや、ここは足場の悪い瓦礫の上だ。敏捷Eの俺が走ったところで、瞬殺されるのがオチだ。
ロックリザードが大きく口を開け、咆哮する。
その振動だけで、俺の足元の石畳が崩れかけた。
「うわっ!」
バランスを崩し、尻餅をつく。
絶体絶命。
転生してわずか五分で、二度目の死を迎えるのか。
(嫌だ……! まだ何もしていない! 俺はまだ、自分の思い描いたものを何一つ作れていないんだ!)
死への恐怖よりも、理不尽な結末への怒りが勝った。
俺は睨みつけた。迫りくる岩の怪物を。
建築士として、あらゆる「構造物」を見定めてきた目で。
その瞬間。
『ユニークスキル【構造解析】を発動します』
脳内で無機質なアナウンスが響く。
直後、俺の視界が劇的に変貌した。
「……なんだ、これ?」
色彩が消え、世界が青白いワイヤーフレームのような線で構成された空間に変わる。
目の前のロックリザードも例外ではなかった。
岩の皮膚、その下の筋肉、骨格、そして体内を巡る魔力の流れまでもが、まるで精密な設計図(ブループリント)のように透けて見える。
視界の端には、CADソフトのような数値が羅列されている。
【対象:ロックリザード】
【推定重量:4.2トン】
【外皮硬度:モース硬度7】
【構造的弱点:頸椎第三節および左前脚付け根の接合部】
それらの情報が、瞬時に俺の脳へと流れ込んでくる。
理解できた。こいつは生き物であると同時に、一つの「構造物」なのだ。
そして、この世に完全無欠な構造物など存在しない。
どんなに堅牢に見える城壁でも、わずかなひび割れや設計上の重心のズレがあれば、そこが崩壊の起点(トリガー)となる。
今の俺には、それが見える。
ロックリザードの首の付け根。岩の皮膚の隙間に、赤く点滅する小さな点がある。
あそこだ。あそこが、この巨大な質量の「構造限界点」。
あそこに衝撃を与えれば、力のベクトルが連鎖的に崩壊を招く。
「……いけるか?」
震えが止まった。
恐怖が、プロとしての冷徹な分析へと変わっていく。
建築現場で、老朽化したビルの解体手順を考える時と同じ感覚だ。
どこを叩けば、最小の労力で全体を崩せるか。
ロックリザードが飛びかかってきた。
巨大な質量が空気を引き裂き、俺へと迫る。
速い。だが、その軌道も【構造解析】によって予測線として視界に表示されている。
「そこだ!」
俺は予測線に従って、最小限の動きで左へステップを踏んだ。
鼻先を岩の爪がかすめる。風圧で髪が煽られる。
だが、目は一点から逸らさない。
すれ違いざま、俺は右手のナイフを、赤く輝く「構造限界点」へと突き出した。
力はいらない。
必要なのは、正確な角度と、タイミング。
岩と岩の隙間、その深奥にある神経と魔力の結節点へ、切っ先を滑り込ませる。
カキンッ。
硬い手応え。
だが、次の瞬間、俺は思わず叫んでいた。
「【解体(クラッシュ)】!!」
意識して使ったわけではない。スキル欄にあった言葉が、自然と口をついて出たのだ。
指先から、奇妙な波動がナイフを通じて怪物へと伝播する。
ドクンッ、とロックリザードの巨体が空中で波打った。
着地しようとした怪物の足が、支えを失ったようにもつれる。
それだけではない。
突き刺した首の付け根から、ピキピキという亀裂音が響き渡った。
亀裂は瞬く間に全身へと走る。まるで、強化ガラスにヒビが入るように。
「ギャ、ガ……ァ?」
怪物が困惑の声を上げた時には、もう遅かった。
自重を支えきれなくなった岩の皮膚が、ボロボロと剥がれ落ちる。
骨格のバランスが崩壊し、筋肉が断裂する。
俺が突いたたった一点の綻びが、全身の構造的強度(インテグリティ)をゼロにしたのだ。
ズガガガガガッ!!
轟音と共に、巨大なロックリザードが「崩落」した。
そう、倒れたのではない。建造物が解体されるように、その場に崩れ落ちて、ただの岩塊と肉片の山へと変わったのだ。
もう、ピクリとも動かない。
立ち上る砂煙の中で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……嘘だろ」
自分の手を見る。
安物のナイフは、衝撃に耐えきれずに根本から折れていた。
だが、俺自身は無傷だ。
レベル1、筋力Fの俺が、あんな怪物を一撃で?
ステータス画面を再度開く。
【構造解析】の文字が、淡く脈動しているように見えた。
『対象の解体を確認。経験値を獲得しました』
『レベルが上がりました。Lv1→Lv12』
『ドロップアイテム:魔鉱石(小)、岩トカゲの皮』
無機質なログが流れる。
俺は折れたナイフを捨て、足元の瓦礫――かつてロックリザードだったもの――に触れた。
【構造解析】はまだ発動している。
触れた岩塊の「材質」や「再利用可能性」までもが情報として浮かび上がってくる。
俺はこの力の本質を理解し始めていた。
「修復士」という地味なジョブ名に騙されていたが、これはそんな生易しいものじゃない。
この世界にあるすべての物体には「構造」がある。
建物はもちろん、武器も、防具も、そして生物でさえも。
俺のスキルは、その設計図を覗き見(ハッキング)し、自在に書き換える権限(アドミン)に近い。
直すこともできれば、今のようになかったことにして壊すこともできる。
「……ハハッ」
乾いた笑いが漏れた。
前世では、理不尽な設計変更に振り回され、現場のミスに頭を抱え、構造計算に追われるだけの毎日だった。
だが今、俺はすべての構造を支配できる。
指先一つで、破壊も創造も思いのままだ。
「いいぜ。やってやるよ」
俺は瓦礫の山の上に立ち、異世界の広大な空を見上げた。
「俺がこの世界の設計者(アーキテクト)だ。気に食わないものは解体して、俺の好きなようにリノベーションしてやる」
こうして、元・過労死建築士の、異世界再設計計画が幕を開けた。
まずは手始めに――この寝心地の悪い瓦礫の山を、快適な寝床に作り変えるところから始めるとしよう。
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